地理探究
| 名称 | 地理探究 |
|---|---|
| 読み | ちりたんきゅう |
| 英語 | Geographic Inquiry |
| 分野 | 地理教育・調査学 |
| 起源 | 1978年の都市圏総合観測計画 |
| 提唱者 | 渡辺精一郎、マーガレット・A・ソーン |
| 普及地域 | 日本、韓国、シンガポール、オランダ |
| 主な実施機関 | 国土学習研究会、都立総合地誌センター |
| 特徴 | 現地踏査、地図復元、人口音読、夜間等高線観測 |
(ちりたんきゅう、英: Geographic Inquiry)は、地形・気候・交通・人口の相互作用を現地調査と机上解析の両面から読み解く学習体系である。末期の内部で試験導入され、その後の研究校を中心に普及したとされる[1]。
概要[編集]
地理探究は、地理を単なる暗記科目ではなく、土地の変化を追跡する実証的な学習方法として位置づける概念である。特にの境界が曖昧になる近代以降の地域変容を、地図・統計・聞き取りの三層で把握する点に特徴がある。
一般には地理の発展形とみなされるが、実際にはにの外郭研究班が作成した「学習者による地形再解釈法」に端を発するとされる。なお初期の資料では、地理探究は「地面に対して疑いを持つ態度を養う教育」と定義されており、当時の校長会では「生徒が地図を信じなくなる」として強い反発があった[2]。
一方で、都市開発が急速に進んだ・では、再開発前後の地形差を比較する教材として採用が進み、やがての学習指導要領改訂に影響したとされる。もっとも、導入経緯の細部は資料ごとに食い違いがあり、とされる記述も少なくない。
歴史[編集]
前史[編集]
地理探究の前史は、期の測量教育にさかのぼるとされる。当時、の渡辺精一郎は、縮尺の違う地図を重ねると生徒の理解が急激に深まることを発見し、これを「層位的地理解」と呼んだ[3]。ただし本人のノートには、地図より先に方位磁針の方が壊れたため授業が中断したと記されている。
末には、欧米から帰国したマーガレット・A・ソーンがで開いた私設講座において、港湾・鉄道・気温を同時に読む訓練が行われた。受講生は1日あたり平均14.2枚の地図を描かされたという記録があり、のちの地理探究の「多層観察」の原型になったとされる。
成立[編集]
本格的な成立は、の沿岸開発に関する調査会である。調査のため集められた教員・研究者・自治体職員のあいだで、土地利用を単に分類するのではなく、時間軸で追う必要性が共有された。そこでの旧倉庫を改装した会議室において、地理探究の仮称が採用された[4]。
当初は「都市圏総合観測計画」の一部であり、週に2回、参加校の生徒がの縁辺部を歩き、看板の色、排水路の匂い、帰宅時刻のばらつきを記録した。記録様式が極端に細かく、ある年度の報告書では「交差点1か所につき観測項目38」とされている。これが教育現場で広く受け入れられた理由については、学力向上よりも「遠足に似ていたから」とする説が有力である。
普及と制度化[編集]
の学習指導要領試案では、地理探究は「資料の読解と現地確認を往復する科目」として明文化された。これにより、従来の暗記中心の地理教育と差別化され、からまでの公立高校で実験導入が進んだ。
ただし、普及の過程で各地の教育委員会が独自解釈を加えたため、では雪堤の高さを測る実地調査、では潮風による看板の劣化速度の観察、では駅前の坂道傾斜を毎朝報告する方式に分岐した。これらは後に「地域適応型地理探究」と総称されるが、統一のなさがかえって教育効果を高めたと評価されている。
学習方法[編集]
地理探究では、まず対象地域の古地図・航空写真・人口統計を照合し、次に現地で「目で見える差」と「地図に出ない差」を記録する。生徒はしばしば3人1組で行動し、1人が歩測、1人が聞き取り、1人が気温・湿度・信号待ち時間を計測する。
特徴的なのは、成果物として提出される「地域層位ノート」である。これは見開き12ページのノートに、同一地点をの4時点で再構成するもので、優秀例では駅前広場のベンチの位置変化が7回分まで追跡される。ある都立高校では、提出物の平均重量が2.4kgに達し、ロッカーの棚板が毎年2枚ずつ沈んだと記録されている。
また、夜間観測を重視する学校では、街灯の照度だけでなく、コンビニの明るさが周辺の土地評価に与える影響まで扱う。これが「光害を通じた都市読解」と呼ばれ、大学入試で出題された年には、参考書の売上が3週間で18%増加したという。
社会的影響[編集]
地理探究は、教育の枠を超えて自治体計画にも影響を与えたとされる。では再開発地区の説明会に地理探究の手法が導入され、住民が自宅から最寄りの公園までの「心理的距離」を付箋で示す方式が採られた。これにより、道路整備より先にベンチの配置が見直された事例がある。
また、交通事業者との連携も進み、の一部路線では、沿線高校の生徒による定点観測が運行ダイヤ改善の参考資料になったとされる。もっとも、改善内容が「車内広告の位置変更」だったため、研究会の一部からは「地理というより視線工学である」と批判された。
民間では、地理探究の思想を応用した地域案内アプリが流行し、観光客が名所だけでなく「雨の日に坂が滑る路地」「昼休みに空く郵便局前ベンチ」まで検索するようになった。これにより商店街の来訪者数が伸びた一方で、静かな住宅街にまで「探究対象」として人が入り込む問題も生じた。
批判と論争[編集]
地理探究に対する批判は、主に「観察項目が多すぎる」「生徒が地域を採点し始める」「歩きすぎて靴が先に壊れる」の3点に集約される。とりわけの東京都内の公開授業では、ある生徒が「この商店街は空き店舗率より、看板の傾きが深刻である」と発言し、地元商店会との間で小さな論争となった。
また、学会内では「地理探究が地域を理解するのではなく、地域に地理探究向けの顔をさせてしまう」との指摘がある。これは、調査者が訪れると道端の花壇まで整えられ、結果として本来の姿が見えにくくなるという問題である。さらに一部の保護者からは、宿題で提出された衛星写真に自宅の物干し竿の本数まで注記されることへの不満も出た。
なお、に行われた全国調査では、担当教員の42.6%が「地理探究は非常に有効だが、自分の担当時間を削るには勇気がいる」と回答した。これは制度の限界を示すものとしてたびたび引用されるが、調査票の設問自体がやや誘導的であったとの指摘もある[5]。
主要人物[編集]
地理探究の形成には、教育行政・大学・現場教員の三層が関与したとされる。理論面では渡辺精一郎が「土地は一度見ただけでは読めない」と主張し、実務面ではの地誌学者・佐伯みどりが、通学路の変化を教材化する方法を整備した。
海外ではマーガレット・A・ソーンのほか、の都市計画研究者ヘンドリック・ファン・デル・メールが、運河沿いの地形と交通量を組み合わせた観測表を提案している。彼の表は紙幅を取りすぎるとして一度は却下されたが、後に「情報過多こそ現実である」という理念の根拠になった。
現場教員として名高いのは、の高校教師・高橋友治である。高橋は生徒を連れて湾岸部の倉庫街を歩き、昼と夜で同じ地区の印象がどれほど変わるかを記録させた。その授業記録は、1学年で延べ6,800件の観察メモを集めたことで知られている。
脚注[編集]
[1] 1981年の内部資料『地理教育の再編に関する試案』による。
[2] ただし、この「反発」は後年の回想録に基づくもので、当時の議事録には明確な記載がない。
[3] 渡辺精一郎『層位的地理解とその周辺』東京高等師範学校紀要、第14巻第2号、pp. 33-51。
[4] 神奈川県都市圏総合観測計画報告書編集委員会『港湾縁辺部における学習調査の実践』、1980年、pp. 118-127。
[5] 全国地理教育協議会『地理探究科目に関する教員意識調査 2017』、第3巻第1号、pp. 5-19。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『層位的地理解とその周辺』東京高等師範学校紀要、第14巻第2号、pp. 33-51.
- ^ 佐伯みどり『通学路の変容と地域認識』東京都立大学地理学報、第22巻第4号、pp. 77-96.
- ^ Margaret A. Thornhill, "Pedagogy of Urban Relief Reading", Journal of Regional Studies, Vol. 8, No. 2, pp. 104-129.
- ^ 神奈川県都市圏総合観測計画報告書編集委員会『港湾縁辺部における学習調査の実践』、1980年、pp. 118-127.
- ^ Hendrik van der Meer, "Canal Edges and School Maps", Urban Geography Review, Vol. 11, No. 3, pp. 201-218.
- ^ 全国地理教育協議会『地理探究科目に関する教員意識調査 2017』第3巻第1号、pp. 5-19.
- ^ 文部省初等中等教育局『地域観測と学習活動の接続』、学事出版、1989年、pp. 44-66.
- ^ 高橋友治『夜の商店街を読む』、日本教育地理学会年報、第6巻第1号、pp. 9-28.
- ^ Margaret A. Thornhill and 石田和彦『The Measurement of Psychological Distance in Commuter Corridors』、Oxford Regional Press、1994年、pp. 1-73.
- ^ 佐藤景子『坂道の学校、坂道の都市』、地理教育研究、第19巻第2号、pp. 150-167.
外部リンク
- 国土学習アーカイブ
- 地理探究研究会
- 都立総合地誌センター資料室
- 地域層位ノート保存会
- 沿線観測フォーラム