うんちのお侍さん
| 成立時期 | 末期(推定) |
|---|---|
| 主な活動地域 | 東部の路地群(推定) |
| 呼称の由来 | 便の扱いを「侍の礼法」と結び付けたとされる説 |
| 関連媒体 | 浪曲、紙芝居、講談、児童滑稽噺 |
| 象徴モチーフ | 腹巻に刺繍された「清浄札」 |
| 影響分野 | 衛生民俗学、公共衛生啓発(の物語) |
(うんちのおさむらいさん)は、江戸の町で語り継がれたとされる糞便衛生の民間啓蒙者である。貧民街の衛生改善を「作法」によって進めた人物像として、後世の浪曲・紙芝居・子ども向け落語に影響を与えたとされる[1]。
概要[編集]
は、便所や下水の手入れを「武士の所作」として子どもにもわかる形に翻訳した存在として語られている。とくに、汚れの後始末を“度胸”ではなく“段取り”で行うべきだと説いた点が、のちの民間衛生教育の語彙に転用されたとされる。
成立の経緯は、江戸の水運と生活排水の結節点において、疫病の流行が町の労働損失を直撃したことに求める見方がある。町方の年寄りや桶職人の工房が、聞き書きの形で「侍でもできる清掃手順」として体系化したのが出発点とされ、やがて講釈師が滑稽味を足して固定化したと推定されている。ただし史料の多くは後世の脚色を含むとされ、細部は作品ごとに揺らぐ[1]。
概要(物語としての定義)[編集]
百科事典的には、は特定個人を指すというより、衛生啓蒙の“語り手の型”として整理されることが多い。登場する際には、白足袋の裏に目印の布を仕込み、便器を拭く順番を「三拍子」で数えるなど、動作のリズムが強調されるのが特徴である。
また、うんちの処理をめぐる禁忌を緩めるために、やたら細かい計数が好まれた。たとえば「桶は必ずつ用意」「拭き取り布は回折る」「最後に息を止めるのは秒まで」といった具合である。これらは健康上の根拠というより、記憶に残すための“掛け声”として受容されたとされる[2]。
さらに、侍らしさは剣術の筋力ではなく、作法の厳密さとして演出される。『雨の日の清浄札』(後述)では、傘を畳む角度まで指定され、「清浄は所作の角度に宿る」とする一節が引用されることがある。ここに「一見まともだが、よく読むと笑える」語りの仕掛けがあると指摘されている[3]。
歴史[編集]
生まれた分野:衛生民俗学と“礼法テキスト”の交差点[編集]
当初、町の衛生知は職人の徒弟修行として口伝されていた。しかし、期末の利根川筋の渇水と、の人口増により、汲み取りと洗い場の距離が拡大したとされる。その結果、清掃の失敗が「たまたま」ではなく「手順の不足」として扱われるようになり、手順を覚えるための語りが求められた。
そこで、講釈師の一派が、剣術や茶道の稽古で使われる“形”の考え方を衛生に移植したとされる。この転用は付の協力を得た“体裁”として語られ、たとえば「衛生作法指南書編纂のための臨時講席」が周辺で開かれた、とする回想文が後世に残っている[4]。なお、この回想文の筆者名は作品により変わるとされ、編集者の間でも真偽が争われた形跡がある。
その際、主人公の役割を武士に寄せることで、庶民が衛生を「恥」から「修行」へ移し替えられると考えられた。こうしての“型”が、衛生民俗学の周縁に成立したとされる。
関わった人々:桶職人、芝居小屋、そして「糞便統計係」[編集]
物語の中心に置かれるのは、衛生の現場を知る職人たちである。特に桶・下駄・布切れの調達に通じたの問屋連中が、啓蒙の道具立て(清掃布、回収札、計量縄)を整えたとする説がある。
一方で、芝居側の関与としては、の小屋で上演された滑稽演目が挙げられる。演者が「所作」を間違えるたびに観客の笑いが起きたため、逆に“正しい所作”が定着したとされる[5]。このメカニズムは、後年の教育学者が「笑いは反復を促す」とまとめたことで有名だが、元となる観察記録の一部は講釈師の脚色を含むと考えられている。
さらに架空の機関として語られるのが、である。実在の官庁のような語感で呼ばれるが、史料上は確認が難しいとされる。それでも、「便の回収は月回、雨天は追加回、集計は当日時に棚卸し」といった“役所っぽさ”が、物語のリアリティを強めている[6]。
発展と社会への影響:笑いで衛生を“制度化”したとされる過程[編集]
の語りは、単なる子ども向けの滑稽噺から、路地単位での協力作業へ波及したとされる。たとえば『三折り手順の巻』(紙芝居版)では、清掃布を折る回数を共通化することで、住民が同じやり方で働けるようになったとされる。
また、感染症の季節に合わせて“所作の練習日”が提案されたという。『冬の清浄札』では、十一月の“二の酉”に、子どもが大人のふりをして「指差し確認」を行ったとされる。ここでいう指差しは現代的な安全教育のように見えるが、当時は舞台上の演出から逆流したと考えられている[7]。
批判も同時に存在した。衛生を礼法で縛ることは、失敗した人を嘲笑する方向に働くという指摘である。ただし結果として、清掃が“個人の気合い”から“共有の手順”に寄せられた点は、のちの公共衛生の啓蒙に影響したと総括されることがある。
エピソード集(代表的な“作法”の場面)[編集]
最も知られるのは、雨の路地でうんち処理を急がされる場面である。『雨天・清浄札の稽古』では、が傘を閉じると同時に“息を止める”所作が入る。ところが子どもが「どれくらい止めるの?」と問うと、侍は「秒」と答える。さらに急ぎのあまり半端に切ってしまった子に対して、「中途半端は刀傷と同じ」と言い、拭き取り布を回折り直させたとされる[8]。
次に有名なのが、桶の数え方である。『三桶礼法』では、桶職人が「桶はつ、返しは左、右、正面」と手順を噛み砕く。笑いのポイントは、手順が整いすぎていて実務より儀式に見えることである。たとえば最後の清掃布の収納には“紐を結ぶ結び目は個まで”とされ、守れない者は町の人が自発的に手直しする役割に回されたとされる[9]。
さらに、浪曲で再生される定番の決め台詞がある。『清浄は敬語で始まる』では、侍がお茶子に向かって「便器に敬意を払え」と言い、次の瞬間に観客が持っている紙の札を“敬語の形”に折るよう促す。この“観客参加型”の演出が、物語を娯楽から共同作業の比喩へ押し上げたとする見方がある[10]。
批判と論争[編集]
一方でには、倫理面の批判が残っている。とくに、汚れを“笑いの対象”にしすぎると、失敗した住民が疎外されるという指摘があったとされる。後世の編者は「衛生は人格の優劣ではない」と但し書きしたが、紙芝居台本ではその但し書きが省略される版も多い。
また、統計的な語りの扱いについても議論があった。『糞便統計係の報告書』とされる体裁の文章が流通したが、そこにある数値—たとえば「回収縄の長さは尺で統一」—は、実測に基づくのではなく芝居の小道具の都合だと推定される[11]。それでも“数字があると信用される”効果が強く、結果として誤差を含む数値が手順の規範になったとされる。
このように、笑いが衛生を“制度化”するという功績と、笑いが共同体の監視を強めるというリスクが同居した点が論争となった。編集者の間では、子どもの教育としての価値を残しつつ、からかいの方向性を抑えるべきだという意見が優勢である。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『江戸の“所作衛生”覚書』金港堂, 1912.
- ^ Margaret A. Thornton『Civic Manners and Bodily Order: Edo-Style Urban Folklore』Oxford University Press, 1988.
- ^ 吉田澄人『紙芝居台本にみる手順の標準化』博文館, 1936.
- ^ 長谷川律子「笑いが反復を生む語りの構造」『民俗芸能研究』第12巻第2号, 1979, pp. 41-63.
- ^ Reiko Hanamori『The Ticketed City: Micro-Institutions in Early Sanitation Stories』Cambridge Scholar Publishing, 2006, pp. 112-139.
- ^ 【糞便統計係】編『仮名書式・便回収の作法』内山書房, 1924.
- ^ 小川慶次郎『雨天清浄札の稽古』春陽堂, 1941.
- ^ 田中秀介『衛生民俗学の周縁:礼法テキストの系譜』青葉学術出版, 2009.
- ^ Fujimoto, Keisuke. “Numbers as Authority in Comic Sanitation”『Journal of Performative Hygiene』Vol. 7 No. 1, 2015, pp. 9-27.
- ^ 佐伯ミツ「清浄札の角度理論」『観客参加型講釈の研究』第3巻第4号, 1962, pp. 201-219.
外部リンク
- 江戸所作衛生アーカイブ
- 清浄札図書館
- 浅草滑稽衛生演目データベース
- 桶職人手順集(写本)
- 笑いと反復の民俗研究会