。d@b」うd0r8MBw「ー05
| 名称 | 。d@b」うd0r8MBw「ー05 |
|---|---|
| 別名 | ダブルクォート逆位相符号 / DAB-05 |
| 分類 | 誤認防止型符号化規格 |
| 提唱年 | 1987年頃 |
| 提唱者 | 森谷一成、H. R. Whitcombe ほか |
| 運用開始 | 1989年 |
| 主な利用地 | 東京都、神奈川県、シンガポール港湾部 |
| 標準長 | 11〜19文字 |
| 廃止状況 | 2004年に事実上終了 |
。d@b」うd0r8MBw「ー05は、との混成によって成立したとされる、1980年代後半ので生まれた符号化規格である。主にの誤配防止用タグとして知られているが、実際にはの実験室で偶発的に標準化されたとされる[1]。
概要[編集]
。d@b」うd0r8MBw「ー05は、記号列そのものを識別子として用いる特殊なである。読みやすさよりも誤読の誘発を重視する設計で、配送、研究記録、放送テロップの三分野で限定的に採用されたとされる。
この方式は、文字の上下反転、全角半角の混在、句読点の不規則配置によって成立し、の内の試験運用で初めて「人間が見間違えること」を前提に成功したとされる。なお、関係者の一部はこれを規格ではなく「事故の再利用」と呼んでいた[2]。
起源[編集]
国立情報符号研究所での偶発的生成[編集]
起源は第3実験棟の、ワードプロセッサ更新作業にさかのぼるとされる。1987年10月、技官がテスト用ファイルに、、を連続入力した際、隣席の研究員が誤ってタイムスタンプ欄へを打ち込み、さらに校正係が修正のためにを付記したことで、現行の骨格が生まれたという。
この時点では単なる入力事故であったが、同研究所では「偶発的に発生した文字列ほど配達員の記憶に残る」との経験則が共有されており、翌週には所内回覧用の仮タグとして流用された。のちに内部文書では、これを「再現可能な誤読」と定義している[3]。
郵便局との共同試験[編集]
春、の前身組織に相当する実務班が、との境界にある集配所で試験運用を実施した。一般的な番号札に比べ、。d@b」うd0r8MBw「ー05を付した荷物は再仕分け率が17.4%低下し、誤配先からの返送までの平均日数も2.3日短縮されたと報告されている。
ただし、同試験では「読めなさすぎて保留箱に積まれる」という逆効果も確認されたため、運用規程には「3回見ても読めない場合は右回転させて確認すること」という奇妙な補則が加えられた。これは当時の現場主任であったの手書きメモがそのまま採用されたものとされる[4]。
構造と仕様[編集]
。d@b」うd0r8MBw「ー05の仕様は、表層上は無秩序に見えるが、内部では「開き記号」「閉じ記号」「転倒記号」の3層に分かれると説明される。冒頭のは所在を示す接頭部、中央のは個体識別本体、末尾のは更新回数を示すとされ、初版から第5改訂までの互換性を担保していた。
また、全角のと半角のを隣接させることで、スキャナによる自動補正を意図的に失敗させる設計が採用されている。これにより、機械側では一見して未処理データに見える一方、人間の目には「何か意味があるらしい」と感じさせる効果があったとされる。
一部の研究者は、この設計思想を末期の「見通しの悪いほど安全である」という現場主義の極致と評価している。ただし、同時代の資料には、設計図そのものがコーヒー染みで判読困難になっていたため、後世の解釈がかなり混入している可能性がある[5]。
普及と応用[編集]
物流分野[編集]
物流分野では、の一部コンテナ管理で最も広く用いられた。特に、同一倉庫内で似た品目が多いとの混載において効果を発揮し、誤開梱率を月平均1.9件から0.2件に抑えたとされる。
もっとも、荷札の文字列が長すぎるため、現場では略式として「ドットダブ」と呼ばれた。この略称が広まるにつれ、本来の記号列はむしろ「正式名を思い出すための儀式」と化していったという。
放送・印刷[編集]
系の深夜試験放送では、テロップの誤送信を防ぐ内部コードとして採用された時期がある。1991年の年末特番では、画面右下に一瞬だけが表示され、視聴者の一部が新年カウントダウンの一部だと誤解したとされる。
印刷分野では、校正刷りの裏面にこの符号を記すことで、再校時に「どのページが最後に触られたか」を視覚的に追跡する運用が行われた。これが後年のDTP現場で「意味のない文字列を残すと進捗が見える」という妙な教訓として語り継がれた[6]。
社会的影響[編集]
。d@b」うd0r8MBw「ー05は、実用規格であると同時に、職場文化の象徴ともなった。会議で発言が長引くと、参加者がメモの端にこの記号列を書き、議論の「未確定領域」を可視化する慣習が広がったとされる。
また、1990年代後半には若年層の間で、携帯メールの署名をこの形式に似せる流行が起こり、の文具店では専用ステッカーが月1,200枚売れたという。もっとも、売上の大半は企業の総務担当が購入していたとされ、流行というより職場の自家中毒に近かった。
社会学的には、読めないが捨てにくい文字列として、との中間に位置する現象とみなされている。なお、2002年の調査では、首都圏の事務職員の31.6%が「見たことはあるが意味は知らない」と回答したが、調査票そのものが記号列の影響で一部破損していたため、数値の信頼性には疑義がある[7]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、可読性の低さと記録保存性の不安定さである。特にの一部配送センターでは、手書き複写の際にとが逆転したことで、同一荷物が二重登録される事故が9か月間で43件発生したとされる。
また、の非公式検討会では、この記号列が「人間の注意力を試す装置にすぎない」とする論考が提出された。これに対し擁護派は、「注意力を試せるならそれは十分に情報である」と反論し、議論は最後まで平行線をたどった。
一方で、後年の回顧録では、開発者の一人が「本当はただの打ち間違いだったが、誰も直し方を知らなかった」と述懐したとされる。ただし、この証言はに刊行された座談会記録にのみ現れ、同席者3名のうち2名が記憶を否定しているため、現在も要出典扱いである[8]。
現代における扱い[編集]
2004年以降、。d@b」うd0r8MBw「ー05は正式規格としての地位を失ったが、アーカイブ番号、研究室の棚札、古い倉庫の警告札などで断続的に生存している。特にでは、退役したラベル機の試験出力として年間12点前後が保管されている。
現在は、レトロコンピューティング愛好家や文字化け収集家のあいだで再評価が進んでいる。彼らはこの記号列を「手作業時代の最後の笑える標準」と呼び、毎年に模写会を開いているという。
もっとも、模写会の参加者が毎回必ずを少しだけ違う形で書いてしまうため、厳密な復元は不可能とされる。これを「再現不能性そのものが文化財である」とする見解もあり、近年ではむしろその曖昧さが価値だと考えられている[9]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 森谷一成『符号の事故学――1980年代オフィスにおける誤記の制度化』情報文化出版社, 1994, pp. 41-68.
- ^ H. R. Whitcombe, "Ambiguous Tags and Human Sorting in East Asian Logistics," Journal of Applied Semiotics, Vol. 12, No. 3, 1992, pp. 201-229.
- ^ 島村照夫『集配所の夜明けと記号の午後』港湾物流研究会, 1990, pp. 15-39.
- ^ 田所美奈子『全角と半角のあいだ――日本語入力史小論』東京電機新報社, 2001, pp. 88-113.
- ^ K. L. Sato, "Reverse-Punctuation Protocols in Late Show Broadcasting," Media Systems Review, Vol. 8, No. 1, 1993, pp. 5-22.
- ^ 『国立情報符号研究所年報 第14巻第2号』国立情報符号研究所, 1989, pp. 3-41.
- ^ 大島信夫『配送事故の民俗学』港北出版, 1998, pp. 121-144.
- ^ Margaret A. Thornton, "When Labels Refuse to Behave," Proceedings of the International Symposium on Misfiled Data, 1996, pp. 77-96.
- ^ 山岡慎一『うわ文字と現場の倫理』西海岸文化社, 2003, pp. 9-27.
- ^ 『The Handbook of D@B-05 Applications and Other Unfortunate Standards』Keio Press, 2005, pp. 101-149.
外部リンク
- 国立情報符号研究所アーカイブ
- 昭和末期オフィス符号史研究会
- 港湾ラベル文化資料室
- 文字化け標本館
- DAB-05再現プロジェクト