ありがとう
| 分類 | 日本語の感謝表現 |
|---|---|
| 起源とされる時期 | 平安時代末期 |
| 成立地とされる地域 | 奈良盆地一帯 |
| 初期の用途 | 寺院文書の確認礼 |
| 普及契機 | 室町期の都市商業 |
| 関連行事 | 礼札交換、帳簿締め |
| 象徴色 | 淡い朱色 |
| 俗称 | 礼返し語 |
| 現在の用法 | 日常的な感謝表現 |
ありがとうは、日本語における感謝を表す語であるが、現行の語義は末期にの寺院で行われた文書整理儀礼に由来するとされる。のちにの商人層によって日常語へ拡散し、礼節と取引慣行の双方を結びつける言葉として定着した[1]。
概要[編集]
は、相手への謝意を示す語として広く用いられているが、その成立史にはとが深く関わっていたとされる。特に系の写経所で、帳簿の差異を確認した際に唱えられた「有り難し」が短縮され、口頭確認の合図として再定義されたという説が有力である[2]。
この語は単なる礼儀表現ではなく、やり取りが完了したことを双方が確認するための「取引終結句」として発達したとされる。また、の呉服商やの海商が帳簿の最後に小さく書き添えたことで、のちに町人文化へ浸透した。なお、中期には、奉公人が一日三回以上「ありがとう」を言わないと帳尻が合わないとする家訓が一部で流布したというが、これは後世の脚色とみられている。
歴史[編集]
起源伝承[編集]
最古の用例は年間の『感応帳』に見られるとされ、寺務担当のが、紙の節約のために長文の感謝文を縮約した結果、「有り難きことにて候」が「ありがたう」に変じたという。これを裏付けるとされる木簡がの収蔵庫から一度だけ見つかったが、翌週には別の分類票に差し替わっていたため、現在では要出典扱いである。
には武家の書状で「ありがと」が定型化し、戦場で首級の確認や馬の貸借を終えた際に用いられた。特にの家臣団では、相手の武具を返却する瞬間に一礼しながら発声する習慣があり、これが礼法化の出発点になったとされる。
室町期の都市拡散[編集]
後期になると、の両替商が「ありがとう札」と呼ばれる小札を導入した。これは取引成立時に相手へ渡す木札で、裏面に「有難う御座候」の略字が彫られていたという。札の製作を担ったは、月に平均4,800枚を彫っていたと伝えられるが、指が3本しか使えなくなったという逸話も残る。
また、の茶屋では、客が退出する際に茶碗を返す前に「ありがとう」と言うことで、湯の温度を10秒ほど保てると信じられていた。これは当時の作法書『客礼温存録』に記されているが、実際には茶碗の返却を遅らせる口実であった可能性が高い。
近代標準化[編集]
後、内の国語整備班は、感謝表現の標準形を「ありがとうございます」にするか「ありがとう」にするかで8か月にわたり議論した。最終的には、郵便配達員の平均歩行距離が1日6.2キロメートル増えることを嫌った内務側の要望により、短い形が残されたとされる。
にはのが、児童の感謝語彙を調査し、東京市内の小学校42校で「ありがとう」の発声が最も早い児童は算術の成績が2割高いと報告した。もっとも、この研究は被験者に飴を配りすぎたため統計が歪んだとの指摘がある。
語形と用法[編集]
語源上は「有り難し」の名詞化とされるが、実際にはの儀礼で用いられた合図音「アリトー」が転化したという異説もある。いずれにせよ、現代日本語では口頭・書面・電子通信のいずれにも対応し、文末に置かれることで発話の角を丸める機能を持つ。
地域差も興味深い。の一部では語尾が伸びやすく、逆にの港町では短く切る傾向があるとされる。これに関しての調査班は、感謝語の長さと海風の強さに相関があるとする仮説を提示したが、後日、風速計の設置場所が全部駅前だったことが判明している。
なお、やでは「あり」が最小単位として用いられることがあり、これを「超短縮謝意」と呼ぶ学派もある。特に若年層は、スタンプ送信前に「あり」とだけ入力して送信を保留することで、相手に最大3秒の心理的余白を与えるとされる。
社会的影響[編集]
「ありがとう」の普及は、単に礼儀を整えただけではなく、・・の境界を曖昧にした。江戸後期の市場では、値引き交渉の最後に「ありがとう」を交わすと、双方が2銭ずつ得をするという俗信があり、実際にの問屋街で短期間流行した。
また、戦後にはを中心に「ありがとう運動」が全国で展開され、1958年時点で約2,300校が参加したとされる。この運動では、児童が1日10回感謝語を口にすると校庭の砂塵が減るという副次効果が報告されたが、測定者が掃除当番だったため客観性は低い。
さらに、では「ありがとう」が地域イメージを構成する資源として利用された。特にとでは、外国人観光客向けに「ありがとう回廊」が整備され、1日平均7,000人が通過したとされる。ただし、回廊の終点には土産物店しかなく、実質的には回遊導線であった。
批判と論争[編集]
一方で、「ありがとう」の過剰使用は形式化を招くとして、40年代には「感謝インフレ論争」が起こった。これに対し、の検討会は「言いすぎは礼を薄めるが、言わなさすぎは帳簿が閉じない」として中間案を示したが、ほとんど採用されなかった。
また、では、謝意を強制的に唱和させる朝礼が児童の自主性を損なうと批判された。ある内の小学校では、朝礼で「ありがとう」を3回唱える代わりに、無言で90度礼をする方式へ改めたところ、欠席率が0.7ポイント下がったと報告されている。なお、この改善は礼儀よりも朝礼時間が短くなったことによる可能性がある。
近年では、AI翻訳において「ありがとう」が英訳される際、しばしば「Thank you」ではなく「Appreciation acknowledged」と出力される問題があり、これを「訳文の冷蔵庫化」と呼ぶ研究者もいる。
脚注[編集]
[1] 『有難語源考』によれば、初期形は宗教的確認句であったという。
[2] ただし、同書はの古書店でしか確認されておらず、所蔵印がすべて同一人物の筆跡であることから、後世の補筆説もある。
[3] の内部報告では、感謝表現の頻度と天候の相関は統計的に有意ではないとされたが、なぜか報告書の余白に「雨の日は丁寧」と書かれていた。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 橘定円『感応帳における謝意表現の成立』奈良寺務出版, 1189.
- ^ 小泉真次郎「児童語彙としての『ありがとう』の分布」『東京高等師範学校研究紀要』Vol.12, No.4, 1908, pp. 214-233.
- ^ 河内屋清兵衛『両替商木札帳』堺町人文化研究会, 1473.
- ^ 佐伯友助「感謝語の短文化と都市商業」『日本語史論集』第3巻第2号, 1964, pp. 88-101.
- ^ Margaret L. Thornton, "Transactional Gratitude in Medieval Japan," Journal of Imaginary Linguistics, Vol. 8, No. 1, 1977, pp. 1-29.
- ^ 藤井晴香『礼法としての「ありがとう」』文化庁言語政策資料, 1959.
- ^ Kenji Morita, "The Affect of Thanks on Urban Market Closure," Proceedings of the Kyoto Social Exchange Society, Vol. 4, 2001, pp. 55-79.
- ^ 山辺紀之『ありがとうの社会史』中央感謝出版社, 2014.
- ^ 編集部「感謝インフレ論争の記録」『月刊ことばと生活』第18巻第7号, 1972, pp. 10-17.
- ^ Hiroko Senda, "Appreciation Acknowledged: Machine Translation of Japanese Politeness Forms," East Asian Computational Humanities Review, Vol. 2, No. 3, 2022, pp. 141-158.
外部リンク
- 国立感謝語資料館
- 京都町人礼法データベース
- 奈良古文書断片アーカイブ
- 日本謝意史研究会
- ありがとう用例集成オンライン