ハムリーヌ
| 氏名 | 浜里 由奈 |
|---|---|
| ふりがな | はまさと ゆな |
| 生年月日 | 1898年4月12日 |
| 出生地 | 神奈川県横浜市寿町 |
| 没年月日 | 1974年9月3日 |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 民俗記録家、研究者、採譜者 |
| 活動期間 | 1921年 - 1968年 |
| 主な業績 | ハムリーヌ唱法の分類、湾岸労働歌の採録、即席記譜法の提唱 |
| 受賞歴 | 日本民俗学会奨励賞、横浜文化章 |
浜里 由奈(はまさと ゆな、 - )は、の民俗記録家、食儀礼研究者、即興歌謡の採集者である。港湾労務者の間に伝わる「ハムリーヌ唱法」の整理者として広く知られる[1]。
概要[編集]
生涯[編集]
生い立ち[編集]
浜里 由奈は、寿町の米穀商の家に生まれる。家業の手伝いで早くから荷札の読み書きを覚え、またとが飛び交う岸壁周辺で育ったことから、幼少期より「言葉が作業を動かす」という感覚を身につけたとされる。
戸籍上は長女であったが、近隣では男衆の集まりにも平気で入り、荷揚げの号令を真似して遊ぶ子として知られていた。後年の回想録では、八歳のときに倉庫番から「声の出し方が半分、半分だ」と評された逸話が残る[3]。
青年期[編集]
、横浜女学校を卒業したのち、浜里はへの進学を目指したが、家計の事情で断念し、代わりにの嘱託整理員となる。ここで彼女は民謡集や港湾報告書を読み漁り、同時に後の臨時救護所における号令の変化を比較記録した。
には、郷土資料の整理で知り合った門下の研究者・遠山春圃に一時的に師事し、採譜、聞き書き、方言の分類法を学んだとされる。なお、この師事関係については、実際には「茶会に同席した程度ではないか」とする反論もあり、研究史上しばしば要出典とされる箇所である[4]。
活動期[編集]
、浜里は横浜港の第七埠頭で、積荷の木箱に刻まれた「HAM」様の反復印を手がかりに、作業中の掛け声を連続録音した。これが後に「ハムリーヌ第一資料群」と呼ばれるもので、同年だけで合計の唱和を採取したとされる[5]。
には、独自の「三拍半記譜法」を用いてで口頭発表を行い、荷揚げ・綱引き・夜間見張りの三場面で異なる旋律型が現れることを示した。この発表は一部の会員から「労働の音楽化に過ぎない」と冷淡に受け止められたが、逆に港湾労働組合からは実用的資料として歓迎された。
、浜里はの委嘱で「港湾作業の疲労軽減に関する声掛け規範」を作成し、掛け声を5分類・17下位類型に整理した。とくに「ハムリーヌ式反復唱」は、2分17秒ごとに息継ぎを入れることで作業能率が8.4%向上するという、きわめて具体的な数値を含んでいたが、算出方法はよく分かっていない[6]。
晩年と死去[編集]
戦後、浜里はに居を移し、港湾都市の口承文化が急速に失われつつあることを憂えた。晩年は病気がちであったが、に私家版『港の声帯』を刊行し、録音機材の性能よりも「聞き手の礼儀」が採集精度を左右すると主張した。
、で死去した。死因は心不全とされるが、最晩年まで手元の回転式録音機を分解していたため、死後に「機械への執着が寿命を延ばした」とする逸話が広く流布した。葬儀では、かつて採録した作業歌の一節が参列者全員により低声で唱えられたという[7]。
人物[編集]
浜里は几帳面である一方、現場での観察においては非常に大胆であったとされる。彼女は倉庫の梁に上がって聞き取りを行うことを好み、助手からは「メモ帳より先に足場を確保する人」と評された。
また、甘味に目がなく、調査先で出される菓子の配置によって聞き取りの質が変わると信じていた。とくにを2個以上食べた翌日は採譜の誤差が減るという本人のメモが残っており、後年の研究者はこれを「心理的補助栄養仮説」と呼んで半ば無視した[8]。
一方で、声の高さに対して極端に敏感で、蚊の羽音にまで小節を見出した。彼女の家には常に3台の時計があり、港の汽笛、日没、そして近所の猫の帰宅をそれぞれ別の基準時刻としていたという。
業績・作品[編集]
ハムリーヌ唱法の整理[編集]
浜里の最大の業績は、断片的な掛け声を「ハムリーヌ唱法」として整理した点にある。彼女はこれを、語頭の、語中の、語尾のに対応する3層構造と説明し、労働現場では「開始」「継続」「確認」の機能を担うとした。
この理論は、に刊行された『埠頭唱和論』で完成をみた。なお同書には、実際には存在しないはずの「潮位が3センチ下がると母音が一つ増える」という記述があり、後年の編者は「著者の比喩である」と解釈している。
採録資料と記譜法[編集]
浜里は録音のみに頼らず、荷車の軋み、滑車の反響、弁当箱の蓋音まで含めて一枚の譜面に転写する「環境同時記譜」を提唱した。これにより、単なる歌詞集では見落とされがちな労働場のリズムが可視化されたとされる。
彼女の代表的な採録集『横浜港声紋帖』は、全12章・附録48点から成り、うち7点は台風通過時の岸壁でしか成立しない特殊旋律として扱われている。浜里本人は「港の歌は晴天では完成しない」と記しており、この一文はのちに民俗学の名言として引用された。
教育活動と社会実装[編集]
代に入ると、浜里はの委嘱で、港湾地域の夜学向け教材を作成した。作業歌を用いた読み書き教育は、成人学習者の定着率をまで引き上げたと報告されているが、比較対象が極めて少なかったため評価は分かれる。
また、では、彼女の記譜法を応用した合図規定が一時採用され、積み下ろし時の衝突事故が減少したという。もっとも、浜里自身は「事故が減ったのではなく、声がそろって怖くなっただけかもしれない」と述べたとされる[9]。
後世の評価[編集]
戦後の民俗学において、浜里 由奈は「港湾口承文化の最後の目撃者」と位置づけられている。とくに以降、労働の機械化が進むにつれて、彼女の記録は失われた声の代替物として再評価された。
一方で、ハムリーヌ唱法の分類が精密すぎるため、実在性よりも体系美に偏っているとの批判もある。『日本港湾文化史』の一部研究者は、浜里の記録の中に由来の歌が混入している可能性を指摘しており、これが「浜里の創作ではないか」という論争を呼んだ[10]。
にはで特別展「声の荷揚げ」が開催され、来場者が録音装置に向かって掛け声を返す参加型展示が話題となった。来館者数はで、平日午後の小学生団体が最も長くマイク前に滞在したと記録されている。
系譜・家族[編集]
浜里家は代々沿岸で米穀と縄製品を扱う商家であった。父・浜里鉄五郎は船主向けの帳簿をつける人物で、母・浜里トミは近隣の産婆とともに方言の違いを記録していたとされる。
夫の浜里清助はの荷役監督で、由奈の調査に最初は難色を示したが、のちに「うちの女房のノートは税関より厳しい」と周囲に漏らしたという。子は長男の俊一、長女の和子の2人で、いずれも学術の道には進まず、俊一は貿易事務、和子はの和菓子店を営んだ。
なお、由奈の姪にあたる浜里澄子が残した家計簿の余白には、母屋で繰り返し練習された「ハムリーヌ節」の歌詞断片が書き込まれており、家族内では日常的な合図歌として機能していた可能性がある。
脚注[編集]
[1] 浜里由奈『港の声帯とその周縁』横浜文化研究会、1957年。
[2] 田所一馬「ハムリーヌ唱法成立史の再検討」『民俗音響学雑誌』第18巻第2号、1969年、pp. 41-67.
[3] 浜里和子編『由奈覚書』私家版、1981年。
[4] 遠山春圃「聞き書きと茶席のあいだ」『関東口承研究』第4巻第1号、1932年、pp. 9-16.
[5] 横浜港資料室『第七埠頭採録ノート集成』、1930年。
[6] 神奈川県立産業史編纂室『港湾労務と声掛け規範』、1940年。
[7] 中村静枝「葬送における作業歌の復元」『日本葬送民俗年報』第7号、1975年、pp. 112-119.
[8] 小林芙美子『民俗調査における補食の影響』東都出版、1962年。
[9] 横浜港湾労働組合連合会『安全衛生年報 昭和31年度』、1956年。
[10] 佐伯一郎『日本港湾文化史』港湾新書、2004年、pp. 203-218.
関連項目[編集]
脚注
- ^ 浜里由奈『港の声帯とその周縁』横浜文化研究会, 1957.
- ^ 田所一馬「ハムリーヌ唱法成立史の再検討」『民俗音響学雑誌』Vol. 18, No. 2, 1969, pp. 41-67.
- ^ 遠山春圃「聞き書きと茶席のあいだ」『関東口承研究』第4巻第1号, 1932, pp. 9-16.
- ^ 横浜港資料室『第七埠頭採録ノート集成』横浜港資料室, 1930.
- ^ 神奈川県立産業史編纂室『港湾労務と声掛け規範』神奈川県刊, 1940.
- ^ K. Morita, "Rhythms of the Harbor: Hamline Chants in Early Showa Yokohama," Journal of Japanese Folklore Studies, Vol. 12, No. 3, 1971, pp. 201-226.
- ^ 中村静枝「葬送における作業歌の復元」『日本葬送民俗年報』第7号, 1975, pp. 112-119.
- ^ 小林芙美子『民俗調査における補食の影響』東都出版, 1962.
- ^ 佐伯一郎『日本港湾文化史』港湾新書, 2004, pp. 203-218.
- ^ Margaret L. Henshaw, "The Semi-Verbal Labor Chants of Eastern Asia," Pacific Ethnographic Review, Vol. 9, No. 1, 1988, pp. 77-95.
外部リンク
- 横浜港民俗資料アーカイブ
- 日本口承音響学会デジタル年報
- 港湾作業歌研究センター
- 浜里由奈記念館
- 地方記録文学館オンライン