試合結果あらかじめ書く
| 別名 | 結果先書き、勝敗前筆 |
|---|---|
| 主な用途 | 速報原稿、号外、放送台本 |
| 成立期 | 1920年代末 |
| 発祥地 | 東京都・芝浦印刷地区 |
| 関連分野 | スポーツ報道、予測編集、活字組版 |
| 代表的事故 | 1949年の「三段組み誤配事件」 |
| 保護団体 | 日本先行結果編集協会 |
| 禁忌 | 試合前の完全一致発表 |
| 現在の扱い | 多くは隠語として残存 |
試合結果あらかじめ書く(しあいけっかあらかじめかく)は、競技のが開始される前に、そのやスコアを先んじて文書化しておく編集技法である。主としての特報欄、の速報台本、ならびに一部ので発達したとされる[1]。
概要[編集]
試合結果あらかじめ書くは、において試合終了後の時間的制約を回避するために発達したとされる編集手法である。実務上は、勝敗が未確定の時点でA面・B面の両原稿を用意し、あらかじめ有力な展開を「本命稿」として清書しておく運用を指す。
一方で、この技法は単なる推測記事ではなく、との運用、さらには鉄道輸送の遅延を見越した締切管理と密接に結びついていたとされる。編集者の間では「結果を当てる」のではなく「結果に先に居住する」と表現されたという[2]。
歴史[編集]
芝浦の夜勤組から生まれたという説[編集]
起源は、芝浦の小規模印刷所で、深夜便のスポーツ紙を担当していた校正係、に帰されることが多い。長谷川は当時、との記事を同時に処理しており、試合の長期化により締切を過ぎることが頻発したため、勝敗の可能性ごとに文面を先に組んだとされる。
このとき彼が用いた方法は、見出しを「勝ち」「引き分け」「惜敗」の三段に分け、紙型の裏面に糊で仮固定しておくものであった。後にこれが「三段組み」と呼ばれたが、実際には三段どころか八段まで増やされ、雨天中止・延長十二回・審判再確認まで別稿で備えていたという[3]。
号外文化との結合[編集]
頃になると、・系の地方版で、号外を先に刷っておき、終了直後に日付だけ差し替える運用が広まったとされる。これが試合結果あらかじめ書くの商業的完成形であり、編集部では「先刷り」「後押し」「裏勝ち」などの符牒が使われた。
とくにでは、地方紙が遠征選手団の宿舎に「勝利稿」と「敗北稿」の双方を郵送し、到着したほうを採用させるという妙な競争が生まれた。なお、この慣行はの売店で配布された弁当の余白にまで及んだとする証言があるが、これは信憑性が低いとされる[4]。
放送局による標準化[編集]
に入ると、技研の周辺で、速報読み上げ用の「結果前倒し台本」が整備された。これはアナウンサーが試合途中でも自然に読めるよう、勝敗が逆転した際の語尾を可変式にしたもので、内部では「可逆原稿」と呼ばれていた。
特筆すべきは、の開場記念試合で、実況席の下に「1点差勝利」「大差勝利」「雨天ノーゲーム」の3枚が既に挟まれていたという逸話である。放送終了後、実際に選ばれたのはそのどれでもなく「双方健闘」の文面だったため、現場ではしばらく沈黙が続いたという[5]。
編集技法[編集]
実践では、まずの想定値を基準にして、見出し、本文、写真説明の三層を別々に作成する。次に、試合展開が最もありそうな筋を「主稿」とし、逆転・延長・乱闘・降雨中止の各稿を補助として束ねるのが通例である。
この手法の妙は、事前に書かれた原稿であることを悟らせない点にある。そのため、文体には「~と見られる」「~が決定打となった」「観客席は大きく揺れた」といった汎用表現が多用された。実際、1958年頃の地方スポーツ紙では、同じ一面が三日連続で使い回されても、本文中の選手名だけ差し替えれば大半の読者が気づかなかったとされる[6]。
社会的影響[編集]
この技法は報道の迅速化に寄与した一方で、「結果が新聞に載るから結果が起きる」という奇妙な因果感覚を一部の読者にもたらした。とくに地方の酒場では、新聞の号外が出る前に試合結果を言い当てる者が「前書きの見える男」と呼ばれ、軽い賭博の対象になったという。
また、前後には、外国通信社の一部が日本式の前書き原稿を誤って正式記録として配信し、系の端末に「決勝前に既に優勝が判明」と出た事例があったとされる。この誤配信は数分で訂正されたが、以後、国際会議では「日本の速報は速いのではなく、先に書いてある」と冗談めかして言及されるようになった[7]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、試合前に結末を固定してしまうことで、報道が競技そのものを支配してしまうという点にあった。これに対し推進派は「我々が書くのは未来ではなく、締切である」と反論したが、あまり説得力はなかったとされる。
最大の論争はの「三段組み誤配事件」である。ある編集部で、勝利稿・敗北稿・中止稿の束が入れ替わったまま地方に発送され、同じ試合について三紙が三種類の結末を報じた。翌朝、当事者の選手本人が結果を確認するため新聞を買い集めたという話まで残るが、これは誇張と見る向きもある[8]。
現代の用例[編集]
現代では、の普及により、試合結果あらかじめ書くは半ば自動化された。AIに見出し候補を十数本出させ、試合終了と同時に最も体裁の整うものを公開する方式が主流であるが、古参記者の間ではなお手書きの「本命稿」を尊ぶ風習が残る。
なお、やの一部現場では、勝敗確定前に「勝った場合の選手コメント」まで用意する慣行があるとされる。広報担当者はこれを否定するが、取材後に配られる資料の余白に「皆様のご声援に感謝します」と既に印字されていることがあり、完全には否定しきれないとする声もある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 長谷川栄造『芝浦印刷夜話――結果を先に組む技術』東京活版社, 1934.
- ^ 佐伯文夫『速報原稿の成立と変形』日本報道史研究会, 1959, pp. 41-68.
- ^ Margaret L. Thornton, “Prewritten Outcomes in Sports Copyrooms,” Journal of Media Fabrication, Vol. 12, No. 3, 1978, pp. 201-219.
- ^ 山根志朗『号外と先刷り文化』中央通信出版, 1986.
- ^ Ichiro Nakamura, “The Reversible Lead in Japanese Broadcast Sports,” Asian Journalism Review, Vol. 7, No. 2, 1991, pp. 88-104.
- ^ 田所静子『三段組み誤配事件の研究』北斗書院, 1998.
- ^ Paul D. Everett, “Deadline Before Result: A Comparative Study,” Cambridge Papers on Print Culture, Vol. 4, No. 1, 2005, pp. 13-37.
- ^ 『日本先行結果編集協会紀要』第18巻第1号, 2011, pp. 5-29.
- ^ 藤本一郎『スポーツ紙の未来稿とその倫理』文化新聞社, 2016.
- ^ Eleanor K. Masefield, “When the Score Is Already Written,” The Review of Impossible Journalism, Vol. 9, No. 4, 2022, pp. 77-96.
外部リンク
- 日本先行結果編集協会
- 芝浦活版資料館
- 速報原稿アーカイブス
- 可逆原稿研究所
- 東西新聞編集史データベース