ワイルドワードピア
| 分野 | 言語遊戯・地域文芸・公開掲示文化 |
|---|---|
| 成立時期 | 1997年頃(複数の証言に基づく推定) |
| 主な活動場所 | 三浦半島沿岸、とくに周辺 |
| 中心概念 | 「野生語」を“配達”し、読者が再航海する書き換え |
| 運営形態 | 常設の管理体制ではなく、期ごとの運航委員会により回る |
| 象徴物 | 旧桟橋の掲示板に相当する「掲留(けいりゅう)面」 |
| 関係機関 | 民間団体と教育委員会の“協力”として語られることが多い |
| 論争の焦点 | 著作権よりも「迷い文字」の扱いが問題化したとされる |
(Wildword Pier)は、言語を「航路」に見立てて遊ぶ都市伝承的な文章共同体である。主にの港湾文化と結びつけて語られてきたが、その実態は文芸サークルと公開掲示網が混ざったものとされる[1]。
概要[編集]
は、読者が既存の文章を単語単位で“分解し”、その欠片を港のように並べ替えて新しい意味航路を作る遊戯として説明されることが多い。一見すると即興の作文に近いが、掲示される結果物が「誰かの持ち物ではない」形式で残る点に特徴があるとされる[1]。
この名称は、実際には特定の桟橋名や企業名から直に来たのではなく、言葉が港(ピア)に集まり、野生(ワイルド)なまま流通するという比喩として広まったと推定されている。語源としては、英語圏の“wildword(野生語)”と、都市の観光パンフに頻出する“pier”が1990年代後半に同時期へ輸入された、という説がある[2]。
歴史[編集]
起源:旧海軍文庫と「航路文法」[編集]
起源はの旧海軍系図書庫が一般公開へ移行した過程に結び付けて語られる。具体的には、1996年の“整理ボランティア”が残したとされる手書き台帳に「航路文法(こうろぶんぽう)」という項目があり、そこに「言葉は整備しすぎると死ぬ」と書かれていたことが発端とされる[3]。
この整理台帳は当時のが主催する講座の配布物に転写されたとされるが、実際の配布回数は「全12回、毎回42分、うち28分が“海図読み”だった」とやけに細かい数字で記憶されている[4]。この“海図読み”が、単語の並び替えを地理の読み替えへ接続する方法論になったと説明される。
なお、航路文法が文章遊戯へ変換された瞬間は、架空のエピソードとして語り継がれている。ある夜、講座の受講者が旧桟橋の掲示板に「誤字のまま残す」ルールを貼ったところ、翌朝には誤字だけが勝手に増殖し、結果物が「掲留面」として定着した、という筋書きである。この“誤字の増殖”が、ワイルドワードピアの“野生性”の比喩だとされる[3]。
発展:公開掲示網と「三層タグ」[編集]
2000年代初頭には、港の観光協会が発行する季刊冊子の末尾に、短い断片文が載るようになった。断片は「三層タグ」と呼ばれる形式で括られ、(1)固有名詞層、(2)状態形層、(3)沈黙層に分けて提示されたとされる[5]。
三層タグのルールは“見た目が厳密”であったと語られている。たとえば固有名詞層は必ず内の地名に限定し、状態形層は動詞の形を一つだけ残し、沈黙層は句点を「ちょうど3つ」入れる、という指定があったとされる[6]。もっとも、この“句点3つ”は資料ごとに変動しており、編集者によっては「2つでも通った」との注記が残るなど、後年の整理の揺れがうかがえる。
2010年代には、紙の掲示板だけではなく、当時の地域SNSに“掲留面の写し”が投稿されるようになり、ワイルドワードピアは「対面運航」と「遠隔航行」の二系統へ分岐したとされる。とくに2014年には運航委員会の会合が内の会議室で開かれ、出席者数は“17名、ただし沈黙層担当は5名欠席”と記録されたとする証言がある[7]。この時期に、ワイルドワードピアが地域アイデンティティへ滑り込む一方で、言葉の扱いの責任範囲が曖昧になった、と論じられている。
成熟と変質:著作権よりも「迷い文字」[編集]
運営側は、作品を個人の成果として固定しない方針を採ったと説明される。代わりに“迷い文字”という概念が導入され、誰かが入力した誤変換や変な誤字が次の航路へ引き継がれることが前提化された[8]。
この方針の結果、ワイルドワードピアは創作コミュニティとしてだけでなく、言語の公共性をめぐる議論の場へ変わっていったとされる。とくに、掲示からの転載の可否を巡って、文芸団体間で「迷い文字は免責か」という問いが繰り返された。反対に、参加者側からは「迷い文字があるから航路が生まれる」という反論もあったとされる。
ただし、公式な規約が整った時期は短かったとも言われる。運航委員会が“3期だけ”規約を掲げ、4期目からは「規約は海風で濡れる」として黒板に書き直す方式へ切り替えた、という口伝があり、どこまでが制度でどこからが物語なのかが曖昧である[8]。
運用方法[編集]
ワイルドワードピアで一般に用いられる手続きは、(1)単語の到着申告、(2)分解、(3)掲留、(4)再航海の4段階と説明される。まず到着申告では、参加者が「拾った」語を宣言するが、その語の出所は問わないとされる。ここが、単純な創作と違う点であると強調されることが多い[1]。
次に分解では、文章ではなく単語列を対象にする。例として「」のような地名は、必ず形の途中で分割しないといけない、とされるが、実際には“読める範囲なら分割可”という解釈が許容された時期もあったとされる[9]。
掲留は、結果物を公開する工程であり、掲示面は“誰のものでもない場所”として扱われたと説明される。再航海は、次の参加者が掲留面から語を拾い、前回と別の航路へ並べ替える工程である。こうして共同の文章が積み上がり、最終的には読者が「自分の語がどこへ迷ったか」を推理する遊びに変わるとされる[10]。
具体的なエピソード[編集]
もっとも有名な事例として、2002年の「無人駅の逆さ季語騒動」が挙げられる。参加者がの“ある駅前掲示”から拾ったと称する季語(ただし季語の種類は伏せられている)が、別の参加者の再航海で逆さに配置され、掲留面に“意味が読めない行”が大量発生したとされる[11]。結果として翌週、運航委員会は「逆さ語は航路の安全のため一時保管」として、句点を「合計で9つ」に調整したとされるが、資料には「句点は8つだった」という修正も残るという[12]。
別の例として、2011年の「赤い改行の測量会」がある。これはの小さな貸し会議室で、参加者が改行位置をルーラーで測り、その距離(例えば“1行あたり12ミリ”など)を“海図”として記録したイベントだと語られる。記録紙には、測量担当が“3名、ただし最終測定者だけ沈黙層担当を兼務”していたと書かれていたとされる[6]。
さらに、最もくだらないのに広まった話として、「応募用紙に“ワイルド”と書かず“ワイルド★”と書くと当選確率が上がる」という噂があった。公式には否定されたが、翌年の応募数が前年比で“約1.7倍”になったという統計が持ち出され、議論の火種になったとされる[13]。なお、この数字がどこから出たのかについては、編集者によって見解が分かれ、当初の資料では“1.6倍”とされていたとも言われる。
批判と論争[編集]
ワイルドワードピアには、言葉の扱いが曖昧であることをめぐる批判がある。特に「迷い文字」の概念が、誤りの免責に転化するのではないかという指摘が繰り返された[8]。
一方で、支持側は“言語は常に揺れる”として、誤りを隠すより公開することに価値があると主張した。さらに、地域の公共掲示文化と結び付くことで、単なる創作遊戯ではなく、住民が共同で街を読解する装置になるのだという見方も存在した[10]。
ただし、境界はたびたび揺れた。たとえば、参加者の発言が教育現場に持ち込まれた際、が「授業への直接導入は推奨しない」との見解を出したとされるが、その文書の“提出日”が参加者ごとに異なり、ある者は“4月17日”と語り、別の者は“5月7日”と語るなど、記録の一貫性に欠けると指摘されている[14]。この種の食い違いこそが、ワイルドワードピアが伝承として残ってきた理由でもあるとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯暁人「港の比喩としての“野生語”—ワイルドワードピア周辺の記号運用」『地域言語研究叢書』第7巻第2号, 2009年, pp.33-61.
- ^ Marina P. Haskins「Roving Tokens and Urban Literacy: A Pier-Based Model」『Journal of Applied Semiotics』Vol.14 No.3, 2012年, pp.201-238.
- ^ 内山澄江「旧海軍文庫から始まる航路文法」『日本図書館文化史研究』第21巻第1号, 2006年, pp.77-95.
- ^ 土井礼司「掲留面の実装条件と“句点の運命”」『書字行動学年報』第3巻第4号, 2015年, pp.12-44.
- ^ Yuri Kwon「Three-Layer Tagging in Collaborative Writing Communities」『Computational Folklore Review』Vol.9 No.1, 2018年, pp.1-22.
- ^ 小山田真琴「赤い改行の測量会:記録紙に残る参加者の役割」『都市のミクロ実践』第2巻第2号, 2013年, pp.88-104.
- ^ 横須賀港湾文化協会編『掲示は語る—ワイルドワードピアの手触り』協和出版, 2011年, pp.5-74.
- ^ 神奈川言語環境研究会「迷い文字免責論の系譜」『言語公共性研究』第10巻第3号, 2020年, pp.140-179.
- ^ 編集部「用語解説:ワイルドワードピア(暫定)」『季刊・港と文章』第44号, 2008年, pp.2-6.
- ^ Watanabe, Eri「A Note on Wildword Imports and Regional Interpretation」『Proceedings of the Peripheral Linguistics Workshop』Vol.1, 2016年, pp.55-58.
外部リンク
- 掲留面アーカイブ
- 航路文法の写し帳
- 迷い文字辞典(閲覧用)
- 横須賀港湾文化協会の旧掲示
- 赤い改行の測量会レポート