いつもそこにいるが、顔も名前も思い出せないあの子はだれだっけ?
いつもそこにいるが、顔も名前も思い出せないあの子はだれだっけ?(いつもそこにいるが、かおもなまえもおもいだせないあのこはだれだっけ?)とは、の都市伝説に関する怪奇譚である[1]。同一人物とされるが、目撃者が帰宅後に思い出そうとすると顔と名前が同時にすり替わるとも言われている[2]。別名として、とも呼ばれる[3]。
概要[編集]
私は初めてこの噂を聞いたのは、の古い町会掲示板であるとされる紙切れだった。そこには短く、「いつもそこにいるが、顔も名前も思い出せないあの子はだれだっけ?」とだけ書かれていた。
この都市伝説は、学校の帰り道や集合住宅の廊下、そして深夜のコンビニ前など「いつも同じ場所にいる」ことが共通点とされる。一方で、目撃者が記憶から彼女の“情報”を取り出そうとすると、もも同時に抜け落ち、代わりに何か別の手がかりだけが残るという[1]。
全国に広まった後、マスメディアは「心理的な錯覚」「言葉遊びの怪談」などと説明しようとしたが、ネット上ではむしろ逆に“検証ごっこ”が流行し、噂がブーム化したとされる[4]。
歴史[編集]
起源[編集]
この怪談の起源は、昭和末期に一度“消える名札”が話題になった学童保育の運用変更にある、という説がある。町内会資料では、当時の架空ではない実名組織としての市民相談窓口が絡んだ“筆記式の持ち物管理”が改訂されたとされるが、肝心のところが伏せられているという[5]。
噂の中心は、保育用の名札がプラスチック製であり、湿気や蛍光灯の熱で文字が薄れやすい仕様だった点にあると語られる。その結果、子ども同士で「この子の名前、なんだっけ?」が頻発し、いつの間にか“顔も名前も思い出せない子”が象徴として定着した、と伝承される[6]。なお、この説明がもっともらしく聞こえるのは、名札という日常物が“記憶の鍵”になりやすいからだとされる。
流布の経緯[編集]
2000年代後半、掲示板や匿名掲示板で「目撃者の再記憶が失敗する」という書き込みが連鎖的に増え、そこからテンプレ文が形成されたとされる。具体的には「彼女はそこにいる/でも顔を描くと別人になる/名前を呼ぼうとすると喉がつまる」といった定型が整えられていった[7]。
2012年頃、周辺で“夜の巡回ポスター”が貼られたとされる出来事があり、そこから一気に地元ニュースサイトに取り上げられたという[8]。さらに、スマートフォンの標準カメラで“撮れているはずの情報”が、後から確認すると判読できない現象(ピントは合っているのに文字だけ読めない)が報告され、噂は「学校の怪談」にも分類されるようになった[9]。
この流布には、の関連部署が直接関与したとされるわけではないが、学校向けの掲示物ガイドライン改定を“口実”にした創作が混ざり、結果的に噂がそれっぽい公的雰囲気をまとった、という指摘もある[10]。
噂に見る「人物像」/伝承の内容[編集]
彼女の姿は、目撃談によってブレる。髪型が変わったという話もあれば、制服の色がその場の照明で変わるという話もある。ただし決定的なのは、「目撃したはずなのに、思い出そうとすると顔の輪郭が“記憶の棚から消える”」点だとされる[2]。
伝承では、彼女はいつも“待つ”のではなく“先にそこにいる”と書かれる。駅の改札脇、階段の踊り場、図書館の返却台、そして誰かが転んだ直後にだけ目線が揃ったように感じる、といった報告が残っている[11]。彼女は見張り役でも幽霊でもない、ただの“情報の欠損”だと解釈する人もいる。
一方で、彼女を見た直後に「だれ?」と聞くと、返事はないのに、なぜかこちらが話し終えた体で“質問の文だけが確定する”現象が起きるとも言われている。だから語り手は、彼女が自分の口の中の言葉を先に握っているのではないかと怖がる[1]。
委細と派生/派生バリエーション[編集]
派生バリエーションは、主に“失われ方”の違いで分類される。代表的なのは型で、彼女の名札だけが一時的に見えるが、目を離すと名字の最初の一文字だけ残り、次にその一文字すら消えるという[12]。
また、型と呼ばれるものがある。これは彼女が窓際に立っているのに、ガラス越しの顔は思い出せないのに、ガラスの曇り方だけは鮮明に覚えてしまうという話である。さらに型では、同じ階段を歩いているはずなのに“彼女が入れ替わったように感じる”とされ、記憶がループしてしまう恐怖が強調される[13]。
この噂には“学校の怪談”としての派生も多い。例えば「休み時間、誰かが黒板消しを探しているのに、消したあとだけ“いつもそこにいる”視線が残る」という定型や、「放課後に教室を出ると、思い出せない子がいる席だけ床が冷たい」というような描写が、やけに細かい“温度”で語られることがある[14]。実際、氷のように冷たいのは“2分と13秒”だけだと主張する投稿もあり、検証好きの読者を引き込んだ。
噂にみる「対処法」[編集]
最初に勧められる対処法は、名前や顔を“取り戻そうとしない”ことである。噂では、彼女を思い出そうとすると、思い出したはずの情報が脳内で再編集され、結果として自分の言葉が“空白”を呼び込むとされる[7]。
次に広まったのは「合言葉方式」である。目撃談の中には「彼女の存在を否定しないが、呼びかけもしない」と決め、代わりに「今日は記憶を置いていく」と唱えたところ、翌日までに噂が弱まったという話がある[15]。なお、この合言葉が“必ず三回”である必要があるとされ、二回だと“途中までしか消せない”と語られる点が、妙に具体的である。
さらに、場所の対処法も語られる。例えば階段で遭遇した場合、必ず“踏み外し音を一度だけ”入れてしまう(自分で咳払いをする、靴底を鳴らす等)と、彼女が立っている位置がずれて次回以降の目撃が減る、と言われている。もっとも、これを本気で試した人がパニックになった事例もあり、むしろ周囲に迷惑をかける方向で拡散したという[4]。
社会的影響[編集]
この都市伝説は、単なる怪談ではなく“記憶の扱い”への関心を刺激したとされる。職場や学校の新人研修で、メンタルヘルスの観点から「思い出しゲームをしない」などと注意喚起する雰囲気が生まれたと語られるが、実際は噂の二次創作が教材風に加工された可能性が指摘されている[10]。
また、SNSでは「思い出せないこと自体をタグにする」文化が生まれ、のような表現が増えたとされる。ただし、言葉遊びが過熱し、誰かの顔や名前を笑いものにする投稿も出たため、モラル面での反発が起きた[16]。
2020年代に入ると、都市伝説系YouTuberが“本人の顔を思い出せなくする”と称した編集手法(意図的に字幕を誤記する等)を使って再現したため、噂は“怪談+メディアリテラシー”のように再解釈されていった。結果として、彼女は恐怖の対象であると同時に、記憶と言語の関係を考えさせる存在になった、という評価もある[1]。
文化・メディアでの扱い[編集]
ブーム期には、ドラマの一エピソードや短編小説で「顔は映るが人物名が出ない」演出が使われたとされる。特にのローカル舞台では、客席通路の途中にだけ“彼女が立つ”仕掛けがあり、終演後にパンフを見返しても人物ページだけが白くなる演出が話題になったという[17]。
雑誌やコラムでは「妖怪のように、しかし出没が時間よりも“情報”に紐づく」と表現された。『怪談の編集術』のような体裁で語る記事では、彼女が“マスメディアの論理”の外側から混入してくるとされ、編集者側の責任が問われる形でまとめられることもあった[18]。
また、ネットミームとしては、落ち込んだときに「名前が思い出せない」状態を自嘲的に扱う人も増えた。一方で、実際の認知症や失語症への配慮を欠くとして批判が出ることもあり、「恐怖」と「比喩」が混ざる危険があるとされる[16]。
脚注[編集]
参考文献[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山吹圭介『都市の影に住む子どもたち:記憶喪失型怪談の系譜』幻灯社, 2014.
- ^ 中野光里『学校で増殖する噂文:平成怪談の編集史』第六書房, 2019.
- ^ Dr. Margaret A. Thornton『Narrative Gaps and Urban Legends』Kuroshio Academic Press, Vol. 3, No. 2, pp. 41-73, 2017.
- ^ 佐伯梨花『「だれだっけ」を呼ぶ言葉:想起不能ミームの社会学』新風書院, 第1巻第2号, pp. 88-126, 2021.
- ^ Klaus Wernicke『The Face That Refuses Retrieval』Routledge Studies in Folklore, pp. 12-29, 2016.
- ^ 『怪談通信』編集部『全国ブームの裏側:再現動画と記憶のズレ』怪談通信社, 第22号, pp. 5-19, 2020.
- ^ 田辺元樹『インターネット怪談の伝播モデル』メディア工房, 2018.
- ^ 坂口眞琴『蛍光灯と名札:薄れる文字、増える噂』町史出版社, 2013.
- ^ Nakamura, Haruto『Identity and Missing Labels』Journal of Digital Folklore, Vol. 9, No. 1, pp. 201-219, 2022.
- ^ 『草加市教育だより(抜粋)』草加市役所, 昭和55年改訂(引用は一部).
外部リンク
- 怪談アーカイブ「記憶の棚」
- 名札研究室(噂の温度計)
- 都市伝説検証Wiki(顔の再現を禁じる)
- 学校の怪談資料館(放課後の廊下)
- インターネット文化観測所(タグと伝播)