+Petal
| 名称 | +Petal |
|---|---|
| 読み | ぷらすぺたる |
| 初出 | 1964年 |
| 発祥 | 日本・東京都 |
| 分類 | 視覚拡張技術、演出工学 |
| 用途 | 花弁演出、商品装飾、儀礼空間設計 |
| 提唱者 | 渡辺精一郎 |
| 主な関連機関 | 花卉演出工学研究会、東京都立演出技術センター |
| 代表的規格 | PET-Plus/2.7 |
| 普及期 | 1970年代後半から1980年代前半 |
+Petal(プラスペタル)は、の形状や散布挙動を人工的に増幅するために用いられる、発祥の視覚拡張技術である。もともとはの東京花卉博覧会における展示演出から発展したとされ、のちに、、へと応用された[1]。
概要[編集]
+Petalは、実在の花弁そのものを改変するのではなく、光学膜、静電付着材、微細な送風制御を組み合わせて、花弁が「多く見える」「長く舞う」「同じ花でも格が上がって見える」状態を作る技術である。名称の「+」は増量を意味するのではなく、39年に都内の広告会社が採用した「既存の季節感へ付加価値を与える」という社内符号に由来するとされる[2]。
当初は百貨店の催事装飾に用いられたが、やがて内の結婚式場、寺院の法要演出、地方空港の到着ロビーなどにも導入された。特に「花が少ない季節でも、来場者が春を体感する」という効能が評価され、1978年には業界紙で「感情流通装置」と呼ばれたことがある[3]。
歴史[編集]
発明以前の試行[編集]
+Petalの原型は、ので開催された「国際花卉意匠展示」において、通路の風圧で花びらが落ちすぎる問題を解決するため、らが導入した簡易送風筒に求められる。渡辺はの外郭研究班に所属していたが、本人の回想録によれば、実際には「花の数より見栄えの方が重要である」と気づいたのは、展示初日の午後3時12分に受付前で倒れた鉢植えを見た瞬間であったという。
このとき用いられた試作機は、花弁の代わりに薄い絹片を舞わせるもので、来場者の多くは本物の花の改良だと誤解した。なお、当時の写真には明らかに造花混入が写り込んでいるが、主催側は「品種改良の途中段階」と説明しており、のちに要出典とされた。
産業化と標準化[編集]
1971年、芝の旧倉庫を改装したで、+Petalは初めて工業規格化された。ここで作成されたPET-Plus/2.7は、花弁の枚数を直接増やすのではなく、観測者が「花弁が多い」と判断する視角角度を18度拡張する方式で、化粧品売場で特に成果を上げた。
当時の担当技師であるは、英国の舞台照明研究を応用したと主張していたが、実際には銀座の生花店で見た「菊の束ね方」の方が発想の元になったとも言われる。1974年には全国38社がライセンス契約を結び、導入費は1会場あたり平均42万8000円であった[4]。
社会への浸透[編集]
1980年代に入ると、+Petalは式典演出からメディア表現へと広がった。の地方特番では、背景セットの花弁が通常の1.8倍に見える「仮想花壇」演出が採用され、視聴者アンケートで「番組全体が丁寧に見える」という謎の評価を得た。これを受けて、百貨店業界では「売場の空気をやわらげる技術」として再評価が進んだ。
一方で、花の実数を誇張して販売促進に使う事例が増えたため、1986年にはが注意喚起を行った。もっとも、同委員会の内部報告書では「表示上の花数と体感上の花数を区別する必要がある」とされており、制度的な整合は最後まで曖昧なままであった。
技術[編集]
+Petalの中核は、花弁の表面に施す透明樹脂層、周囲の温湿度を微調整する送風機構、そして観測者の視線を誘導する反射板の三要素にある。とりわけ反射板の角度は0.7度単位で管理され、熟練技師は「一輪の印象は、実体ではなく影で決まる」と述べたとされる[5]。
現場では、花弁の縁に微量の香料を付与する「嗅覚補正」も併用された。これにより、同じ花材でも来場者が「新鮮である」「高価である」と感じやすくなることが確認されたという。ただし、1982年の横浜での実演では、過剰な香料により来賓3名がくしゃみを止められなくなり、以後は1会場あたりの香料上限が0.34ミリリットルに制限された。
批判と論争[編集]
+Petalは、花卉文化の発展に寄与したと評価される一方、自然の花を「盛る」行為であるとして批判も受けた。特に1992年には、の老舗生花店組合が「花の尊厳を視覚効果に還元するのは行き過ぎである」とする声明を発表し、これに対し導入派は「尊厳を増やすのも技術である」と反論した。
また、地方自治体の式典で+Petalを使った場合、実際の花材費より演出費の方が高くなることが多く、1990年代半ばには「花一輪あたりの演出単価が鉛筆1ダースより高い」と新聞で報じられた。なお、導入企業の一部は、花の種類よりも「舞いの密度」を売りにしていたため、消費者が内容を理解しにくいという指摘がある。
文化的影響[編集]
+Petalは、単なる演出技術にとどまらず、日本の「見え方を整える」文化を象徴する語として定着した。1998年にはの広告賞で「最も静かな誇張」と評され、コピーライターの間では、控えめな増幅を意味する比喩として用いられるようになった。
さらに、茶道や香道の分野でも、来客が入室した瞬間の印象を高める手法として応用され、花を主役にしない空間でも“花弁の気配”を作る設計が流行した。これにより、実物の花を置かずに花見気分を演出する店舗が増え、春の需要を通年化した点が特筆される[6]。
代表的事例[編集]
銀座中央ビル屋上展示[編集]
1981年の中央ビル屋上では、+Petalによって「1,200輪相当」と宣伝された展示が行われたが、実際の生花は384輪であった。差分の多くは透明膜の屈折効果と鏡面反射で補われたもので、来場者の半数以上が「途中で花壇が増殖したように見えた」と回答した。
京都春季法要仕様[編集]
1993年の春季法要では、花粉症対策として完全無香タイプの+Petalが採用された。ところが香りがないため参列者から「葬儀なのに明るすぎる」と苦情が出て、結局、僧侶が読経の合間に黒衣の袖で空気を払う所作を追加したという。
羽田到着ロビー版[編集]
の旧国際線ロビーでは、深夜便の到着客向けに、時差ぼけ緩和を目的とした「夜桜モード」が設置された。午前2時にもかかわらず桜が満開に見える設計で、帰国者の一部が季節を勘違いして上着を脱いだと報告されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『花弁増幅論序説』花卉演出工学研究会, 1972年.
- ^ Margaret A. Thorne, “On Visual Expansion of Floral Surfaces,” Journal of Applied Scenic Systems, Vol. 18, No. 4, pp. 211-229, 1975.
- ^ 佐伯みどり『百貨店催事と季節感の工学』日本演出協会出版部, 1980年.
- ^ 東京都立演出技術センター編『PET-Plus/2.7 標準仕様書』第3版, 1971年.
- ^ H. K. Bell, “Thermal Airflow and Petal Suspension in Urban Atriums,” Architectural Illusion Quarterly, Vol. 7, No. 2, pp. 33-58, 1978.
- ^ 小野寺宏『香気補正と群衆心理』港区文化資料刊行会, 1983年.
- ^ 公正取引委員会事務局『視覚的誇張表示に関する注意喚起報告』内部資料, 1986年.
- ^ 浅井一樹『春の再構成: +Petalの社会史』青銅社, 1994年.
- ^ M. Igarashi, “The Economics of Blossoms That Never Happened,” East Asian Design Review, Vol. 12, No. 1, pp. 5-19, 1999.
- ^ 花房たえ『夜桜モードの誕生と失敗』都政研究社, 2001年.
外部リンク
- 花卉演出工学研究会アーカイブ
- 東京都立演出技術センター資料室
- 季節感技術史データベース
- 日本視覚拡張協会
- 銀座展示装飾年鑑