あなたを見る魚は釣られない
| 分類 | 漁法・俗信・行動観察 |
|---|---|
| 起源 | 20世紀前半の瀬戸内海沿岸 |
| 提唱者 | 三好源治、加納澄子ら |
| 主な対象 | 沿岸性の小型魚類 |
| 中核原理 | 魚は視線を検知すると餌の安全性を疑う |
| 研究機関 | 東京水産視線研究所 |
| 関連技法 | 無視釣り、反射静止法、逆覗き網 |
| 流行期 | 1958年 - 1974年 |
| 批判 | 再現実験の成功率が著しく低い |
あなたを見る魚は釣られないは、釣り人の視線と魚群の反応を利用したとされる発祥の擬似漁法、またはそれをめぐる上の俗説である。主に沿岸の漁村で広まったとされ、のちにの研究者らによって一時的に理論化された[1]。
概要[編集]
あなたを見る魚は釣られない、とは、釣り人が魚に「見られている」と感じさせることで、かえって食いつきを抑えるという考え方である。一般にはの沿岸漁民のあいだで語られた経験則として知られているが、実際には30年代に都市部の釣具店と半ば学術風の会合から広まったともされる。
この概念の特徴は、単なる迷信として片づけきれないほど具体的な手順を伴う点にある。たとえば、竿先を水面から17度以内に保つ、魚影を見つけても1回以上は目を合わせない、夜釣りでは白熱灯を使わず青緑色の曇りガラス越しに観察する、といった細目が存在するが、これらの数値の由来は資料ごとに食い違っている[2]。
成立[編集]
最初期の記録は、の旧港区で配布されたとされる小冊子『魚眼忌避と投餌姿勢』に見えるが、現物は確認されていない。そこでは、魚は餌そのものではなく「捕食者の注意の向き」に反応するとされ、これが後年の「あなたを見る魚は釣られない」理論の骨格になったとされる。
一方で、別系統の伝承では、の定置網漁師・三好源治が、網にかかったが自分の顔を見上げた瞬間に暴れるのを観察し、これを「魚のためらい」と呼んだのが始まりとされる。三好はごろ、網場で1日平均62尾だった揚網数が、目線を逸らすだけで71尾に増えたと帳面に記したというが、筆跡が3種類あるため後世の追記説も根強い[3]。
理論化と拡散[編集]
東京水産視線研究所の介入[編集]
、にあった東京水産視線研究所が、この俗説を半ば真面目に研究対象へ引き上げた。所長の加納澄子は、魚類の側線と視覚反応を同列に扱う独自の「視線圧モデル」を提唱し、96匹、41匹、18匹を用いた実験を実施したとされる。
同研究所の報告書では、釣り人が魚に対して真正面を向いた場合、食いつき率が平均27.4%低下したとされている。ただし、同じ報告書の別表では逆に14.8%上昇しており、編集者のあいだでは「魚より先に統計がこちらを見ていた」と揶揄された。
漁村での実用化[編集]
やの一部では、実際に「目を合わせる係」と「餌を投げる係」を分業する方式が採用された。とくに串本の網元・杉本平八郎家では、朝5時12分に第一投、5時19分に無言で視線を外す、5時31分に2投目という極めて細かな手順が守られたという。
この方式は一時期、漁協の若手講習会で人気を博し、受講者128人中109人が「なんとなく効いた」と回答した。しかし満足度調査の自由記述欄には「魚というより自分が見られている気がした」「隣の人の顔が怖い」などの記述があり、心理効果説を補強する結果とも受け取られている。
都市文化への波及[編集]
後半には、この言い回しが釣り以外にも転用され、やのバーで「相手を見すぎると口説けない」という比喩として流行した。雑誌『週刊海と街』の5月号は「魚は嘘をつかないが、見つめる者を選ぶ」と題する特集を組み、発行部数は一時23万部に達したとされる。
なお、同号の読者投稿欄には、実際に釣果が増えたという証言が18件寄せられたが、そのうち7件は同一人物による投書であった疑いがある。編集部はこれを問題視せず、「視線の再現性はある」と結論づけた。
方法論[編集]
この概念における基本原則は、魚と釣り人の間に「未確定の関係」を作ることであるとされる。具体的には、竿の角度を水平から21度ずらし、餌を水面に落とす直前に一度だけ息を止める、魚影が近づいたら3秒以内にまばたきをしない、などの技法が伝えられている。
また、上級者向けには「反射静止法」と呼ばれる手法があり、偏光グラスに自分の顔を映し、魚に向けることで「釣り人が見ているのは魚ではなく自分自身である」と錯覚させるという。これによりの瀬戸内講習会では平均釣果が14.2尾から19.6尾に増えたと記録されているが、同時に釣り糸の絡まり率も38%増加した。
社会的影響[編集]
あなたを見る魚は釣られないは、漁業技術というより地域共同体の作法として受容された点に特徴がある。とくにでは、子どもに対して「魚を見る前に魚に見られるな」と教える習俗が一部で確認され、夏休みの自由研究の題材としても人気を得た。
一方で、の関係部署がにまとめた非公開メモでは、「視線の強さを規制した漁法は、漁業者の精神衛生に寄与する可能性がある」としながらも、「証拠が視線の強さに比して弱い」と評している。これは後に、同省の内部研修で笑い話として扱われたという。
批判と論争[編集]
批判の多くは、再現実験の成功率が極端にばらつく点に向けられている。海洋行動学教室がに行った追試では、12回の試行のうち有意差が認められたのは1回のみであり、しかもその1回は台風接近のため研究者全員が無言になっていた時であった。
また、伝承の中心人物とされる三好源治については、実在した可能性は高いものの、彼の残した帳面に「魚は見返す」とだけ書かれたページが後年切り取られていることから、後代の脚色が疑われている。とはいえ、信奉者の側は「記録が切り取られたのではなく、魚に読まれたのだ」と反論している。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 加納澄子『魚類の視線忌避と漁獲効率』東京水産学会誌, Vol. 12, No. 3, pp. 44-61, 1960.
- ^ 三好源治『港町における沈黙投餌法の実地報告』瀬戸内漁業研究, 第4巻第2号, pp. 7-19, 1952.
- ^ Margaret A. Thornton, “Gaze Aversion in Coastal Fishery Rituals,” Journal of Maritime Folklore, Vol. 8, No. 1, pp. 113-129, 1968.
- ^ 加納澄子・林田博『視線圧とアジ類の反応閾値』水産心理学紀要, 第7巻第1号, pp. 2-28, 1963.
- ^ Kenjiro Watanabe, “On the Non-Caught Fish That Watches Back,” East Asian Ethnozoology Review, Vol. 5, No. 4, pp. 201-217, 1971.
- ^ 『東京水産視線研究所年報 昭和34年度』東京水産視線研究所, 1959.
- ^ 杉本平八郎『串本網元日誌 目線巻』和歌山沿岸文庫, 1965.
- ^ 農林水産省海洋技術課『視線性漁法に関する内部覚書』未刊行資料, 1972.
- ^ 尾崎豊二『魚はなぜこちらを見るのか』海鳴出版社, 1974.
- ^ Helen K. Reeve, “Blue-Glass Lures and the Psychology of Hook Hesitation,” Proceedings of the Osaka Symposium on Applied Fish Perception, Vol. 2, No. 2, pp. 88-97, 1969.
外部リンク
- 東京水産視線研究所アーカイブ
- 瀬戸内漁法史料館デジタル目録
- 港町民俗技術データベース
- 海と街 旧号復刻プロジェクト
- 魚類行動俗説研究会