嫌われ芸人 阿呆村馬鹿裕 (本名野村孝裕)
| 名前 | 嫌われ芸人 阿呆村馬鹿裕 |
|---|---|
| 本名 | 野村孝裕 |
| ニックネーム | 阿呆村 / 馬鹿ひろ |
| 生年月日 | 1991年12月3日 |
| 没年月日 | — |
| 出身地 | 古河市 |
| 血液型 | O型(本人談) |
| 身長 | 172 cm |
| 方言 | 北関東訛り |
| 最終学歴 | 立北大宮学院高等学校(中退) |
嫌われ芸人 阿呆村馬鹿裕(あほうむら ばかひろ、 - )は、[[日本]]のお笑い芸人である。本名は[[野村孝裕]]。[[嫌われ芸人事務所]]所属のピン芸人として活動しており、独特の「誰も褒めない自己肯定」的な語り口で知られる[1]。
概要[編集]
嫌われ芸人 阿呆村馬鹿裕は、テレビのバラエティ番組では“好かれようとしない努力”が特徴だとされるお笑いタレントである[1]。一方で、本人は「嫌われは商品である」と語り、笑いの評価軸をあえて観客側に押し返すスタイルを確立したとされる。
当人の芸名は、公共の場での好感度とは反対方向に振り切った表現として、ネット配信の黎明期から話題になったとされる[2]。実際、彼のネタは同情や救いを最小化し、代わりに“観客の反応速度”を測るような間が多いことで知られている。
また、活動初期に「嫌われ芸人」という肩書きを“商標登録寸前の言葉遊び”として扱ったことが報じられ、複数の編集者が「炎上設計と自己演出の境目」と評したとされる[3]。この評価のブレが、後述する社会的影響の見取り図になっている。
略歴/来歴/経歴[編集]
阿呆村馬鹿裕は古河市で生まれ、幼少期から「人に嫌われると何かが起きる」と感じる体験を積み重ねたとされる。本人談では、転校直後の自己紹介で語尾だけを揃える癖が原因になり、クラスの反応が1分で冷めたのを“嫌われのタイムライン”として記録したという[4]。
、当時「しゃべりの測定」を趣味にしていた彼は、録音アプリで自分の声を38回分、同一フレーズに対して“わざと不快になる滑舌”へ調整していく実験を行ったとされる。のちにこの記録が、ネタのテンポ設計に流用されたとされ、本人は「笑いは音程ではなく誤差だ」と述べた[5]。
、彼は芸人養成の場としてへ移り、スクールでは“嫌われ指数”の採点表を作ったことで講師に注意されたとされる。特に、自己紹介スピーチを提出する際に文字数を「101文字」に固定し、句読点の位置を毎回ずらしたという[6]。この“わざと揺らす整形”が、後の「嫌われ芸」へつながったと推定されている。
人物[編集]
阿呆村馬鹿裕は、ツッコミではなくボケの側に立ち続ける“独り芝居型のピン芸人”だとされる。本人は台本を持たないことでも知られているが、その実態は「台本ではなく誤読の手順書」を頭に入れているという趣向である[7]。たとえば、相手の発言を1語だけ否定し、その否定語の強さを視線で変化させるなど、身体の副言語を使う。
また、周囲からは無愛想と誤解されることがあるが、本人は「愛想はコスト」として割り切っているとされる。番組スタッフは、楽屋での会話を開始してから“3往復で黙る”運用が常態化していたと証言しており、彼の沈黙が笑いに転換されるタイミングが職人化したと考えられている[8]。
一方で、彼の“嫌われ”は単なるネガティブではなく、相互作用の設計に近いと評されることもある。批評家の[[架空評論家]]・[[白雲子]](しらくもこ)は、阿呆村の手法を「関係の拒否ではなく、関係の再交渉」と表現したとされる[9]。この言い換えが、社会的な議論へ接続した。
芸風/作風[編集]
阿呆村馬鹿裕の芸風は、主に漫談と小コントを接続する形式で構成されるとされる。特徴は、自己紹介や一般常識の説明が、途中から“観客の常識への反証”へ反転する点にある。たとえば「嫌われ芸人だから嫌われる」と言い切り、観客が同意する前に“同意している自分が嫌だ”へ話を飛ばす構造が反復される[10]。
出囃子は明確な音源が公表されていないが、本人がライブ会場で「14小節目だけ音を外す」と語ったことがあるとされる。結果として、観客側に“気持ち悪さの居場所”が発生し、笑いが生まれるという理屈である[11]。
ネタ作成は「嫌われる順番」を先に決め、その後に言葉を当てはめる手順が採られるとされる。編集担当者によれば、ネタの下書きは毎回「A4用紙1枚、文字密度52%」で統一されていたという[12]。この過剰な規格化が、逆説的に即興のような揺れを生んでいると分析されている。
社会に与えた影響[編集]
阿呆村馬鹿裕の成功は、単に“叩かれる芸”の一過性にとどまらず、好感度を絶対視する価値観への疑問として波及したとされる[13]。彼が出演する番組では、視聴者の反応が可視化される仕組みが導入されることがあり、そのたびに「反応の良し悪しが人格評価に結びつく」ことへの自覚が促されたという。
特に以降、SNSで“嫌われ診断”のような二次創作が増えたことが報じられた。彼のセリフの一節がテンプレ化し、誰かを傷つける意図ではなく、自己検証の合図として使われた例が散見されたとされる[14]。この点について、メディア研究者の[[河野戯作]]は「批判が模倣される速度」が時代の指標になったと述べた。
ただし、同時に“嫌われ”を消費する文化も強化されたとの指摘もある。阿呆村自身は「俺は嫌われを売っているんじゃない。嫌われの仕組みを見せているだけだ」とコメントしたとされるが、受け手の解釈は割れたとされる[15]。この解釈の割れが、彼の後期のネタに“同意の強制”を避ける方向性を生んだとも言われる。
批判と論争[編集]
阿呆村馬鹿裕には、過度に攻撃的だという批判が継続して寄せられている。特に、冠コーナーで「好かれる努力を計測しないでください」と言い切る場面が切り抜きで広がり、視聴者の一部からは“努力否定”の論理だと受け取られたとされる[16]。
また、彼の芸名が持つ差別的な連想が議論されたことがある。芸名は“嫌われ”を商品化する言葉遊びとして説明される一方で、当事者性の観点からは不適切だという意見が出たとされる[17]。その際、事務所は「誤解を減らすために、ラジオでは言葉の前に断りを入れている」と回答したと報道された。
さらに、最も物議を醸したのは「第◯回放送で機材トラブルが起きたように見えたが、実は間違いではなく笑いの導入部だったのではないか」という疑惑である[18]。この点は本人が明確に否定したものの、後日の生配信で「失敗は演出に見えるだけ」と発言したため、疑いが完全には解消されなかったとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 加納風太『好感度の測定学:笑いは誤差である』幻灯舎, 2020.
- ^ 河野戯作『反応の可視化と芸人の責任』メディア批評叢書, 2018.
- ^ 白雲子『嫌われ語彙の文化史』春風文庫, 2017.
- ^ 松下陸人『バラエティ番組における沈黙の編集』Vol.12第3号, 2019.
- ^ S. Kuroda『The Comedy of Refusal』Journal of Applied Humor, Vol.7 No.2, 2021.
- ^ H. Nomura『Audience Latency in Solo Stand-up』pp.45-63, 2020.
- ^ 阿呆村馬鹿裕『14小節目の嘘:出囃子の研究』嫌われ芸人事務所出版局, 2022.
- ^ 編集部『“嫌われ芸人”特集:商標の手前で起きたこと』テレビ笑学, 第4巻第1号, 2020.
- ^ 田辺真綱『炎上は設計されるか?』月刊論点, 2023.
- ^ R. Hoshino『Mediatized Dislike and Performative Consent』pp.101-129, 2019.
外部リンク
- 嫌われ芸人 公式サイト(仮)
- 嫌われ指数レポート
- 阿呆村馬鹿裕 ライブアーカイブ
- 好感度経済 研究会ページ
- 沈黙編集研究所