続編的パーソナリティ障害
| 名称 | 続編的パーソナリティ障害 |
|---|---|
| 別名 | Sequel Personality Disorder, SPD |
| 提唱 | 1968年 |
| 提唱者 | 渡辺精一郎 |
| 主な研究拠点 | 東京都新宿区、神奈川県横浜市、ロンドン |
| 関連分野 | 臨床心理学、物語病理学、メディア考古学 |
| 初期診断基準 | 1974年版・新宿暫定基準 |
| 典型症状 | 前世代への過剰な敬意、急な設定変更への強い不安、無意味な回想編の挿入 |
| 学会での扱い | 限定的に採用 |
| 備考 | 一部では創作文化の比喩としてのみ用いられる |
続編的パーソナリティ障害(ぞくへんてきパーソナリティしょうがい、英: Sequel Personality Disorder)は、を中心に提唱された、自己像が一次的経験ではなく「前作の反響」として形成されるとされる心性上の症候群である。との境界領域で研究されている[1]。
概要[編集]
続編的パーソナリティ障害とは、個人が自分自身を「単独の人格」としてではなく、過去の自分の延長線上にあるシリーズ第2巻として認知してしまう現象を指すとされる。研究者の間では、の揺らぎがの影響を受けて極端化したものと説明されることが多い[1]。
この概念は、もともと40年代後半にの番組制作現場で観察された「登場人物が前作の陰に引っ張られてしまう」事例群から生まれたとされる。ただし、初期の報告書には患者というより脚本家と編成担当者の記述が多く、当時から診断単位としての妥当性には議論があった。
定義と診断基準[編集]
1974年にが公表した新宿暫定基準では、(1) 自己紹介の際に「前回の続きですが」と前置きする、(2) 失敗を「第1話での伏線」として回収しようとする、(3) 人生の転機を必ず最終回形式で語る、の三項目を満たす場合に強い傾向があるとされた[2]。
また、重症例では、転居や転職のような通常の出来事であっても「前作のキャスト変更」と受け止め、相手に対して再登場時の説明責任を求めることがあるとされる。なお、こうした症状の確認には、12ページの自記式質問票と、最低でも3本の未完結な人生史インタビューが必要であるとされた。
歴史[編集]
新宿試験区時代[編集]
最初の記録は、西口の貸会議室で行われた「連続人格と物語補綴に関する小研究会」に遡るとされる。ここでは、被験者が自己の過去を語る際に「前回までのあらすじ」という表現を用いたことに注目し、これを一種の適応戦略として記載した[3]。
研究会の参加者はわずか9名であったが、そのうち2名が自分の人生を「シリーズ打ち切りの危機」と表現したため、翌月にはの協力を得て予備調査が進められた。もっとも、松沢病院側の保管台帳では該当記録の半数が書棚の番号違いで見当たらないとされ、後世の研究者はこの「見つからなさ」自体が本症候群の初期症例であると冗談交じりに述べている。
国際化と学会騒動[編集]
にはのがこの概念を英訳紹介し、Sequel Personality Disorderという名称を定着させた。彼女の報告は誌に掲載され、編集部が本文中の「回想編」の語を *flashback special* に直し忘れたため、数号にわたって引用が増えたという逸話がある[4]。
一方で、の一部委員は「これは診断名ではなく、続編の売上分析である」と指摘し、1983年の合同会議では6時間に及ぶ用語論争が起きた。最終的には、診断群としてではなく「文化依存性の高い自己記述パターン」として暫定登録され、以後は研究者ごとに扱いが揺れた。
90年代の再評価[編集]
に入ると、の私設カウンセリング施設「みなと連作相談室」で、テレビドラマの総集編放送後に離脱症状を訴える若年層が増加したことから、再び注目された。施設長のは、これを「自己物語の再編集への耐性不足」と解釈し、週に3回の“初回から見直す会”を導入した[5]。
この施策は一定の効果を示したとされるが、参加者が全員そろって第4週目に「これから面白くなるところなのに」と言い始めたため、治療の成功か依存の形成かは判然としないままである。要出典とされるが、当時の配布資料には治療目標として「過去編への執着を70%まで圧縮する」と書かれていた。
症状[編集]
典型的な症状としては、第一に、自己紹介が長い。本人は短く述べているつもりでも、必ず「ここに至るまでの経緯」が三段階以上の回想構造になり、聞き手が途中で前作を見失うことがある。
第二に、人生の節目で過去の自分を「旧シリーズ」と呼ぶ傾向がある。転職、結婚、離婚、引っ越しのいずれにおいても、患者はそれらを章ではなく「第1期・第2期」として整理し、部屋の片隅に時系列表を貼り出すことが多い。
第三に、他者からの指摘に対して「それはシーズン2で説明済みである」と反応する場合がある。臨床報告では、会議での発言が全て続編制作会議のようになった50代男性の例、就職面接で「前回の反省を活かします」と言い続けて落ちた27歳女性の例が有名である。
原因[編集]
原因としては、幼少期からの長期連載的家庭環境、あるいはを過剰に読み込んだことが挙げられることが多い。特に、祖父母がテレビドラマの放送枠に合わせて生活を組み立てる家庭では、子どもが自分の成長を「前作の視聴率を引き継ぐ行為」として理解しやすいとされる。
また、以降の系深夜番組と、後年の配信プラットフォームによる「自動で次話に進む」設計が、人格の連続性を過剰に強化したという説がある。さらに一部の研究者は、卒業文集に「第一章」と書いた経験のある者ほど発症率が高いと主張したが、サンプル数が37人であったため現在も統計的妥当性は低いとみなされている[6]。
社会的影響[編集]
続編的パーソナリティ障害の社会的影響は、とに特に強く現れたとされる。前者では、生徒が作文を「前回の自分の続き」として提出する例が増え、教員が赤字で「完結してよい」と書き添える事態が相次いだ。
後者では、企業が「あなたの人生、次章へ」という標語を多用し始め、1998年の内の調査では、転職広告の18.4%が明示的に“続編感”を訴求していたという。なお、この数字はの自己申告に基づくもので、精査の結果、同協会の会員企業が12社しかなかったことが後に判明している。
批判と論争[編集]
批判者は、この概念がの診断名というより、物語文化に対する比喩を無理に病理化したものだと主張してきた。とりわけのでは、「続編的パーソナリティ障害を持つのは個人ではなく、むしろ現代社会全体である」とする反論が出され、会場で12分間の拍手が起きたと記録されている[7]。
一方で擁護派は、同概念が自己語りの過剰編集や、過去への依存を説明する上で有用であると反論した。両者の折衷案として、現在では臨床診断よりも、、そして創作指導の現場で用いられることが多い。ただし、学会資料の隅にはいまだに「次号へ続く」の印字が残っていることがある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『連続人格と物語補綴』新宿心理出版, 1969.
- ^ 小野寺久美子『反復する自己像の臨床』みなと書房, 1994.
- ^ Margaret E. Thornton, "Sequel Identity in Urban Clinics," British Journal of Narrative Psychiatry, Vol. 12, No. 3, 1980, pp. 41-68.
- ^ 田口澄夫「続編的症候群の初期報告」『日本臨床連続性学会雑誌』第7巻第2号, 1975, pp. 9-27.
- ^ Helen R. Wexler, "Flashback Ethics and Patient Continuity," Journal of Media Pathology, Vol. 5, No. 1, 1986, pp. 1-19.
- ^ 日本連続性広告協会編『人生を次章へ導く広告技法』東京企画社, 1999.
- ^ 黒川一郎『連載する心、打ち切られる心』港北学術社, 2001.
- ^ R. J. McAllister, "The Syndrome of the Second Season," Quarterly Review of Applied Psycho-Seriality, Vol. 18, No. 4, 1991, pp. 201-233.
- ^ 斎藤里美「回想編の自己回復機能」『文化心理と連続性』第3巻第1号, 2004, pp. 77-95.
- ^ 京都国際物語学会紀要編集部『「続編的」の語源をめぐる小論集』京都社叢館, 1993.
外部リンク
- 日本臨床連続性学会アーカイブ
- 新宿物語病理研究センター
- みなと連作相談室資料室
- British Narrative Psychiatry Index
- 連続人格診断ハンドブック電子版