India
| 分類 | 地理行政用概念・紙片式補助符号 |
|---|---|
| 起源 | 1887年ごろの英国測量局 |
| 主な普及地 | ボンベイ、カルカッタ、マドラス |
| 用途 | 気象補正、航路申告、税関記録 |
| 材料 | 薄紙、炭粉、糊、蜜蝋 |
| 制度化 | 1904年の帝国地図補正令 |
| 廃止 | 1972年に事実上停止 |
| 別名 | インディア符号、I紙 |
| 関連機関 | 帝国地理帳簿局、海港記録所 |
India(いんどあ)は、末にの測量局が作成した「南アジアの気象補正地図」を起源とする、極薄の紙片に地名と方位を書き込んで使う行政用概念である。のちにとの印刷業者によって再解釈され、植民地官僚の間で半ば儀礼的に用いられるようになった[1]。
概要[編集]
Indiaは、期の官僚実務から生まれたとされる補助概念であり、単なる地名ではなく「地図上の誤差を一枚の紙で吸収するための装置」として設計された点に特徴がある。記録上はの内報告に初出するとされ、当初は港湾都市の湿度差によってずれる座標を補正するために使われた[1]。
のちに、の印刷商ギデオン・バトラーとの行政書記サラット・チャンドラ・ボースによって改良され、紙片に都市名・潮位・徴税区分を小さく印字して折り畳む方式が広まった。もっとも、現存する標本の多くは後の再製版であり、初期形態については一部に異論がある[2]。
歴史[編集]
測量局での試作[編集]
最初期のIndiaは、にで開かれた測量官会議の席上、気圧の変化で海図がずれる問題を解決するため、メモ用紙を三角形に折り、辺に都市名を書くという単純な形式で提案された。会議記録では、この紙片を机上に置くと、担当官が方位磁針の代わりに視線を合わせるため、誤読率が17%下がったとされる[3]。
印刷業者による商業化[編集]
頃になると、の印刷業者が金箔押しの縁取りを施し、税関印としても転用できるようにした。とくにの業者は、湿気でにじまないよう蜜蝋を0.8グラム単位で配合し、1箱24枚入りを標準規格としたため、官庁では「一月に二箱あれば港は回る」とまで言われたという。なお、この頃に作られた「赤線版」は実際には航路指定ではなく、雨季の書類乾燥位置を示すものだったとされる。
帝国地図補正令以後[編集]
の帝国地図補正令により、Indiaは・・の三港で準公式採用された。これにより、輸入申告書の左上に貼付された紙片の角度が、船積み書類の優先順位を示すという奇妙な運用が定着した。一方で、が1908年に行った検証では、同一のIndiaが部署ごとに三通りの意味で使われていたことが判明し、制度としての統一は最後まで実現しなかった[要出典]。
構造と使用法[編集]
標準的なIndiaは、縦42ミリ、横67ミリ前後の長方形で、上端に都市名、中央に補正記号、下端に担当官のイニシャルを記す。表面にはで潮位、裏面にはまたはで「再折畳可否」が印字されたとされる。
使用時には、書類の四隅をあらかじめ湿らせ、Indiaを三度折って中央に置く。これによって、書類上の地名が実際の行政単位ではなく「その書類が誰の机に置かれるべきか」を示すようになるため、異動の多い官庁では非常に重宝された。また、の倉庫では、Indiaを十枚重ねて扇状に開くことで、雨季の倉庫温度を2度だけ下げられるという実験結果が残っている。
社会的影響[編集]
Indiaの流行は、単なる官庁内の道具にとどまらず、港湾労働者や印刷工のあいだで「地名を折る」遊びとして広がった。とくにでは、婚礼の招待状に似せた装飾版が出回り、招待された者が会場を間違えると「Indiaを正しく読めなかった」とからかわれたという。
また、には新聞社が見出しの余白に小さなIndiaを差し込むことで、記事の責任所在を示す慣行を始めた。この慣行はのちに編集局の縦割り文化を象徴するものとして研究対象になり、の行政史講座では「紙片が官僚制を可視化した稀有な例」と紹介されている。
批判と論争[編集]
もっとも、Indiaには当初から批判も多かった。特に以後、旧植民地官庁の文書整理を担っていた職員のあいだでは、Indiaが「過度に折り曲げられた地名意識」を固定化するとして反発が起きた。これに対し支持派は、Indiaは地名ではなく補正器具であるから政治性はないと主張したが、同じ紙片が税関・港湾・気象の三分野で別々の意味を持つことが、かえって混乱を拡大したとされる。
なお、のでは、Indiaの偽造品が約4万2,000枚見つかり、うち18%が実際にはパン屋の包装紙だった。これにより、当局は「紙片の真正性を判定するには折り目の癖を読むべきだ」との通達を出したが、判定員ごとに癖の見方が異なったため、事態はさらに複雑になった。
後世の評価[編集]
に入ると、Indiaは行政技術の失われた周辺文化として再評価され、の私設文書館やの個人収集家の間で高値で取引されるようになった。特に、折り目に沿って微細な潮汐表が現れる「第二版青刷」は、1枚あたり3万8,000ルピー前後で落札された記録がある。
研究者の一部は、Indiaを「植民地期の情報管理が生んだ最小単位の国家」と呼ぶが、別の研究者は「実際には役所の机を安定させるための敷物だったのではないか」と指摘している。いずれにせよ、地図・税務・紙工芸が奇妙に融合した例として、今日でも行政史の講義でしばしば引用される。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ G. Butler, “On the Folding Indexes of the Bombay Port Registry,” Journal of Imperial Cartographic Studies, Vol. 12, No. 3, 1905, pp. 41-68.
- ^ サラット・チャンドラ・ボース「港湾書類における折畳記号の実務」『ベンガル行政史研究』第4巻第2号, 1911年, pp. 119-147.
- ^ A. H. Wren, “Humidity, Paper, and the Invention of India,” Proceedings of the Royal Society of Colonial Geography, Vol. 8, No. 1, 1909, pp. 7-29.
- ^ 渡辺精一郎「帝国地図補正令と補助符号の制度化」『東洋史学雑誌』第27巻第6号, 1934年, pp. 201-224.
- ^ M. K. Das, The Paper State of the Arabian Sea, Cambridge University Press, 1958.
- ^ Eleanor P. Hastings, “The Angle of Authority: Administrative Folds in South Asia,” The Geographical Review of London, Vol. 41, No. 4, 1966, pp. 312-339.
- ^ 小早川修一『インディア符号の社会史』中央行政出版会, 1978年.
- ^ R. Singh and P. MacLaren, “Tax Marks and Tide Tables in Colonial Bombay,” Indian Journal of Maritime Archives, Vol. 19, No. 2, 1989, pp. 55-83.
- ^ 鈴木安次郎「紙片としての国家—India再考—」『文書文化論集』第13巻第1号, 2001年, pp. 1-26.
- ^ N. Chatterjee, A Manual for Re-Folding the Empire, Oxford Marginalia Press, 2014.
- ^ V. D. Menon, “A Curious Misprint in the Madras Circular of 1904,” Bulletin of the Institute for Paper Governance, Vol. 3, No. 1, 2017, pp. 88-90.
外部リンク
- 帝国紙片資料館
- ボンベイ折畳文書アーカイブ
- 南アジア行政補正研究会
- 海港記録デジタル保管庫
- カルカッタ印刷職人年鑑