トゥモアナ
| 読み | とぅもあな |
|---|---|
| 発生国 | 日本 |
| 発生年 | 1938年頃 |
| 創始者 | 佐倉 恒一郎 |
| 競技形式 | 二人一組、対戦型 |
| 主要技術 | 回旋投、返波、踏み替え |
| オリンピック | 非正式競技として1928年アムステルダム大会で試行されたとされる |
トゥモアナ(とぅもあな、英: Tumoana)は、で生まれたのスポーツ競技である[1]。手首の返しと呼吸の同期を主軸とし、のちにとで独自の発展を遂げたとされる[1]。
概要[編集]
トゥモアナは、上で二人一組の選手が、布製の短杖「トゥモ棒」を用いて得点を競うのスポーツ競技である。試合は「潮目」と呼ばれる短い攻防の連続で構成され、相手の呼吸の乱れと盤面外への踏み出しを同時に誘発することが重要とされる。
名称は沿岸に伝わった漁撈儀礼の掛け声「とぅも、あな」から来たとする説が有力であるが、の内部文書には、初期に海軍体操研究班が「tomorrow on a」の略称として採用したとの記述もあり、起源には諸説がある。なお、国際普及の初期には「静かな相撲」と誤訳され、で競技人口が一時的に増加したことが知られている[2]。
歴史[編集]
起源[編集]
創始者とされるは、の体操教諭で、に生徒の雨天代替運動として考案したとされる。佐倉は、沿岸で見聞した漁網の張力調整と、の踏み込みを組み合わせたと証言していたが、後年の聞き取りでは「最初は単なる休み時間の押し合いであった」とも語っており、成立過程はかなり不明瞭である。
初期のトゥモアナは、内の中等学校でのみ行われ、板張りの体育館に油紙を敷いて練習したという記録が残る。1941年の『房総体育月報』には、盤面に撒いた砂の粒径を2.1ミリに統一したことで、負傷率が17%低下したと報告されているが、同号だけなぜか計測単位がすべて表記であり、後世の研究者からは「編集者が寝不足であった可能性」が指摘されている[3]。
国際的普及[編集]
戦後、の学校体育視察団が千葉の実演を見学した際、ルールの単純さに注目したことから、ので紹介が進んだとされる。1957年にはの日本人会館で初の英語大会が開催され、これを機に「Tumoana」という綴りが標準化された。
1960年代にはの大学サークルが雪上用の簡易盤を考案し、で開催された交流会が普及の転機となった。一方で、の非公式記録には、のデモンストレーション競技候補として最終3種目まで残ったとあるが、同時期の会議録には「床に水を使う競技は日本武道館の木床と相性が悪い」との所見があり、採用は見送られたとされる[4]。
ルール[編集]
試合場[編集]
試合は直径9.6メートルの円形競技盤で行われる。盤面は内外二重の帯状区画に分かれ、中央には「潮心点」と呼ばれる直径40センチの小円が置かれる。選手はこの潮心点を起点に移動するが、外周の「返波線」を越えると即失点となる。
盤面の素材は、公式にはとされるが、地方大会では今なおの圧縮板が用いられることがある。特にでは標高差による空気密度の違いが競技に影響すると信じられており、試合前に審判が湿度を四捨五入して読み上げる慣習が残っている。
試合時間[編集]
標準試合は7分3本勝負である。各本の開始前に15秒の「呼気整備」が設けられ、選手はこの間にトゥモ棒を逆手・順手に持ち替え、相手の視線を外すことが求められる。延長戦は「逆潮」と呼ばれ、最初に2点を連取した組が勝者となる。
ただし、国際大会の一部では観客の退場時間を考慮して6分30秒制が採用されたことがあり、では、開始後わずか41秒で両者が盤外に出たため、試合記録欄に「参考試合」とだけ記載された例がある[5]。
勝敗[編集]
得点は、相手のトゥモ棒を盤外に弾き出す「払潮」、相手の呼吸同期を崩す「乱息」、および潮心点を15秒以上保持する「静得」によって与えられる。最大得点は1本あたり9点であるが、7点差がついた場合は自動的に「海鳴り終了」となり、その時点で試合が打ち切られる。
審判は白手袋のほかに、耳栓と小型の砂時計を必ず携行する。これは、初期の試合で観客席の応援太鼓が選手の呼吸を狂わせ、勝敗がほぼ音量で決まってしまったため導入された措置であるとされる。
技術体系[編集]
トゥモアナの技術は、大きく、、の三系統に分けられる。回旋系はトゥモ棒を円弧状に回すことで相手の視覚をずらす技術、圧波系は踏み込みの衝撃を盤面に伝える技術、間合い系は呼吸と足運びを一致させる技術とされる。
最も有名な基本技は「三拍子返し」で、右足・左足・吐息を0.8秒ずつずらして実行する。これを習得すると、相手の攻撃予兆が盤面に「薄く見える」と表現されるが、実際には熟練者が自分の敗北を詩的に語っているだけであるとの指摘もある。
上級者には「潮止め」「逆鹸」「舟懸かり」などの用語が用いられる。特にのクラブでは、冬季の低温下で棒がわずかに収縮することを利用した変則打法が発達し、同地の選手は「氷点下でのみ本気を出す」とまで言われた[6]。
用具[編集]
公式用具は、トゥモ棒、護手布、呼気札、競技靴の4種である。トゥモ棒は長さ38センチ、重量142グラムを基準とし、先端に製の球形栓が付く。護手布は吸湿性の高い麻布が推奨されるが、1980年代以降は合成繊維のものが主流になった。
呼気札は胸元に付ける小型の札で、選手の呼吸周期を審判に示すためのものである。これはの老舗旅館で使われていた帳場札の様式を転用したとされるが、実際には佐倉が町内会の福引き札を流用しただけだという説もある。なお、国際連盟の認定品には「湿度が73%を超えると競技精神が保たれる色」として薄青色が採用されているが、根拠は明示されていない[7]。
主な大会[編集]
最も権威のある大会はで、にで第1回が開催された。優勝チームには銀製の潮心杯が授与され、杯底にはなぜか48年の国内予選で使用された砂の粒度表が刻印されている。
アジアではが知られ、とが交互に開催地を務めている。2011年の福岡大会では、決勝戦の途中で会場の空調が故障し、選手全員の呼気札が曇ったため、審判長が「視認不能による共同優勝」を宣告した。これに抗議して3日間にわたり前で再試合要求のビラが配られたという。
また、は競技の裾野を広げた重要なイベントであり、との定期戦は「静かな代理戦争」と呼ばれた。1976年には、応援団が静粛性を保つため手旗のみで応援した結果、逆に盤外退場者が増えたと記録されている。
競技団体[編集]
国際統括団体は(ITUO)で、本部は郊外の旧倉庫を改装した事務所に置かれている。加盟国は2024年時点で41か国とされるが、実働している国内連盟はその半数程度であるともいわれる。
日本国内ではが競技普及を担っており、の研修センターで審判講習会が年6回実施される。2015年には内部資料の誤配により、競技規則の改訂版と町内会防災マニュアルが混在して配布される事故があり、翌年まで「避難時は潮心点を守れ」という文言が一部大会要項に残っていた[8]。
さらに、では自治体主導のクラブが強く、の一部地区では学校体育に準正式導入されている。これにより、トゥモアナは「国境を越えやすいが、説明しづらい競技」として知られるようになった。
脚注[編集]
[1] 佐倉体育文化研究所『館山湾沿岸競技史考』潮出版, 1974年, pp. 18-24. [2] Margareta Lindholm, "Silent Wrestling and the Pacific Shore Games", Scandinavian Journal of Leisure Studies, Vol. 12, No. 3, 1968, pp. 201-219. [3] 『房総体育月報』第7巻第4号, 房総体育会, 1941年, pp. 3-5. [4] International Olympic Committee Archives, "Exhibition Sports Review 1962-1965", Lausanne, 1981, pp. 77-81. [5] 金井修一『競技時間論と短時間決戦の文化』体育史資料社, 2004年, pp. 112-118. [6] Akiro N. Vester, "Cold-Climate Rotational Games in Northern Europe", Arctic Recreation Quarterly, Vol. 5, No. 1, 1979, pp. 9-16. [7] 日本トゥモアナ協会編『公式用具規程集 第3版』内海堂, 1992年, pp. 41-44. [8] 『日本トゥモアナ協会内部通達集 2015-2016』公益社団法人日本トゥモアナ協会, 2016年, pp. 2-9.
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐倉体育文化研究所『館山湾沿岸競技史考』潮出版, 1974年, pp. 18-24.
- ^ Margareta Lindholm, "Silent Wrestling and the Pacific Shore Games", Scandinavian Journal of Leisure Studies, Vol. 12, No. 3, 1968, pp. 201-219.
- ^ 『房総体育月報』第7巻第4号, 房総体育会, 1941年, pp. 3-5.
- ^ International Olympic Committee Archives, "Exhibition Sports Review 1962-1965", Lausanne, 1981, pp. 77-81.
- ^ 金井修一『競技時間論と短時間決戦の文化』体育史資料社, 2004年, pp. 112-118.
- ^ Akiro N. Vester, "Cold-Climate Rotational Games in Northern Europe", Arctic Recreation Quarterly, Vol. 5, No. 1, 1979, pp. 9-16.
- ^ 日本トゥモアナ協会編『公式用具規程集 第3版』内海堂, 1992年, pp. 41-44.
- ^ 『日本トゥモアナ協会内部通達集 2015-2016』公益社団法人日本トゥモアナ協会, 2016年, pp. 2-9.
- ^ 渡辺朋子『海鳴りと呼吸のスポーツ学』港北社, 1988年, pp. 65-73.
- ^ Jean-Paul Roussel, "A History of Tumoana in Schoolyards", Revue des Jeux Modernes, Vol. 8, No. 2, 1973, pp. 44-58.
外部リンク
- 国際トゥモアナ連盟
- 公益社団法人日本トゥモアナ協会
- 世界トゥモアナ選手権公式記録室
- アジア・トゥモアナ連盟
- 館山湾スポーツ文化資料館