うんこぶり
| 名称 | うんこぶり |
|---|---|
| 別名 | ぶり座り、下町ぶり、二拍子排出法 |
| 成立 | 1830年代頃とされる |
| 起源地 | 日本・江戸下町 |
| 主な担い手 | 便所番、汲取業者、長屋の女中 |
| 関連制度 | 下肥配給帳、便所改良令 |
| 衰退 | 1950年代以降 |
| 象徴色 | 藍鼠色 |
| 儀礼数 | 二拍三息 |
うんこぶりは、後期に下町の浄化技術と郊外農村の肥料流通が結びついて成立したとされる、便宜的な排出姿勢およびそれに伴う民間儀礼の総称である[1]。のちにの衛生行政と結びつき、末期には都市労働者の間で半ば作法として定着したとされる[2]。
概要[編集]
うんこぶりは、単なる排泄行為ではなく、姿勢、呼気、沈黙、さらには終わったあとの足運びまでを含む一連の所作として語られている。とくに流域の長屋で発達した「二拍三息」の型が有名で、これがのちに職人層へ広がったとされる。
名称の「ぶり」は、振る舞いを意味する古語と、排出後に衣服の裾を整える所作を合わせたものとされるが、後世の俗説では「ぶりぶり」と響きが似ていたため普及したともいわれる[3]。なお、の一部資料では、初期のうんこぶりは防疫というより、共同便所での順番争いを穏便に収めるための社会技法であったと指摘されている。
現在では失われた都市習俗として扱われることが多いが、の一部地域では、祭礼の際に木製の小椅子を用いた再現演舞が行われることがある。ただし、この演舞は昭和40年代に観光用として整えられたもので、当時の実態をそのまま伝えるものではないともされる[4]。
歴史[編集]
成立と長屋文化[編集]
うんこぶりの成立は、年間の周辺で汲み取り便所が不足し、朝の用足し時間を巡って揉め事が頻発したことに由来するとされる。これを見かねた便所番の吉井庄兵衛が、木桶の蓋を半分だけ開ける合図、2度だけ膝を鳴らす予備動作、排出後に3回息を整える手順を定めたのが始まりであるという[5]。
庄兵衛は3年、長屋の住民27名を集めて初の「ぶり講」を開いたと伝えられ、ここで使用された手順書『小用作法心得控』が後年の基本文献になったとされる。もっとも、この文献は史料編纂所の目録に一度だけ現れ、その後所在不明となっているため、真偽は確定していない。
衛生行政との接続[編集]
13年、衛生局は都市の汚物処理改善の一環として、うんこぶりの一部動作を「衛生的な停止姿勢」として準用したとされる。これにより、排出前の呼吸調整が結核対策の補助習慣として推奨されたという、きわめて奇妙な文書が残っている[6]。
とくにの巡回衛生員は、長屋の掲示板に「三息以上の逡巡は可、五息以上は不可」と書かれた半官半民の標語を貼ったとされ、これが庶民のあいだで爆発的に流行した。実際には便所の混雑を減らすための行政指導だったと考えられるが、民間では「運気が整う」と解釈され、占い要素が付加された。
戦後の衰退と再評価[編集]
の都市下水整備以降、うんこぶりは生活上の必須技術としての役割を失った。しかし、期には、工場労働者の間で「短時間で腰を落とす訓練」として再解釈され、労務管理の一部に組み込まれたという説がある[7]。
の開催時には、海外記者向け資料に「Japanese compact posture tradition」として誤訳され、結果として一部の欧州メディアが「日本には独自の便座前儀礼がある」と報じた。これが逆輸入され、1970年代には民俗学的関心が高まったとされるが、資料の多くは切り抜きと口伝に依存している。
技法[編集]
うんこぶりの基本は、足幅を肩幅の七割に収め、膝を内側へわずかに締め、呼気を止めずに重心を一度だけ前へ送る点にあるとされる。熟練者はこの一連の動作を「ひとぶり」と呼び、最短で6.4秒、最長で48秒かけて完了したという記録がある[8]。
また、流派によっては、便器の蓋に触れる前に手のひらを45度傾ける「無触礼」が重視された。これは共同便所で衛生観念を視覚化するための工夫であったとも、単に狭い空間で互いの気配を察するためのマナーであったともいわれる。特にの芸人たちは、これを舞台所作に転用し、客席の笑いを取るための見せ芸として定着させた。
社会的影響[編集]
うんこぶりは、都市衛生のみならず、雇用・教育・芸能にまで波及したとされる。たとえばでは昭和初期、旅館の新人給仕に対し「うんこぶり試験」が実施され、狭い廊下でのすれ違い能力と、音を立てずに退出する能力が点数化されていたという[9]。
また、の一部文書には、児童の生活指導の中で「沈着な排出態度」は学級経営に資するとの記述がある。これが事実であれば、うんこぶりは単なる民間作法を超え、近代日本の集団規律形成に関わったことになるが、該当文書の写しは1冊しか確認されておらず、研究者のあいだでも評価が割れている。
一方で、1950年代のテレビ草創期には、うんこぶりを題材にした健康番組が放送され、司会者が毎週「本日の二拍三息」を解説していたという。視聴率は7.8%前後で推移したとされ、家庭向け生活改善番組としては異例の数字であった。
批判と論争[編集]
うんこぶりをめぐっては、民俗学的伝統を重んじる立場と、後年の創作であるとみなす立場が長く対立してきた。とくにの1989年シンポジウムでは、登壇者12名中5名が「文化の層としては興味深いが、初源の実在性は弱い」と発言したと記録されている[10]。
また、の一部教育委員会が2012年に作成した副読本に、うんこぶりが「江戸の合理的身体技法」として掲載されたところ、保護者から「家庭で教えることか」という抗議が寄せられた。これに対し作成委員会は「排泄そのものではなく、公共空間での整列意識を扱う」と説明したが、説明文が逆に理解を難しくしたとされる。
なお、近年はSNS上で「#うんこぶり選手権」が流行し、90秒間で最も静かに立ち去る動作を競う動画が拡散した。しかし、審査基準に便意の強さが含まれていたかどうかは、いまなお確認されていない。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 吉井庄兵衛『小用作法心得控』私家版, 弘化3年.
- ^ 田所明彦『近代東京の衛生儀礼』中央民俗研究叢書, 1978年.
- ^ Margaret A. Thornton, "Postural Customs in Urban Edo", Journal of East Asian Folklore, Vol. 14, No. 2, pp. 201-229, 1991.
- ^ 佐伯真理子『下肥流通と身体作法の接点』岩波書店, 2004年.
- ^ Kenji Watano, "A Brief History of Unkoburi in Meiji Municipal Reforms", The Tokyo Review of Anthropology, Vol. 8, pp. 44-63, 2009.
- ^ 内田勝『便所番の社会史』青土社, 2011年.
- ^ Hiroshi Sakamoto, "The Silent Three-Breath Rule", Bulletin of Japanese Hygiene History, Vol. 22, No. 1, pp. 5-18, 2016.
- ^ 『東京府衛生局月報』第13巻第4号, 1880年.
- ^ 神田絵里『笑いと排出の民俗学』新曜社, 2018年.
- ^ 井上修二『うんこぶりと近代身体の誤読』ミネルヴァ書房, 2021年.
外部リンク
- 日本うんこぶり学会
- 江戸身体作法アーカイブ
- 下町衛生史研究センター
- 東京民俗資料デジタル館
- 排出儀礼研究フォーラム