この世で最も無駄な3時間
| 名称 | この世で最も無駄な3時間 |
|---|---|
| 分類 | 時間浪費学・社会儀礼論 |
| 提唱年 | 1978年頃 |
| 提唱者 | 高見沢 俊介 |
| 発祥地 | 東京都千代田区 神保町周辺 |
| 主な対象 | 会議、点検、待機、謝罪、保留 |
| 関連機関 | 日本時間利用学会(非公式) |
| 通称 | 無駄三 |
「この世で最も無駄な3時間」とは、3時間をかけて何らかの成果を得ようとする行為が、結果として何も残さないどころか、開始前よりも状況を悪化させる現象を指す通俗的な表現である。20世紀後半の内で生まれたとされ、現在では会議、待機、儀式、そして極端に長い謝罪会見などを評して用いられる[1]。
概要[編集]
この世で最も無駄な3時間は、もともとの企業文化研究の周縁で生まれた概念であり、単なる「暇」や「退屈」とは区別される。重要なのは、当事者が強い目的意識を持っているにもかかわらず、その目的がという固定長の中で見事に崩壊する点にある。
この概念は、後半のオイルショック後に増加した長時間会議と、終わらない待機列の研究から整理されたとされる。なお、初期の論者はこれを「時間的失敗の完成形」と呼んだが、一般化する過程で、より煽情的な現在の名称に落ち着いた[2]。
歴史[編集]
起源[編集]
起源については、の貸会議室で行われた「業務改善と紙資料の限界に関する座談会」が有力である。座談会は予定ので終わるはずだったが、議事録係のが誤って用のタイマーを持ち込み、全員が「せっかくなので使い切るべきだ」と考えたことから、最初の無駄三が発生したとされる[3]。
このとき配られた資料は合計に及んだが、内容の半分以上が「次回までに検討する」で埋め尽くされていた。後年、この資料を解析したの非公式班は、結論が7回反転していたことを指摘している。
普及[編集]
に入ると、無駄三は企業研修の形式を借りて広まった。特に内の中堅メーカーでは、月例会議の冒頭で「本日の結論は保留である」と宣言してから、延々と前月の保留事項を読み上げる慣行が定着したという。
これに対し、ある人事担当者が「無駄を可視化すれば改善できる」として、会議時間の3割削減を掲げたところ、削減に関する打合せだけでを要し、むしろ症例として有名になった。以後、無駄三は「改善活動そのものが最も無駄になる」という逆説の教材として引用されるようになった。
制度化[編集]
には、架空ではあるが極めてそれらしい内部文書「三時間損失評価表」が系の研究会で回覧されたとされる。同文書では、無駄三をA型(待機型)、B型(押印型)、C型(議事録迷走型)の3類型に分け、最上位のC型を「参加者が2回以上同じ発言をする状態」と定義していた。
なお、この分類は現実の行政文書に似せて作られたため、後に一部の図書館で誤って所蔵された。神田の古書店では、これを「資料価値の高い未整理文書」として扱っていたが、実際には本文の7割がタイムスタンプの羅列であったという。
類型[編集]
無駄三は単一の行為ではなく、いくつかの典型類型に分けられる。最も知られているのは、開始10分で本題が消失し、残りを「そもそも何が本題だったか」の確認に費やす再帰型である。
また、の遅延案内に似た形式を取る延期連鎖型も有名で、A案がB案に置き換わり、B案がC案に吸収され、最終的に「本日は終了」で締められる。実務上もっとも危険なのは、参加者全員が有意義だと誤認したまま3時間を消費する自覚欠如型である。
社会的影響[編集]
社会的影響は想像以上に広い。1990年代以降、無駄三はの会議室だけでなく、自治会、防災訓練、PTA、果ては趣味サークルの総会にまで浸透したとされる。特にのある再開発ビルでは、案内板に「3時間以上の滞在は推奨しない」と書かれていたが、実際には来訪者の大半が受付で足止めされ、物理的に3時間を達成していた。
一方で、この概念は時間管理教育にも利用された。ある予備校では、受験生に「無駄三の構造を知れば、人生で二度と同じ過ちを繰り返さない」と説明したが、講義自体がオーバーしたため、教材の説得力はむしろ増したとされる。
批判と論争[編集]
批判としては、そもそも「無駄」を誰が判定するのか、という根源的問題がある。特にの一部研究者は、3時間という長さはあくまで末期の標準会議時間に由来する慣習的単位であり、現代の短時間文化にそのまま適用すべきではないと主張している。
これに対し、支持派は「無駄三は長さではなく密度の問題である」と反論する。実際、同じ3時間でも、重要な決断を1つも生まずに茶菓子だけが7回補充される場合は高等無駄三、逆に内容が薄いのに全員が充実感を得る場合は低等無駄三と分類される。なお、この区分はとされることが多い。
代表的事例[編集]
最も有名な事例は、に内の物流倉庫で発生した「棚卸し前確認会」である。開始時点では在庫差異がだったが、説明のたびに数字が修正され、終了時には差異がに増えていたため、参加者は全員が静かに退席したという。
また、の某業界団体の懇談会では、冒頭の自己紹介だけでを要し、その後の本題は事務局が作成したA4一枚の要約文を読み上げるだけに終わった。この案件は、会議が最小限の成果を出しつつ最大限の疲労を残す例として、各種研修で引用されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 高見沢俊介『時間浪費の構造と会議の失敗』中央論叢社, 1981.
- ^ 石橋奈緒子『無駄三現象の社会学』社会批評出版, 1992.
- ^ M. R. Thornton, "Three Hours of Nothing: Organizational Drift in Post-Industrial Japan", Journal of Temporal Studies, Vol. 14, No. 2, pp. 41-78, 1998.
- ^ 渡辺精一郎『三時間損失評価表の研究』神保町時間科学研究所, 2001.
- ^ K. Sato and H. Klein, "The 180-Minute Abyss: A Comparative Analysis", Proceedings of the International Conference on Meeting Ecology, pp. 112-129, 2006.
- ^ 小暮由紀『会議室の民俗誌』港都書房, 2009.
- ^ Department of Time Use, Cabinet Research Office, "Annual Report on Useless Hours in Urban Workplaces", Vol. 7, 2013.
- ^ 田辺拓也『保留の美学とその破綻』北斗出版, 2015.
- ^ L. Whitmore, "When Delay Becomes Policy", Time & Administration Review, Vol. 22, No. 4, pp. 201-233, 2018.
- ^ 『この世で最も無駄な3時間資料集』日本時間利用学会編, 2020.
外部リンク
- 日本時間利用学会アーカイブ
- 神保町業務史料館
- 三時間損失研究センター
- 会議文化研究フォーラム
- 都市待機行動観測所