アルプスの少女ハイジ・シリーズ14『ハイジ後日譚:日付と地図の完全版』(1978年)- 作品そのものというより、後日譚の“年表”が主役の形式である。年表には、道具の名前、皿の直径、旅の休憩地点が記載
| 形式 | 後日譚中心の年表形式(地図併記) |
|---|---|
| 刊行年 | 1978年 |
| 対象地域 | および周辺アルプス域 |
| 主な内容要素 | 日付・地図・道具・食器寸法・休憩地点 |
| 想定読者層 | 児童読者と読書資料収集層の双方 |
| 編集方針 | 物語よりも「照合可能性」を優先 |
| 流通形態 | 愛蔵版・学校図書室配架版の二系統 |
アルプスの少女ハイジ・シリーズ14『ハイジ後日譚:日付と地図の完全版』(1978年)は、を舞台とする物語シリーズの一冊として扱われる冊子である。作中ではが主役となり、道具の名称や皿の直径、旅の休憩地点などがきわめて細密に記載されるとされる[1]。
概要[編集]
アルプスの旅を扱う物語の多くは「出来事」を中心に構成されるが、本書は出来事よりも出来事の“並び順”に意味があるとして設計されたとされる。とりわけ後日譚のが主題化され、日付の連鎖に地図が添えられる形式が採用されている[1]。
年表には、道具の名前、皿の直径(例として6.8cm刻みが多用されると報告される)、旅の休憩地点(登攀休止・水汲み・薄明観測などの区分)までが記載される点が特徴とされる。また、各項目の末尾に“照合用の指標”として数値の再確認欄が置かれるため、読者は物語を読むというより資料を点検している感覚に近づくと述べられている[2]。
一方で、本書が単なる嗜好的な遊びに留まらず、当時の学校教育や地方博物館の展示様式に影響したとする指摘もある。特に、の“年表学習”試案が本書の体裁を踏襲したという証言が、後年の回想録で言及されている[3]。ただし、当該証言の根拠資料が確認できないとされる[4]。
歴史[編集]
成立経緯:物語から照合へ[編集]
本書が成立した背景には、1970年代後半のアルプス圏で広がった「物語照合運動」があるとされる。運動の中心人物としては、編集監督のが挙げられる。彼は“読書の目的は感情ではなく検算にある”と主張し、従来の児童文学にとの脚注体系を持ち込もうとした人物である[5]。
その作業は、地方の地理学者や測量技師の協力を得て「休憩地点」を定義することから始められたと伝えられる。たとえば“水汲み休止”は、井戸の位置ではなく、ある高さに達したときの影の長さ(当時の暦計算)で決める、といった具合に運用ルールが作られたとされる[6]。もっとも、この影の長さが具体的に何を指したかは文献によってばらつきがあると指摘されている[7]。
結果として、後日譚は物語の連続ではなく、日付・道具・食器寸法・地形メモの連結として再設計された。編集方針は“皿は語る”という標語で要約され、皿の直径は読者が席を思い浮かべられるよう、あえて1mm単位ではなく“読みやすい刻み”に丸めることが提案されたとされる。丸め規則は、直径が「8.4cm前後」になる場合に限り特例として「8.3cm」が許可された、と記録されている[8]。
関係者と流通:学校と博物館の“年表版権”[編集]
本書の企画には、児童書出版社のと、地方博物館ネットワークのが共同で関わったとされる[9]。とくに後者は、展示会の図版を“年表の体裁”に合わせることで来館者の滞在時間が伸びたとする報告書を出している[10]。
報告書では、展示案内パネルに年表体裁を採用した場合の平均閲覧時間が「1人当たり42.7秒増加」とされ、これは“次の行を探す癖”が刺激された結果であるとしている[10]。ただし当該増加率の計測方法は明確化されていないとされ、同じ資料連盟の別報告では「平均41秒」とされるなどの差異が指摘されている[11]。
また、本書は学校向けに“年表版権”という異様な契約文書で流通したといわれる。契約では「年表の並び順を授業用プリントに転載する場合、休憩地点の命名は原本に従うこと」といった細目が含まれていたとされる[12]。この契約条項はのちに、国の出版権制度とは整合しないとして論点化するが、実際に訴訟へ発展したという公的記録は見当たらないとされる[13]。
社会への影響:日付中毒と食器寸法の流行[編集]
本書の流行により、“日付を覚えることで道に迷わない”という教育観が拡張されたとされる。たとえばの小学校では、遠足の際に「帰りの年表」を個人で作らせる課外活動が試行されたと記録されている。そこでは帰路の休憩地点が“午前10時23分の風向”ではなく、“年表中の第3休憩欄”として参照されるなど、独自の索引体系が形成されたとされる[14]。
一方で、食器寸法(皿の直径)まで覚えることが礼儀と見なされるようになったという証言もある。ある書簡では「直径が9.1cmの皿は“丸く座る”とされ、直径が9.4cmの皿は“立ち話向き”」と講義された、と回想されている[15]。この記述は明らかな比喩であるはずだが、当時の家庭科教材に類似の表現があると指摘されている[16]。
ただし影響には批判も伴った。後日譚の年表を暗記するあまり、物語の感情的な結末よりも“照合に成功した感”が優先されるようになった、とする教育学者の見解が後年にまとめられている[17]。この観点からは、本書は“子どもの読書”を“データ整理”へ寄せた転換点と評価される場合がある。もっとも、その評価は賛否が割れているとされる[18]。
批判と論争[編集]
本書の年表体裁は、誤植や解釈の揺れを許容しにくい性質を持つとして、発売直後から議論の的になったとされる。特に問題視されたのが休憩地点の命名である。第7休憩欄の地点名が、一部の版ではの支流名に基づくと説明され、別の版では“地図記号の色”に基づくとされていたという。版違いが意図的な学習誘導であったか、単なる制作上の揺れであったかは判然としていないとされる[19]。
また、皿の直径については「7.2cm」「8.6cm」「9.0cm」などの数字が頻発することから、実測ではなく編集上の“語呂調整”ではないかと疑われた。ある匿名の投書では「直径が0.3cm刻みで揃いすぎている」と批判され、編集チームは「丸め規則の遵守である」と応じたと報じられている[20]。ただし、応答文書の現物が確認されないため、記者の引用が混線している可能性もあるとされる[21]。
さらに、年表の主役化が“児童文学の情緒”を損ねるのではないかという論争もあった。児童心理学の研究者は、年表要素が強い作品ほど読後の会話が“数値の再確認”に偏り、感想表現が遅れる傾向があると述べたとされる[22]。一方で、感想の内容が変わっただけで読書意欲自体は高まったと反論する研究もあり、議論は決着していないとされる[23]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ ルートヴィヒ・グレーフェン「年表形式が読解態度を変える過程—『ハイジ後日譚』の編集意図」『アルプス児童編集研究』第14巻第2号 pp.33-58, 1979.
- ^ エルザ・マルクスハウザー「数字索引による会話の偏り:小児読書の事例研究」『児童心理学通信』Vol.6 No.1 pp.101-127, 1981.
- ^ ヘルマン・フェルドマン「“休憩地点”の命名規則と学習効果:地域版年表の統計」『山岳生活史ジャーナル』第9巻第4号 pp.201-233, 1980.
- ^ カタリーナ・ボルガー「食器寸法の象徴性と教室運用」『家庭科教育レビュー』Vol.3 No.2 pp.45-66, 1978.
- ^ Friedrich R. Keller “Chronicle Tables as Narrative Substitutes in Alpine Children’s Literature” Journal of Map-Assisted Reading Vol.2 No.3 pp.11-39, 1979.
- ^ Marlene Strauss “On the Pedagogy of Dates: Indexing Feelings with Calendrical Layouts” International Review of Chronology Education Vol.1 No.2 pp.77-92, 1982.
- ^ ゼバスティアン・ツィマー「版の違いが学習に与える影響:1978年版と1979年版の比較」『出版版面研究』第5巻第1号 pp.5-24, 1983.
- ^ オットー・フェンデル「アルプス展示における年表パネル設計と滞在時間」『博物館運営年報』第18巻第0号 pp.1-18, 1980.
- ^ Marjorie T. Haldane “The Table That Replaced the Story” Lectures in Children’s Documentation pp.203-241, 1984.
- ^ “アルプホルン文庫制作室内部資料(複製)” 『山岳児童図版年表集』pp.58-73, 1978.
- ^ (タイトルが微妙に誤記されている)ルートヴィヒ・グレーフェン『ハイジ後日譚:日付と地図の完全ばん』アルプホルン文庫, 1978.
外部リンク
- 年表読解研究会サイト
- 山岳生活史資料連盟アーカイブ
- チューリヒ州教育局教材倉庫
- アルプホルン文庫制作室の公式ページ
- 地図と学習の図書目録