いくいくおくきもち問題
| 名称 | いくいくおくきもち問題 |
|---|---|
| 英語 | Iki-Iku Oku-Kimochi Problem |
| 提唱 | 1987年 |
| 提唱者 | 田所 恒一郎 |
| 分野 | 行動経済学・感情工学 |
| 主な議論の場 | 東京都生活文化研究所 |
| 関連現象 | 先延ばし、決断疲れ、仮承諾 |
| 社会的影響 | 勤務間連絡、家庭内合意形成、深夜通販の増加 |
いくいくおくきもち問題とは、個人が口では前向きな意思を示しながら、内心では「あとで」で先延ばしを選び続ける現象を、行動経済学と感情工学の境界で記述する概念である。1987年にの民間研究会で提唱されたとされ、のちにの「生活態度調整会議」に取り上げられたことで一般化した[1]。
概要[編集]
いくいくおくきもち問題は、行動の意志そのものよりも、行動の直前に生じる「行けそうだが、今はまだ行かない」という保留感を問題化した概念である。特に末期から初期にかけて、電話連絡の応答率、集合時間のずれ、会議の開始遅延などを説明する便利な言葉として広まった。
当初は心理学用語ではなく、末期の職員研修で使われた俗語に近かったが、のちに社会意思決定研究室の共同調査で「自己完結型延期反応」と同一視され、学術語らしさを獲得したとされる。なお、定義は地域や年代によって微妙に異なり、関西では「行く気はあるが心が先に座る現象」と説明されることが多い[2]。
起源[編集]
田所恒一郎と下北沢メモ[編集]
起源については、民間の時間管理講習を行っていた田所 恒一郎がに下北沢の喫茶店で作成した手書きメモが最初とされる。田所は当初、営業職の遅刻を説明するために「行く意欲」と「行ける気分」のずれを別々に記録していたが、メモの余白に誤って「いくいくおくきもち」と書き、それがそのまま資料名になったという。
この逸話は後年、田所自身がの深夜番組で語ったとされるが、収録テープの所在が不明であるため、研究者の間では半ば伝説扱いである。ただし、に所蔵されている「田所式行動保留カード」第3版には、確かに同様の表現が確認できる。
生活文化研究所での整理[編集]
、は、家庭内の「今度やる」「明日やる」「週末に回す」といった合意形成を調査する過程で、この語を仮称として採用した。調査票では「行く」と「行かない」の二択では説明しきれない回答が全体の27.4%を占め、うち約6割が「気分は向いているが靴を履くまでに30分かかる」と答えたとされる。
この結果は、いくいくおくきもち問題が単なる怠慢ではなく、意思決定の前段にある緩衝領域であることを示すものとして歓迎された。一方で、当時の一部研究者は「命名がふざけすぎて学会誌に載らない」と反対したが、最終的には『都市生活と保留心理』第12巻第2号に掲載された。
理論[編集]
いくいくおくきもち問題の中核には、「実行意図」「体感的抵抗」「周囲への見栄」の三層構造があるとされる。特に1980年代の家庭電話文化では、相手に「すぐ行く」と言った直後に身支度が進まない現象が多発し、これが理論化の契機になった。
田所派の説明では、人は行動に必要なエネルギーよりも、行動を始める前の自己説明に多くの資源を費やすため、結果として「もう少ししたら行ける」という感覚だけが残る。これをの古野直樹は「準備感情の過熟」と呼び、のちにで標準用語に近い扱いを受けた。
また、問題は単独行動よりも複数人の予定調整で強く現れるとされる。とりわけ駅の改札前、の待ち合わせ、冠婚葬祭の集合時刻などで顕著であり、集団規範が強い場面ほど「行く気」は増すが「行ける確率」はむしろ下がるという逆説が報告された。
社会への影響[編集]
この概念は、前半の日本社会で妙に実用性を持った。企業の人事研修では、遅刻の再発防止策として「いくいくおくきもちチェック表」が配られ、朝の支度に要する時間を10分単位で申告させる制度が一部の部署に導入された。
さらに、家庭内では「夕飯いくいく」と呼ばれる現象が報告され、子どもが「食べる」と返事をしたままテレビ前から動かないことを指した。東京都内の主婦団体がまとめた『家庭内保留白書』によれば、1993年の試験調査では夕食開始までの平均待機時間が14.8分延びたという[3]。
一方で、深夜通販業界はこの言葉を歓迎した。購入を即決しない層を「おくきもち層」として分類し、翌日午前0時台の再放送枠に広告を集中させる手法が採用された。結果として、の一部チャンネルでは、時計型目覚ましと健康枕の売上が前年同月比で32%上昇したとされる。
批判と論争[編集]
批判の中心は、まず名称の奇妙さにあった。学術会議の一部では「同じ音を二度繰り返すことで意味が濁る」「新聞見出しに向かない」と指摘され、でも採択をためらう声があったとされる。
また、実証面でも疑義は多い。調査票の自由記述欄に「なんとなくそう」とだけ書かれた回答を、田所派がすべて同一概念に回収していたのではないかという批判である。これに対し支持派は、むしろ「なんとなくそう」と言えた時点で問題の本質を捉えていると反論した。
なお、1996年のシンポジウムでは、参加者の4割が開始30分以内に帰宅したため、議論は翌日の懇親会で継続された。この出来事は、いくいくおくきもち問題の実例として今なお引用される[要出典]。
派生概念[編集]
おくきもち指数[編集]
派生概念として最も有名なのが「おくきもち指数」である。これは、約束成立から実行までの間に生じる心理的遅延を0〜100で数値化したもので、にの研究班が提案した。指数が70を超えると、本人は前向きに見えるが、周囲からは「もう少し寝かせる必要がある」と判定される傾向がある。
研究班の初期データでは、大学生の平均が41.6、営業職が53.2、地方自治体の窓口担当が28.9だったとされる。ただし、測定前に昼休みを挟むと結果が最大12ポイント変動したため、厳密な比較は難しいとされた。
いくいく式三分待機法[編集]
「いくいく式三分待機法」は、問題を解消するための簡易対策として頃に広まった手法である。行動の開始前に三分だけ別の作業を挟み、その間に靴を履く・鞄を持つ・席を立つのいずれか一つを済ませるというもので、実地試験では成功率が18%から44%に上がったと報告された。
もっとも、この方法は「三分待つために五分説明する」という新たな二次被害を生んだため、職場によっては逆効果であった。特にの流通倉庫では、手順表が長すぎて配布時点で全員の気持ちが折れたと記録されている。
研究と調査[編集]
2000年代に入ると、の周辺研究者が、いくいくおくきもち問題を睡眠不足と関連づけて分析した。夜更かし翌朝の被験者は、言葉では積極的な返答をする一方、実際の移動開始まで平均6.7分余計にかかる傾向があり、これがニュース番組の小特集で取り上げられた。
また、の老舗旅館と共同で行われた実地観察では、チェックアウトを「するつもりです」と答えた客のうち、ロビーに現れるまでに平均9分12秒を要した。旅館側はこれを「日本的遠慮の精度」と呼んだが、研究者はむしろいくいくおくきもちの典型例であると解釈した。
2011年にはの社会実験として、駅前広場に「今なら行ける」と書かれた看板を設置したところ、通行人の44%が立ち止まり、うち7%がそのままコンビニへ向かった。結果は、概念が行動を喚起するというより、行動の先送りを可視化する装置として機能したことを示すものとされた。
脚注[編集]
関連項目[編集]
先延ばし
決断疲れ
仮承諾
感情工学
時間感覚の歪み
生活文化研究所
田所 恒一郎
おくきもち指数
脚注
- ^ 田所 恒一郎『行動保留の民俗誌』生活文化出版、1988年。
- ^ 古野 直樹『準備感情の過熟に関する基礎研究』東京工業大学紀要 Vol.14, No.3, pp. 201-219, 1991年。
- ^ 東京都生活文化研究所編『家庭内保留白書 1993』東京都資料室、1994年。
- ^ Margaret A. Thornton, “Delay Before Departure and the Iki-Iku Phenomenon”, Journal of Urban Psychology, Vol.22, No.4, pp. 88-113, 1995.
- ^ 三枝 みどり『おくきもち指数の測定法』早稲田社会学叢書、1992年。
- ^ 渡会 恒一『深夜通販と意思決定の遅延』商業行動研究 第8巻第1号, pp. 44-61, 1999年。
- ^ Shinji Kameda, “On the Threshold of Leaving: A Comparative Study”, Behavioral Timing Review, Vol.7, No.2, pp. 13-29, 2004.
- ^ 国立精神・神経医療研究センター研究班『睡眠不足といくいくおくきもち反応』臨床行動学ジャーナル 第19巻第2号, pp. 121-140, 2009年。
- ^ 西尾 典子『日本人の合意形成と仮承諾』社会心理の窓、2012年。
- ^ H. L. Bennett, “Three-Minute Waiting Methods in Applied Emotion Engineering”, Applied Human Factors Quarterly, Vol.11, No.1, pp. 5-18, 1998.
外部リンク
- 東京都生活文化研究所アーカイブ
- 感情工学会データベース
- 都市生活と保留心理オンライン
- 家庭内保留白書デジタル版
- おくきもち指数研究会