佐伯 ゾル
| 氏名 | 佐伯 ゾル |
|---|---|
| ふりがな | さえき ぞる |
| 生年月日 | 1898年4月17日 |
| 出生地 | 長崎県佐世保市浦浜町 |
| 没年月日 | 1964年11月3日 |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 発酵工学者、民俗記録家 |
| 活動期間 | 1921年 - 1963年 |
| 主な業績 | ゾル濃度理論、可搬式攪拌帳、港湾発酵地図の作成 |
| 受賞歴 | 帝国生活改良章、東京化学協会特別記念牌 |
佐伯 ゾル(さえき ぞる、 - )は、の発酵工学者、民俗記録家、ならびに疑似液状学の提唱者である。微粒子懸濁体「ゾル相」への異常な執着で知られる[1]。
概要[編集]
佐伯 ゾルは、末期から中期にかけて活動したの人物であり、工業用の標準化に実用上の改良を加えたことで知られる。また、の港湾集落に伝わる発酵儀礼を採集し、それを化学記述へ接続しようとした独自の研究姿勢でも知られる。
佐伯は、の研究室に籍を置いた一方で、やの倉庫街を歩き回り、豆乳、海藻抽出液、煤塵混合液などを採取しては「都市の粘性」を測定したとされる。彼の名は学術界では周縁的であったが、戦後の食品工業と港湾衛生の現場では、妙に役立つ人物として記憶されている[2]。
生涯[編集]
生い立ち[編集]
佐伯は、の海運と乾物問屋が入り交じる一角に生まれた。父・佐伯庄左衛門は帆布の修繕を生業とし、母・ミサは海藻と麦粥を用いる近隣の炊き出しに関わっていたとされる。幼少期の佐伯は、雨後の路面にできる泥の筋を見て「液体が立ち止まる瞬間」を探していたという。
尋常小学校時代には、理科よりも書道と算術に秀でたが、教師が理科実験で使った寒天板を見て興奮し、以後、半固体への関心を強めたと伝えられる。なお、この頃に彼が作成した「味噌の沈降表」は、のちにの教材として複製されたというが、原本の所在は不明である[3]。
青年期[編集]
、佐伯は理学部の予科に進み、を専攻した。彼は門下の流れをくむと称する独自の講義ノートを残したが、実際に誰に師事したかについては、後年の証言が食い違っている。いずれにせよ、学生時代の佐伯は「液相と固相の境界は港の潮目に似る」と言って周囲を困惑させた。
にはで臨時助手となり、工業用塗料の沈降防止を担当した。この頃、彼は試験管を縦に三列、横に七列並べて粘度変化を観測する「二十一本法」を考案し、後にこれが佐伯式測定法の原型になったとされる。本人は「実験とは、沈まないことを確認する長い謝罪である」と記している[要出典]。
活動期[編集]
前後から、佐伯は系の工場と契約し、漆喰、顔料、豆粕などを混合した半流動物の安定性を調べた。彼はこれを「ゾル」と総称し、粒子の細かさよりも、攪拌の癖と容器の音に着目した点で特異であった。特にの沿岸工場で行った実験では、海風の湿度が1%上がるごとに沈降速度が0.07秒遅れるという数値を示したが、同僚の多くは再現性に難色を示した。
にはの委嘱で、港湾倉庫の防黴処理に用いるゾル状薬剤の輸送標準をまとめた。ここで作成された「可搬式攪拌帳」は、輸送中に振動で相分離しやすい薬液に対し、貨車の連結順まで指定した異例の手引書である。佐伯はからまでの区間を自ら乗車し、揺れ方の違いを記録したという。
はの外郭調査員として、粉末食糧の再水和と児童給食向けの増粘配合に関与した。彼が提案した「港湾発酵地図」は、全国の埠頭ごとに味噌、醤油、海藻漬けの粘度を色分けしたもので、版ではからまでの312地点が収録された。もっとも、図中にの区画だけが異様に濃い紫で塗られていた理由については、本人も「潮気のせいである」と述べるにとどめた。
晩年と死去[編集]
代に入ると、佐伯は文京区の自宅書斎にこもる時間が増えた。晩年の彼は、ゾルの定義を「固体になる寸前の、社会のためらい」と書き換え、学会発表よりも地方紙への寄稿を好んだ。
11月3日、佐伯は心筋梗塞のためで死去した。葬儀は近くの会館で営まれ、参列者は化学者、倉庫業者、海藻商、そしてなぜかの録音係まで含まれていたという。棺には、彼が終生使ったとされるガラス棒と、最後まで空欄のままだった「全国ゾル分布図」が納められた。
人物[編集]
佐伯は寡黙で礼儀正しい人物として知られる一方、説明が始まると止まらない癖があった。特に自分の研究を語る際には、に寒天を一滴落とし、その沈み方で相手の理解度を判定したと伝えられている。
また、彼は数字に異常な執着を示し、会話の中でも「3分攪拌した後、7秒置く」といった語り口を好んだ。弟子筋の一人は、佐伯が食堂で出されたを見て「これは半固体料理として優秀である」と真顔で評したと証言している。これが彼の評判を決定づけた一件であるとする説がある。
一方で、職場では意外に豪快で、実験失敗の際には試料瓶を洗わずに窓辺へ並べ、「明日になれば考えが澄む」と言ったという。こうした態度は研究倫理上の問題も招いたが、周囲からは「昭和の変人」として半ば黙認されていた。
業績・作品[編集]
佐伯の業績は、厳密な科学と実務的発明、そして民俗採集が混じり合っている点に特徴がある。代表作とされる『ゾル濃度論序説』では、粒子径よりも「容器に宿る記憶」が粘度に影響すると論じ、後年の研究者からは比喩と実測が区別できない文体として有名になった。
に発表した「港湾ゾルの三層分離観測」は、第18巻第2号に掲載され、当時としては珍しく、図版の半分が手書きの波線で埋められていた。また、『可搬式攪拌帳』はにの内部資料として配布され、全国の倉庫管理者に「振動の少ない荷台配置」を教えたとされる。
民俗面では、『海藻粥と冬の沈殿儀礼』、『浦浜町液状口碑集』などの小冊子が残る。これらは学術的評価が分かれるものの、の閲覧記録によれば、に入ってから料理研究者に妙に読まれたという。なお、彼の最晩年の草稿『全国ゾル分布図・改訂第七版』には、なぜかの区画に「潮に負ける」とだけ書かれていた。
後世の評価[編集]
佐伯の評価は、長らく「実用家としては有能、理論家としては不明瞭」とされてきた。しかし以降、食品工学史と港湾文化史の交差領域から再評価が進み、彼の方法は「現場の異物感を定量化しようとした先駆」とみなされるようになった。
の研究会では、佐伯のノートに見られる測定値の不統一が、逆に当時の工場労働の実態をよく示す資料として注目された。また、の一部研究者は、彼のゾル概念を「日本的な半固体観」と呼び、やの文化史まで巻き込んだ議論を展開している。
もっとも、批判も少なくない。特に「ゾル濃度と人情を同列に扱った」とする指摘や、「港湾ごとの粘度差を過大評価した」との批判があり、学会では今なお賛否が分かれる。とはいえ、佐伯の名はとの古い業界紙にしばしば現れ、奇人と実務家の両面を併せ持つ人物として記憶されている。
系譜・家族[編集]
佐伯家は旧来の商家ではなく、海辺の小規模な技術屋集団に近かったとされる。父・庄左衛門は帆布修理と樽の補修を兼業し、祖父は干物の運搬中に崩れにくい荷縄結びを考案したと伝えられているが、文書史料は残っていない。
妻・佐伯ハルはに結婚したで、町内の共同炊事場で麦飯の配合を担当していた。長男・佐伯信彦はで農芸化学を学び、娘・佐伯文はの中学校で理科教員となった。なお、孫の世代になると「ゾル」という名前の由来を家族に尋ねる者が増えたが、本人たちは「古い海の言葉」とだけ説明していたという。
佐伯の私生活は目立たなかったが、親族の回想では、正月になると必ず台所の味噌樽を見て、表面の揺れを1分ほど眺めていたとされる。家族はこれを迷信として笑っていたが、後年、彼の研究姿勢を象徴する癖として引用されるようになった。
脚注[編集]
1. 佐伯自身が「ゾル」を定義した手稿は複数あるが、版ごとに文言が異なる。 2. 在籍記録の一部は空襲で焼失したとされる。 3. 佐世保商業学校の教材目録には「粘液の観察表」が見えるが、佐伯本人の筆跡かは未確認である。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐々木京介『佐伯ゾルと港湾粘性史』日本評論社, 1987, pp. 41-89.
- ^ Margaret A. Thornton, "Suspended Realities in Early Japanese Sol Research," Journal of Industrial Folklore, Vol. 12, No. 3, 1994, pp. 201-229.
- ^ 田島和夫『昭和期におけるゾル標準化の展開』化学工業社, 1976, pp. 15-62.
- ^ 小森千鶴『海辺の発酵民俗と佐伯ハル』岩波書店, 2008, pp. 77-118.
- ^ 渡辺精一『可搬式攪拌帳の研究』東京大学出版会, 1969, pp. 5-34.
- ^ Hiroshi Nakada, "Measuring the Mood of Slurry: Saeki Zoru’s Field Notes," Asia-Pacific Materials History Review, Vol. 8, No. 1, 2001, pp. 9-51.
- ^ 中村伊都子『港湾発酵地図と戦後食糧行政』農山漁村文化協会, 1998, pp. 133-171.
- ^ Robert L. Henshaw, "The Sociology of Semi-Solids," Proceedings of the Royal Society of Applied Curiosities, Vol. 4, No. 2, 1962, pp. 88-110.
- ^ 高橋真理『ゾル濃度論序説 解題』講談社学術文庫, 2014, pp. 1-29.
- ^ Theodor W. Bruckner, "On the Port-Sensitive Viscosity Index," Bulletin of the International Institute of Hydrocolloid Studies, Vol. 27, No. 4, 1959, pp. 301-337.
外部リンク
- 日本半固体学会アーカイブ
- 長崎港湾資料デジタル館
- 昭和発酵工学人物事典
- 可搬式攪拌帳研究会
- 東京近代生活工業史ライブラリ