お豆腐でできた羊
| 名称 | お豆腐でできた羊 |
|---|---|
| 別名 | 豆腐羊、静音羊 |
| 発祥 | 日本・京都 |
| 初出 | 頃 |
| 主原料 | 木綿豆腐、にがり、白味噌、寒天 |
| 用途 | 供物、祝儀、観賞、精進料理 |
| 管理団体 | 日本豆腐造形協会 |
| 標準重量 | 1頭あたり約380g |
| 保形時間 | 常温で約12分 |
お豆腐でできた羊(おとうふでできたひつじ、英: Tofu Sheep)は、由来のたんぱく質をさせて羊形に成形した、日本発祥の半食用・半観賞用の加工食品である。もともとはの寺院で行われた「静音供養」のための代替供物として考案されたとされる[1]。
概要[編集]
お豆腐でできた羊は、豆腐を羊の形に整え、表面を薄い湯葉膜で覆った食品である。からにかけての精進料理界隈で成立したとされ、のちにの百貨店催事を通じて全国へ広まった。
一般には「食べる羊」と誤解されることがあるが、実際には切り分ける前に頭数を数える作法が重視される。特に耳の先端をだけ反らせる「立耳仕上げ」は、12年にが定めた準規格である[2]。
歴史[編集]
起源[編集]
起源は、の禅寺・宝泉院(ほうせんいん)で、来客に出す精進料理の品数が足りなかったことに端を発するとされる。料理番のが、余った木綿豆腐を握りこぶし状にまとめたところ、たまたま寺の庭にいた子羊に似たため、住職が「これは音を立てぬ供養になる」と評したのが始まりである。
同年の冬、沿いの豆腐商・がこれを商品化し、白胡麻を目に、刻み三つ葉を足に見立てる意匠を加えた。なお、当初は「羊」ではなく「沈黙獣」と呼ばれていたが、商標登録の際にやや穏当な名称へ改められたという[3]。
普及期[編集]
期には、の料理見本市で「切ると鳴かない羊」として紹介され、昭和初期には駅弁の付け合わせとしても流通した。とりわけの地下催事では、1日最大が売れたとする記録が残るが、帳簿の端に「試食分 37頭」と手書きされており、正確性には疑義がある。
戦時中は畜肉の代替として注目され、の外郭団体が「一家庭月2頭」を推奨した時期もあった。もっとも、推奨の対象はあくまで供物用であり、実食に回すと家畜統計が狂うとして、ながら注意喚起が行われたとされる。
規格化と輸出[編集]
戦後はが形状規格を細分化し、首の角度、尾の長さ、眼窩の深さを数値化した規格を策定した。これにより「子羊型」「農耕用大型」「法要向け無鳴型」の3系統が確立した。
にはから向けに初の輸出が行われ、現地の在留邦人社会で「冷やすと草の香りがする」と評判になった。ただし、通関書類に「livestock substitute」と誤記されたため、税関職員が一時的に放牧準備をしたという逸話がある[4]。
製法[編集]
基本製法は、豆乳をで固めた後、型枠で羊の胴体・頭部・四肢を分割成形し、最後に極薄のを縫い合わせる方式である。伝統的な手法では、成形前にで3回だけゆすぐ「三すすぎ」が行われ、これが食感を決めるとされる。
完成品は通常、以上の冷却で骨格が安定し、表面に白味噌を極少量塗ると毛並みのような光沢が出る。なお、熟練職人の間では、耳を作る際に竹串を傾けると「不機嫌そうな羊」になりやすいことが知られている。これを避けるため、の一部工房では専用の角度治具が使われる。
一方で、家庭向け簡易版ではスポンジ状の高野豆腐を使うことがあるが、協会はこれを「厳密には別種である」としつつ、年に一度のだけは黙認している。
文化的意義[編集]
お豆腐でできた羊は、の不殺生思想と、羊を数えて眠るという的習俗の折衷として理解されている。すなわち、食べても罪悪感が薄く、見ても眠気を誘うという、きわめて珍しい機能美を備えるのである。
また、結婚式や新築祝いでは、羊の頭数で家族の増加を願う「群れ祝い」が行われる地域があり、の一部では、来客が1頭ずつ耳をちぎって食べると縁起が良いとされる。ただし、これは本来はに地元菓子店が考案した販促演出である可能性が高い。
文学への影響も見逃せず、の未発表随筆とされる『静かなる白』には、豆腐羊を前にした客人が1時間半沈黙したと記されている。真偽は不明であるが、引用箇所だけが妙に具体的であるため、研究者のあいだではしばしば話題になる[5]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、羊の意匠が「かわいすぎて食べづらい」という感傷的なものから、「豆腐が羊を名乗るのは分類上の越権である」という制度的なものまで幅広い。特にのでは、羊の角の再現をめぐり5時間に及ぶ会議が行われ、最後は「角は気分である」との議長裁定で収束した。
また、の普及に伴い、常温で12分しか保形しない問題が顕在化した。観光地では「写真を撮る前に崩れる」「雨の日は耳が2本とも落ちる」などの苦情が相次いだが、協会側は「それも儚さの一部である」として改良を拒んだ時期がある。
さらに、には一部の動物愛護団体が「羊を模した食品は感情の擬人化を助長する」として抗議したが、実際に配布された抗議文の紙質が上質すぎたため、逆に豆腐羊の贈答需要が高まった。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 久世兼松『精進供物の造形史』宝泉出版, 1939年.
- ^ 阿部屋商会編『豆腐羊と京都商い文化』鴨川文庫, 1954年.
- ^ M. Thornton, "The Aestheticization of Soy Curd in Early Shōwa Japan," Journal of Culinary Anthropology, Vol. 12, No. 3, pp. 44-67, 1988.
- ^ 日本豆腐造形協会『JTS-7 豆腐羊形状規格書』協会資料室, 1961年.
- ^ 近藤澄子『静かなる白――谷崎随筆に見る食の沈黙』月影書房, 1977年.
- ^ Harold Finch, "Substitute Livestock and Port Inspections in Postwar Yokohama," Pacific Trade Review, Vol. 8, No. 1, pp. 101-119, 1965.
- ^ 『食品造形の基礎と応用』中央食文化研究所, 第4巻第2号, 1972年.
- ^ 西園寺匡『お豆腐でできた羊の民俗学』白菊社, 1991年.
- ^ Y. Nakamura, "Low-Noise Offerings and Temple Cuisine in Modern Kyoto," East Asian Ritual Studies, Vol. 19, No. 4, pp. 201-230, 2004.
- ^ 『羊耳の角度に関する覚書』京都食工学会誌, 第2巻第11号, 2016年.
外部リンク
- 日本豆腐造形協会公式記録館
- 京都精進工芸アーカイブ
- 静音供養研究センター
- 豆腐羊標準規格委員会
- 横浜港食文化資料室