いいの、いいの
| 選手名/氏名 | 飯野 井乃 |
|---|---|
| 画像 | Iino_Iino_2008.jpg |
| 画像サイズ | 260px |
| 画像説明 | 2008年の公式練習にて |
| 愛称 | イイイノ、二重否定の女王 |
| 生年月日 | 1988年4月7日 |
| 出身地 | 静岡県浜松市 |
| 身長 | 168 cm |
| 体重 | 61 kg |
| 国籍 | 日本 |
| 背番号 | 7 |
| ポジション | 内野手 |
| 所属チーム/クラブ | 浜北シーガルズ |
| 利き手/利き足 | 右投左打 |
| medaltemplates | 北京オリンピック 銀メダル |
飯野 井乃(いいの いいの、[[1988年]]〈[[平成]]元年〉[[4月7日]] - )は、[[静岡県]][[浜松市]]出身の[[プロ女子ソフトボール選手]]([[内野手]])。右投左打。[[日本女子ソフトボールリーグ]]の[[浜北シーガルズ]]所属。[[北京オリンピック]]銀メダル、[[リーグMVP]]を獲得したことで知られる[1]。
経歴[編集]
プロ入り前[編集]
飯野は郊外の沿いで育ち、幼少期から家族経営の惣菜店で「いいの、いいの」と言いながら味見を続けたことが、後年のニックネームの由来になったとされる。小学4年でに入団し、当初は外野手であったが、打球を追いかけるよりも「謝りながら戻る」所作が独特で、監督のにより内野へ転向した。
に入学後は主将を務めた。2年生時の県大会では、失策後に自ら審判へ頭を下げる姿が「スポーツマンシップの新潮流」として新聞各紙で取り上げられたという。なお、当時の記録冊子には打率.372、盗塁成功率91.6%とあるが、集計担当者が別人の成績をまとめて記したとの指摘がある。
所属チーム別の経歴[編集]
2006年にへ入団し、プロデビューを果たした。初年度は18試合に出場し、守備固めで起用されることが多かったが、同年7月のでの試合で代打逆転二塁打を記録し、一躍注目された。
その後、2009年に正二塁手に定着し、2011年にはチームキャプテンを務めた。2014年には一度への移籍が内定したと報じられたが、契約書の「移籍しても気にしない」という条項が解釈を巡って混乱し、最終的には浜北に残留している。2018年には球団史上初となる「ベンチ外でもベンチを温める補助役」を任され、精神的支柱として評価された。
2022年には通算300試合出場を果たし、プロ入り後17年連続で打率2割を維持した。2024年時点で、浜北シーガルズの功労選手として背番号7の着用権を半永久的に認められている。
代表経歴[編集]
2007年にへ初選出され、同年ので国際大会デビューを果たした。国際試合では得点圏での犠打、そして相手失策後の深い会釈が特徴で、海外メディアからは「Apology Artist」と呼ばれた。
では全7試合に出場し、決勝では8回裏に同点犠飛を記録した。日本は銀メダルを獲得し、飯野は大会後に「金ではなく銀でよかった。金だと責任が重い」と発言したとされる。これが日刊スポーツ紙面で大きく扱われ、当時は賛否両論を呼んだ。
2012年のでは代表主将を務めた。2016年に代表引退を表明したが、2021年の強化試合で臨時招集され、試合前の円陣で「いいの、いいの」と3回唱えるだけで士気が上がったとして、関係者の間で半ば伝説化している。
選手としての特徴[編集]
飯野は、広い守備範囲と、打球処理後の過剰な丁寧さで知られる内野手である。グラブに入った打球を送球する前に一拍置き、必ず小さく会釈をしてから投じる動作は「謝罪送球」と呼ばれ、の一部では守備評価項目に加算されたことがある。
打撃では流し打ちを得意とし、自己ベストは2013年の打率.341である。特に内角球を右前へ運ぶ技術に優れ、解説者のは「当てにいっているのではなく、相手の機嫌を損ねないように打っている」と評した。また、四球を選んだ後に一塁へ向かう際、ベースコーチへ二度会釈する癖があり、これが相手投手の集中を乱すとして一部で問題視された。
なお、飯野の特筆すべき特徴として、試合中に味方が失策しても怒鳴らず、「いいの、いいの」と短く言うだけで空気を整える点が挙げられる。この言葉はやがて球団スローガンとなり、2015年から浜北シーガルズのロッカールームに金文字で掲げられている。
人物[編集]
飯野は非常に温厚な人物として知られる一方、休日の過ごし方が異様に細かいことで有名である。午前6時15分に起床し、6時23分に白湯を飲み、6時47分に近所の神社へ参拝するというルーティンを10年以上続けているという。
チームメイトによると、飯野は謝罪が早すぎるあまり、味方が「まだ何も起きていない」と止めるほどであった。2010年の遠征先で、宿泊先の自動販売機が故障した際には、本人が機械に向かって「いいの、いいの」と言い、なぜか10分後に復旧したと伝えられる。
また、飯野は香川県のうどん店で「つゆの量を気にしない食べ方」を広めたとして、地元紙のコラムに登場したことがある。本人は「気にしすぎると負ける」と語ったが、この発言はスポーツ哲学として受け止める者と、単に食べ方の話だとする者に分かれた。
記録[編集]
タイトル・表彰[編集]
飯野は2011年にを受賞し、2013年にはベストナインを2年連続で獲得した。さらに2015年には、2018年にはを受章している。
個人表彰の中でも特異なのは、2014年の「試合後謝罪回数最多記録」で、1シーズン68回を記録したとされる。球団側はこれを「反省文化の可視化」と説明したが、統計委員会では集計方法を巡って1か月の審議が行われた。
代表歴[編集]
代表では銀メダル、4位、金メダルを獲得した。国際大会通算では62試合に出場し、18打点、盗塁14、そして謝罪発言は推計214回と記録されている。
特に北京大会決勝での同点打は、公式記録上は犠飛であるが、飯野本人は「犠牲にしたのは打球ではなく、気まずさです」と語ったとされる。
個人記録[編集]
飯野の通算成績は、2024年終了時点で打率.287、出塁率.366、守備率.992である。なお、守備率.992のうち0.003は相手のミスを礼儀正しく見守った結果として数えられている、という球団資料が残る。
また、1試合最多会釈数は12回で、2017年7月16日ので達成された。相手ベンチから拍手が起こったが、記録上は「野次の不成立」として扱われた。
出演[編集]
飯野は引退前後に数多くのCMへ出演している。代表的なものとして、の「気にしすぎないローン」、の「いいの、いいの酢」、の新幹線利用促進キャンペーンが挙げられる。いずれも本人の穏やかな語り口が評価された。
テレビ番組ではのスポーツ教養番組『プレーの後で』や、系のバラエティ『謝っていいとも』に出演した。後者では、司会者から「失敗したときの対処法」を尋ねられ、飯野が5秒間沈黙したのち「まず、いいの、いいのを3回です」と答えた場面が放送され、視聴者の間で話題となった。
また、2019年には防災啓発ビデオ『その一言で救われる』に出演し、避難所での人間関係調整役を演じた。本人は俳優業を「プレーより緊張する」と述べたが、台本の読み合わせでは一度も噛まなかったという。
著書[編集]
飯野は現役時代から随筆を執筆しており、2016年に初の著書『いいの、いいのの作法』をから刊行した。同書は、謝罪のタイミング、怒らない会話術、そして「打球が当たっても慌てずに目を閉じる練習」などを扱い、アスリート向け自己啓発書として異例の売上を記録した。
2019年には第二作『内野手のための一歩引く勇気』をから出版し、2023年には『ベンチで整う』を上梓した。もっとも、3作目は本人の執筆というより、球団広報と編集者3名による共同口述筆記であるとされている。
なお、著書の巻末には毎回、本人直筆の「失敗しても、だいたい大丈夫」という一文が添えられているが、2023年版では「だいたい」が2行にわたって強調され、校閲部から再三の確認が入った。
背番号[編集]
飯野の背番号は、ジュニア時代の21番、浜北入団後の7番、代表では14番を経て、2020年以降は一貫して7番である。7番は本人の誕生日と、初めて公式戦でエラーを記録した日付が7月であったことに由来するとされる。
球団では一時的に「7番を着用した者は試合後にロッカーを半分だけ片付ける」という内規が設けられたが、飯野の引退後に廃止された。なお、本人は「番号に意味はないが、7はなんとなく角が立たない」と述べている。
脚注[編集]
1. 公式プロフィールによる。 2. 『静岡県ソフトボール年鑑2006』には初年度出場18試合とあるが、別版では17試合となっている。 3. 2014年の移籍報道は各紙で確認できるが、最終契約の記録が不明確である。 4. 1試合最多会釈数は球団広報が独自集計したもので、第三者検証は行われていない。 5. 『謝っていいとも』出演回の発言は再放送版で一部編集されている。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
浜北シーガルズ公式プロフィール 日本女子ソフトボールリーグ選手名鑑 飯野井乃オフィシャルブログ『いいの、いいの通信』 JOCアーカイブ選手ページ 静岡スポーツ人物録デジタル版
脚注
- ^ 佐伯隆一『静岡女子ソフトボール史』東海体育出版, 2017, pp. 112-118.
- ^ Martha L. Bennett, "Softball and Apology Rituals in Modern Japan", Journal of Sport Anthropology, Vol. 18, No. 2, pp. 44-61.
- ^ 浜松市スポーツ文化振興会『浜松南部アスリート列伝』浜風社, 2012, pp. 83-89.
- ^ 小田切修『内野守備の心理学』講談社現代新書, 2015, pp. 21-34.
- ^ 『日本女子ソフトボールリーグ公式記録集 2006-2024』リーグ機構資料室, 2024, pp. 202-205.
- ^ 田中美佐子『謝って強くなる』文藝春秋, 2020, pp. 9-27.
- ^ William H. Cline, "The Politics of Saying 'It's Okay'", International Review of Team Sports, Vol. 7, No. 4, pp. 301-319.
- ^ 静岡県教育委員会『県立浜松西高等学校運動部記録』, 2004, pp. 55-58.
- ^ 北川一郎『オリンピック銀メダルの周辺』岩波スポーツ選書, 2009, pp. 140-149.
- ^ 『いいの、いいのの作法』講談社編集部, 2016, pp. 1-196.
- ^ A. K. Rutherford, "Repeated Bowing as Competitive Strategy", Proceedings of the Kyoto Conference on Athletic Etiquette, Vol. 3, pp. 12-29.
外部リンク
- 浜北シーガルズ公式サイト
- 日本女子ソフトボールリーグ公式データベース
- JOCアスリートアーカイブ
- 静岡県スポーツ名鑑デジタル館
- 飯野井乃後援会『いいの、いいの会』