おしんかわいそう
| 名称 | おしんかわいそう |
|---|---|
| 読み | おしんかわいそう |
| 英語名 | Oshin Kawaisou |
| 分類 | 感情共有型定型句 |
| 起源 | 1979年のNHK試験放送室周辺 |
| 提唱者 | 山岡静江、木村真佐雄 |
| 関連組織 | 日本放送感情研究会 |
| 主な使用時期 | 1983年 - 1991年 |
| 象徴的事例 | 寒天工場回、味噌桶回 |
| 影響 | 同情コメント文化、実況板語法 |
おしんかわいそうは、期の家庭ドラマを起点に拡散した感情共有型の定型句であり、登場人物の不遇を指して同情を表すと同時に、視聴者同士の連帯を確認するための半ば儀礼的な言い回しである。のちにの放送研究者らによって「共感圧縮表現」と分類された[1]。
概要[編集]
おしんかわいそうは、の連続テレビ小説風の演出に由来するとされる言い回しで、強い不遇描写に遭遇した視聴者が一斉に発する短縮同情句である。一般には単なる感想として理解されるが、初期の研究では、語尾を伸ばして発声することで集合的な疲労感を共有する機能があると報告された[2]。
この表現は、当初は家庭内での視聴反応を記録するためのメモ書きにすぎなかったが、ごろからの喫茶店「月見堂」で行われた録音実験を通じて拡散したとされる。なお、当時の研究ノートには「泣ける」よりも「労働の重みが見える」といった、やや過剰に理論的な注釈が多く、後世の編集者を困惑させている。
歴史[編集]
前史[編集]
起源は、の録画文化研究サークルである「三巻目の会」にまでさかのぼるとされる。同会では、VTRの巻き戻し時に同一場面を三度見ると同情が増幅するという俗説があり、これを「三巻同情」と呼んだことが、のちの語形成に影響したとされる[3]。
ただし、当時の会報は紛失しており、現在残る証言は会員の一人である中村喜一の回想録のみである。そのため、起源については「言葉が先か、視聴習慣が先か」で長く争われた。
定着期[編集]
、内の書店で配布された番組批評誌『月曜午後のテレビ』第14号が「おしんかわいそう」を初めて活字化したとされる。記事では、主人公の受難を列挙したうえで、最後に編集部が手書きで「かわいそう度 98点」と追記しており、この手書き注記が読者投稿を呼び込んだ。
同年末には系の討論番組『深夜視聴会』で取り上げられ、出演者のうち2名が「かわいそう」を言い過ぎて司会者に制止される事件があった。これが逆に話題となり、翌週の投書欄では関連投稿が通常の7.4倍に増加したという[要出典]。
全国への拡散[編集]
以降、の家庭では、夕食後に家族4人以上が同時に「おしんかわいそう」と発言する現象が確認されたとされる。日本放送感情研究会の調査では、当該表現の使用率は関西圏で31.2%、関東圏で28.9%であり、差はわずかであったが、語尾の伸ばし方に地域差が見られた。
また、にが実施した視聴者意識調査では、同情の表明がそのまま「茶碗洗いの協力意思」に結びつく例が12.6%あったとされ、放送倫理委員会は番組と家事分担の関連性について小委員会を設置した。結果として「おしんかわいそう」は、単なる感想を越えて家庭内交渉の合図として機能するようになった。
語法と用法[編集]
「おしんかわいそう」は、基本的にはの名を主語的に固定し、形容詞句「かわいそう」を付加した簡潔な構文であるが、実際の用法は極めて柔軟である。たとえば、対象人物への同情だけでなく、重い鍋を運ぶ場面、長い会議、あるいはの階段点検のような事象にも転用された。
言語学者の井原美津子は、これを「対象の不幸を鑑賞可能な長さに圧縮する表現」と定義した。さらに、語の前半を低く、後半を上げて読む「可哀そう上げ」が1990年代前半の若年層に流行したが、同時期にの一部学校では授業中の私語として禁止された。
用法の変種として、「おしんかわいそうすぎる」「おしん、これはかわいそう」「おしんかわいそ案件」などが確認されている。とくに最後の形はに入ってから掲示板文化の影響で増加し、感情よりも判定のニュアンスが強まった。
社会的影響[編集]
この表現の普及は、視聴者が感情を私的に消費する段階から、公開の場で共有する段階へ移行したことを示す象徴とされる。放送学では、これを「同情の可視化」と呼ぶが、批判的立場からは「涙の定型文化」とも呼ばれている。
にはの外郭研究として「国民感情の句読点化」報告書がまとめられ、その中で「おしんかわいそう」は、短い言い回しで複雑な階層感覚を呼び起こす例として紹介された。報告書によれば、視聴後に炊飯器のふたを静かに閉める行動が、同表現の使用者において23.8%多かったという。
一方で、過剰な同情が主人公の努力や文脈を単純化してしまうとの批判もあった。とくにの新聞社で行われた座談会では、ある評論家が「かわいそうは理解の入口であって結論ではない」と述べたが、その発言は翌日の読者欄で「入口が長すぎる」と要約され、かえって流行語化を促した。
研究史[編集]
日本放送感情研究会は、からにかけて『連続受苦番組における短文同情の反復効果』を全4巻で刊行した。第2巻では、被験者64名に同一場面を3回見せたところ、3回目に「おしんかわいそう」の発話が平均1.7倍に増加したと報告されている。
また、の旧情報学群では、音声波形の末尾上昇角度と同情度の相関を測定する試みが行われた。結果は有意差ありとされたが、研究室のエアコン故障により録音の半数が扇風機音に上書きされ、再現性には疑問が残った。
近年では、上での短文感想文化との比較が進んでいる。とくに2021年の調査では、若年層の「おしんかわいそう」使用率は0.8%まで低下した一方、ミームとしての認知率は61.4%に達しており、実使用よりも引用・再演の対象として定着していることがうかがえる。
批判と論争[編集]
最も大きな論争は、この表現が作品理解を浅くするのか、それとも入口として機能するのかという点にある。反対派は「一語で済ませるな」と主張したが、賛成派は「一語で済むからこそ広がった」と反論した。
にはの公開討論会で、ある大学教授が「おしんかわいそうは日本語の情緒的最短経路である」と述べたのに対し、隣席の脚本家は「最短だが、途中に土間がある」と評した。この発言は意味不明であるが、記録上は好意的に受け取られている。
さらに、番組の再放送期には「かわいそう」という語が一種の観光土産のように消費される現象も見られた。視聴者アンケートでは、地方から上京した学生の18.2%が「東京では皆もっと上品に同情すると思っていた」と回答しており、都市部の言語感覚をめぐる小さな摩擦が生じた。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山岡静江『連続受難と短文同情の成立』日本放送学会出版部, 1993.
- ^ 木村真佐雄『家庭視聴における感情圧縮の研究』放送文化研究所, 1989.
- ^ 井原美津子『日本語感情表現の終助詞的運用』勁草書房, 2001.
- ^ 中村喜一『三巻目の会会報抄録』横浜録画文化資料館, 1998.
- ^ 田所英一「おしんかわいそうの拡散過程」『テレビ文化研究』第12巻第3号, pp. 44-69, 1990.
- ^ Margaret L. Thornton, "Compressed Sympathy Phrases in East Asian Broadcast Culture," Journal of Media Semiotics, Vol. 8, No. 2, pp. 113-141, 1994.
- ^ 佐伯由美子「感情の句読点化と家事分担」『家族社会学年報』第7巻第1号, pp. 5-27, 1987.
- ^ Robert H. Mears, "The Oshin Effect and Domestic Negotiation," Asian Television Quarterly, Vol. 5, No. 4, pp. 201-219, 1992.
- ^ 京都府現代言語史編纂委員会『かわいそう表現の地域差』京都新聞社, 1996.
- ^ 日本放送感情研究会編『おしんかわいそう大全』日本民間放送連盟資料室, 2005.
- ^ 片岡清二『泣けるとは何か――視聴者反応の民俗誌』中央公論新社, 2010.
- ^ Elizabeth K. Fenton, "Why 'Kawaisou' Became a Social Signal," Media & Society Review, Vol. 11, No. 1, pp. 77-90, 1998.
外部リンク
- 日本放送感情研究会アーカイブ
- 昭和テレビ語彙資料館
- 月見堂デジタル会報室
- 家庭内同情表現年表
- テレビ実況言語研究センター