会社に行きたくない
| 分野 | 産業心理学・労務行政・行動経済学 |
|---|---|
| 主な現れ方 | 出勤前の回避行動、通信の遅延、作業開始の先延ばし |
| 関連概念 | メンタル不調、出社忌避、勤務回避症候群 |
| 初出とされる時期 | 昭和末期からインターネット期にかけて一般化 |
| 論点 | 自己責任論と制度要因論の対立 |
| 政策上の扱い | 休職・両立支援・労働時間規制との連動 |
会社に行きたくない(英: I Don't Want to Go to Work)は、において「就労意欲の欠如」として説明される社会心理現象である。表向きは個人の気分とされる一方、組織運営や公共政策の設計にまで影響してきたとされる[1]。
概要[編集]
は、単なる怠け心として片づけられることが多いが、実務では「出社という儀式に対する学習済みの回避反応」とみなされることがある。すなわち、本人の内的状態だけでなく、通勤導線、上司の声かけ、会議の開始時刻など環境手がかりが、反応を固定化させると説明される場合がある。
歴史的には、製造業のライン停止を減らす目的で開発された作業維持アルゴリズムが、逆に「出勤前の予兆」を定量化する指標へ転用され、1980年代後半から複数の企業で社内統計として蓄積された経緯があるとされる。なお、用語の一般化は、1990年代後半の企業掲示板における短文の流行が契機になったとされるが、根拠は一部で争われている[2]。
成立と歴史[編集]
回避反応の「計測」から言語化へ[編集]
の前身の委員会の一つである「勤労行動安定化研究会」(通称・安定化研)が、通勤遅延を減らす実証として、1977年にの湾岸事業所で試験運用を行ったとされる。そこで採用されたのが、出社前のスマートフォン(当時は試作機とされる)の加速度データを、勤務意欲スコアへ換算する手法であり、個人を断定しないための「主観ゼロ設計」が徹底されたと記録される[3]。
ただし、そのスコアが高い人ほど、なぜか始業チャイムの直前に「一度深呼吸してから席に着く」傾向が見つかったとされる。逆に、スコアが低い人は、駅構内の人流が少ない時間帯に合わせて移動速度を調整し、到着時刻を会議の開始3分前から5分前へずらしていたと報告された。これが後に「会社に行きたくない」という言い回しへ接続したと考えられているが、当時の一次資料が限定的であるため、異説も残る[4]。
制度と市場の「需要」を生んだ第二波[編集]
1997年、の人材派遣企業「北辰ヒューマンリンク」(現存企業名に似せた社名として語られることが多い)で、就業前面談の際に「出社意欲の予測」を目的としたミニゲームが導入されたとされる。参加者は、架空のオフィス地図を見て、最短ルートではなく「心拍が落ち着くルート」を選ぶと採点される仕組みであり、合計ポイントが高いほど「当日欠勤リスクが低い」とされた。
この手法は一時的に注目を集めたが、行政側からは「欠勤を未然に“選別”する」誤解を生む恐れがあるとして、1999年にガイドライン案が作成されたとも伝えられる。もっとも、当のガイドライン案は、提出の翌日に“資料の題名だけが差し替わった”形跡が見つかったという証言があり、政治的な力学が混入した可能性が指摘されている[5]。
語彙の拡散と、企業文化への浸透[編集]
2000年代に入ると、ワーク・ライフ・バランスの議論が一般化する中で、は「個人の弱さ」から「組織の設計不良」へと焦点が移ったとされる。特に、始業を統一する強制文化が、回避反応を助長する可能性があるとして、フレックス出勤の議論へ接続された。
一方で、回避行動が“正当化される”方向に振れると、逆に「会社に行きたくないを言語化できる人ほど評価される」という歪みも生まれたとされる。これは、社内研修で「感情の共有」を促した結果、短文の合言葉としてが定着した例があることに由来すると説明される。なお、その研修の参加者満足度は「9.7/10」と記録されているが、集計方法が「受付端末のタップ回数」とされているため、信頼性に揺れがある[6]。
社会的影響[編集]
は、労働生産性の低下として語られがちである。しかし企業実務ではむしろ、出社前後のマイクロ行動を改善する「儀式設計」へ応用されたとする見解がある。例として、始業前の通知を「午前8時きっかり」から「8時03分〜8時11分のランダム」へ変えた企業が、トラブル減少を報告したとされる。理由は、一定時刻に条件づけされた回避反応が、ランダム化で弱まった可能性があるとされたからである[7]。
また、公共領域では、労働相談窓口における分類名として用いられ、相談票の設問が「今日、出社できると思うか」ではなく「明日の自分に関心があるか」へ置換された時期があったとされる。ただし、置換の結果、回答率は改善したが、相談の質が下がったという指摘もある。ここで一部の官僚が「質問を変えれば人が変わる」と信じた節があったと、内部資料の断片から推定されている[8]。
この現象は、さらに教育現場にも波及したとされる。職場見学の際に「最初の挨拶をするまでの時間」を評価指標に入れた学校が現れ、挨拶が短いほど“会社に行きたくない”が抑えられるという短絡が生まれた。なお、当該学校のモデルケースはの私立校であるとされるが、具体名は伏せられており、資料の出所は不明である[9]。
メカニズム(とされるもの)[編集]
は神経症の別名だとする誤解もあるが、より広い意味では「行動の条件づけ」による説明がされることがある。たとえば、出社ルートの途中で必ず鳴るアナウンス、昼食時間のサイクル、特定の同僚の既読タイミングなどが、回避行動を引き出す合図になりうるとされる。
加えて、行動経済学的には、出勤を“損失”として捉えやすい人ほど、直前の意思決定が過大に不利に歪むと説明される。企業の福利厚生が充実していても、出勤直前の心理コストだけは帳消しにならないため、結果として回避が継続されやすいという。さらに、回避が成功すると「次回も回避してよい」という学習が成立し、短期的には安堵が得られるため、長期的には固定化する、とされる[10]。
ただし、反証も存在する。あるメンタルサポート団体の報告では、回避が一度成功すると、逆に“次は行けるかもしれない”という反転学習が起きる例も報告されている。にもかかわらず、反転学習がどの条件で発生するかは統一見解がない。ここで「反転学習が起きた人の歩数は平均12,438歩だった」という記述があるが、測定器の機種が不明であり、出典の信頼度は低いとされる[11]。
批判と論争[編集]
への対応は、大きく「個人のケア」か「組織の改善」かに分かれるとされる。一方で、ケア寄りの議論は、休職制度の適用を前提に設計されがちである。他方で、改善寄りの議論は、会議体や評価制度そのものを変える必要があると主張する。
論争の火種としては、企業がこの語を“便利なラベル”として扱う点が挙げられる。すなわち、「この人は会社に行きたくないらしい」で処遇が決まり、上司が説明責任を避ける言い方になるという批判である。逆に、個人の側でも「言語化できるほど助かる」という期待が強まり、結果として“言い回しの上達競争”が起きたとする指摘がある[12]。
また、統計の扱いにも揺れが指摘される。ある調査では、出社忌避の自覚がある人の割合が「全国で14.2%(2021年、推計)」と報告されたが、推計モデルの入力変数が「人事システムへのログイン回数」であるとされ、実態との乖離が問題視された。なお、この数値は“丸め誤差を含まない”と注記されているが、丸め誤差を示す別表が存在しないことが指摘されている[13]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯優斗『出社前行動の微分モデル』東京労務出版社, 2003年, pp. 41-58.
- ^ Margaret A. Thornton「Precommute Avoidance and Cue Randomization」『Journal of Organizational Behavior』Vol. 28 No. 4, 2009年, pp. 112-137.
- ^ 伊藤慎太郎『労務行政における感情分類の変遷』日本労働政策研究所, 2012年, pp. 9-27.
- ^ 高村玲『始業儀式の設計学:8時の恐怖を分解する』日新書房, 2016年, pp. 102-119.
- ^ 北條和馬『相談票の質問文は人を変えるか』労働統計叢書, 2019年, 第3巻第2号, pp. 55-73.
- ^ Sanae Kuroda「Randomized Notifications and Learned Aversion」『Applied Behavioral Finance』Vol. 5 No. 1, 2020年, pp. 1-19.
- ^ 山根岬『企業文化としての“行けない”』講談労働学会, 2022年, pp. 77-96.
- ^ 「勤労行動安定化研究会(安定化研)議事要旨(抄)」【厚生労働省】資料編纂室, 1980年, pp. 3-12.
- ^ ケン・ミラー『Work Refusal: A Field Guide』Green Lantern Press, 2014年, pp. 210-233.
- ^ (タイトルが不一致の可能性がある文献)『会社に行きたくないを測る:自己申告の再設計』労務データ出版, 2007年, pp. 12-24.
外部リンク
- 出社忌避アーカイブ
- 勤労行動安定化データポータル
- 回避反応可視化ラボ
- 労務相談設計研究会
- 始業儀式のケースライブラリ