ハナヅラヌン
| 名称 | ハナヅラヌン |
|---|---|
| 界 | 動物界 |
| 門 | 脊索動物門 |
| 綱 | 哺乳綱 |
| 目 | 鱗翅目 |
| 科 | ハナヅラヌン科 |
| 属 | Nasorhynchus |
| 種 | N. hanazuranun |
| 学名 | Nasorhynchus hanazuranun |
| 和名 | ハナヅラヌン |
| 英名 | Hanazuranun |
| 保全状況 | 情報不足(IUCN未評価) |
ハナヅラヌン(花面鵾、学名: ''Nasorhynchus hanazuranun'')は、ハナヅラヌン科に分類されるの一種[1]。
概要[編集]
ハナヅラヌンは、の山地湿原と石灰岩洞窟の周辺に生息するとされる、小型の夜行性哺乳類である。鼻先の花弁状の感覚器と、顔面の左右で異なる縞模様を持つことから、この名で呼ばれる[1]。
本種は、初期に北部で採集された標本を起点として記載されたとされるが、当初はの変種とみなされていたという異説もある。後年、の再検討で独立種として扱われるようになったが、同時に「標本の一部が人工着色であったのではないか」との指摘も残されている[2]。
生息地では単独で行動することが多い一方、繁殖期には最大11個体が円環状に集まり、洞口付近で互いの鼻面を擦り合わせる行動が観察されている。この行動は、地元では「花づら回し」と呼ばれ、の一部では豊作祈願の縁起物として扱われたことがある[3]。
分類[編集]
ハナヅラヌンは、形態学的にはに近い鱗状被毛を持つことから、この目に置かれたと説明されることが多い。ただし、哺乳類でありながら翅膜状の皮膜を持たない点は古くから問題視されており、末期の分類学者・は「翅を失った夜の獣」と記したとされる[4]。
属名の''Nasorhynchus''は、鼻吻部の伸長と振動感覚を意味する由来とされるが、実際にはにの学生誌で作られた造語が流用された可能性がある。種小名''hanazuranun''は、採集地近くの方言で「鼻先が花のように開くもの」を意味するとされているが、文献によっては「花面に見えるぬん」とも読めるため、現在も語源論争が続いている[5]。
近縁種としては、、、が挙げられるが、いずれも標本数が少なく、分類の安定度は低い。特ににへ送られた個体群は、後に「別種ではなく栄養失調個体だった」と結論づけられた一方で、地元研究者の間ではなお独立種扱いが支持されている。
形態[編集]
成体の体長は頭胴長で14〜19センチメートル、尾長は18〜26センチメートルとされ、体重は平均で312グラム前後である。雌雄差は小さいが、繁殖期の雄は鼻面の花弁状突起が最大1.8倍に肥大し、遠目にはの蕾に見えることがある[6]。
最大の特徴は、鼻先を囲む12〜16枚の軟骨性小板であり、これが半開きの花冠のように見える点である。小板の表面には微細な鱗片が並び、観察では規則的な六角模様が確認されるが、の報告では「模様が毎回わずかに違う」と記されており、人工的な貼り替えを疑う研究者もいた[7]。
被毛は灰褐色を基調とし、頬から肩にかけて青みがかった白線が走る。なお、個体によっては顔の左右で縞の本数が異なり、地元では「片面三花」「両面四花」と呼び分けられてきた。これは威嚇表示ではなく、暗闇で仲間を識別するための視認信号と考えられている。
分布[編集]
本種は、の北中部から南部、さらにの一部まで分布するとされる。特にの石灰岩台地、の湿原帯、の山間盆地で記録が多い[8]。
もっとも個体数が多いとされるのは・の旧鉱山跡一帯で、の夜間調査では、1.6平方キロメートルの範囲に推定47個体が確認されたという。ただし、調査票の一部に「反射板と誤認された可能性あり」との但し書きがあり、現在でも確定値とはされていない[9]。
生息環境は、霧の発生しやすい谷筋、石灰洞の入口、廃線跡の擁壁など、湿度が高く人の往来が少ない場所である。近年はの豪雪地帯でも越冬痕が見つかっているが、これは本種の拡大ではなく、研究用に持ち込まれた個体が逃亡した結果である可能性があるとされる。
生態[編集]
食性[編集]
ハナヅラヌンは雑食性であるが、主として夜間に開花直後の湿地植物の花粉、洞窟性コケ類、昆虫の幼虫を摂食するとされる。特にの芽先を好み、鼻面の小板で花粉を集めて頬袋に蓄える行動が知られている[10]。
一方で、にの調査班が撮影した映像では、雨天時にを水たまりへ沈め、沈んだものだけを食べる個体が記録された。この行動は「味覚選別」ではなく、外殻の硬さを確認するための簡易試験と解釈されているが、同班の報告書には「慎重すぎて見ていて腹が立つ」との研究者の私記が残っている。
繁殖[編集]
繁殖期はからにかけてで、雌は1回に2〜4頭を出産する。妊娠期間は約43日とされるが、洞窟内の気温変動で前後9日ほどずれることがあり、の飼育記録では同腹の3頭が2日おきに生まれたという例もある[11]。
求愛では雄が鼻面の花弁を開閉させながら、地面に半円を描くように移動する。これを「鼻円舞」と呼び、最長記録はの観察地で確認された17分24秒である。なお、繁殖に成功した雄は翌朝、鼻面に花粉のような黄色い付着物を残していることが多く、これが「祝福の粉」として祭祀に転用された地域もある。
社会性[編集]
基本的には単独性であるが、冬季には4〜7個体が同一の裂罅を共有することがある。群れ内では年長個体が入り口側に位置し、若個体が最奥に並ぶとされるが、この序列は厳密ではなく、餌不足の年には3時間ほどで崩れる[12]。
鳴き声は「ヌン」「ハナヌン」などと表記され、周波数は可聴域下端に近い18〜24ヘルツ付近であるとされる。地元の民俗記録では、この低音は地震前兆と結びつけられたが、の資料では関連は確認されていない。もっとも、山小屋の管理人の間では今も「ヌンが鳴くと雨戸を閉める」と言い伝えられている。
人間との関係[編集]
ハナヅラヌンは、古くから山村の伝承に登場し、鼻面の形が「福を呼ぶ花」に似ることから、南部では門口に干し草で作った模型を吊るす風習があったとされる。特に31年の大雪害の際、ある集落でこの模型を吊るした家だけ薪が最後まで尽きなかったという逸話が残る[13]。
にはの委託で保護調査が開始され、、、の共同班が9年にわたり生態調査を行った。調査終了後、保全対策として洞口の照明を一切消す「無灯協定」が結ばれたが、地元の観光案内では逆に「闇に会える動物」として売り出され、年間約8,400人の見学客を集めたという[14]。
一方で、には観光土産として販売された「ハナヅラヌン饅頭」が、実物の顔面模様を過度に写実化しすぎたため苦情が相次いだ。製造元はの老舗菓子店であったが、包装の裏面に「本品は想像上の生物を模したものではない」と記載したため、かえって混乱を招いたとされる。
脚注[編集]
[1] 山口直人『山岳洞窟哺乳類の夜間形態』, 1969年, pp. 41-44.
[2] 佐伯澄子『北近畿採集標本再検討報告』 第18巻第2号, 1987年, pp. 113-121.
[3] 河合文雄「花づら回しと地域信仰」『民俗生態学年報』Vol. 7, 1994年, pp. 55-69.
[4] 渡辺精一郎『翅を失った夜の獣』, 1931年, pp. 8-12.
[5] 小田島恭平「''hanazuranun'' 語源小考」『大阪帝国大学学生誌』第12号, 1928年, pp. 3-5.
[6] Margaret A. Thornton, "Morphometrics of the Nose-Flower Complex in East Asian Cave Mammals," Vol. 23, No. 4, 1976, pp. 201-219.
[7] 柴田久美子『花冠状鼻板の微細構造』 第4巻第1号, 1954年, pp. 2-9.
[8] 中村栄一『日本列島山地哺乳類分布図録』, 1991年, pp. 88-93.
[9] 田島義弘「郡上市旧鉱山跡における夜間個体数推定」『岐阜自然誌報』Vol. 15, 1973年, pp. 17-24.
[10] Helen R. McBride, "Dietary Preference of Nasorhynchus hanazuranun," , 1982, pp. 77-81.
[11] 平賀つね『洞窟性小哺乳類の繁殖周期』 第11巻第3号, 1967年, pp. 101-109.
[12] 村上啓介「冬季裂罅共有行動の観察」『山地生物学通信』Vol. 9, 2001年, pp. 33-38.
[13] 藤井美沙『飛騨・美濃の動物信仰』, 1979年, pp. 142-146.
[14] 環境庁自然保護局『ハナヅラヌン保護調査最終報告書』1986年, pp. 1-73.
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山口直人『山岳洞窟哺乳類の夜間形態』岩波書店, 1969年.
- ^ 佐伯澄子『北近畿採集標本再検討報告』国立科学博物館紀要, 1987年.
- ^ 河合文雄「花づら回しと地域信仰」『民俗生態学年報』Vol. 7, 1994年, pp. 55-69.
- ^ 渡辺精一郎『翅を失った夜の獣』京都帝国大学出版部, 1931年.
- ^ 小田島恭平「''hanazuranun'' 語源小考」『大阪帝国大学学生誌』第12号, 1928年, pp. 3-5.
- ^ Margaret A. Thornton, "Morphometrics of the Nose-Flower Complex in East Asian Cave Mammals," Journal of Comparative Mammalogy Vol. 23, No. 4, 1976, pp. 201-219.
- ^ 柴田久美子『花冠状鼻板の微細構造』動物分類学雑誌 第4巻第1号, 1954年, pp. 2-9.
- ^ 中村栄一『日本列島山地哺乳類分布図録』東京大学出版会, 1991年.
- ^ 田島義弘「郡上市旧鉱山跡における夜間個体数推定」『岐阜自然誌報』Vol. 15, 1973年, pp. 17-24.
- ^ Helen R. McBride, "Dietary Preference of Nasorhynchus hanazuranun," Proceedings of the East Asian Zoological Society, 1982, pp. 77-81.
- ^ 平賀つね『洞窟性小哺乳類の繁殖周期』信州大学農学部研究報告 第11巻第3号, 1967年, pp. 101-109.
- ^ 環境庁自然保護局『ハナヅラヌン保護調査最終報告書』1986年.
外部リンク
- 国立科学博物館 動物資料室
- 日本洞窟生物研究会
- 東アジア哺乳類分類学連盟
- 山地湿原生態アーカイブ
- 岐阜自然誌デジタル博物誌