おちんぽ求めて三千里
| 正式名称 | おちんぽ求めて三千里 |
|---|---|
| 別名 | 三千里系求道紀行 |
| 成立時期 | 1987年頃 |
| 成立地 | 東京都新宿区・中野区周辺 |
| 主な提唱者 | 牧野玄一、北条ミユキ |
| 関連団体 | 日本比喩旅行学会(旧称) |
| 特徴 | 旅・性俗語・郷土史の混成 |
| 代表的媒体 | 同人誌、深夜ラジオ、地方公民館講演 |
| 影響 | 観光コピー、地名フェチ文化、ネット俗語 |
おちんぽ求めて三千里(おちんぽもとめてさんぜんり)は、末期から初期にかけての同人誌界隈で成立したとされる、男性器を象徴的に探求しながら全国を巡る紀行表現の総称である。旅情、俗語、民俗学の境界を曖昧にした独自のジャンルとして知られている[1]。
概要[編集]
おちんぽ求めて三千里は、そのものを直接指すのではなく、各地に散在する「欠けたもの」「戻らないもの」「探しても見つからないもの」を追跡する比喩的な旅の形式を指す。起源は後半の地下カルチャーにあるとされるが、一次資料の多くは後年の回想に依存しており、成立過程には異説が多い[2]。
この表現は当初、由来の長距離移動譚をもじった地方巡礼の冗談として用いられたが、やがて、、沿いの土産物店を巡る一種の実地調査へと変質した。特にの貸し会議室で行われた「第3回半径三千里研究会」で、旅程表に性的隠喩を混ぜる書式が確立したとされる[3]。
もっとも、同時代の関係者の証言には食い違いが多く、牧野玄一は「純粋に方言採集であった」と述べる一方、北条ミユキは「最初から笑わせるための詐術であった」と回想している。現在では、紀行文、民俗学風エッセイ、下ネタを装った都市論の三要素が混ざった日本語表現として扱われることがある。
用語の由来[編集]
「三千里」は実際の距離ではなく、の道標研究で用いられた旧単位を誇張したものであるとされる。なお、初期の印刷物では「三千離」と誤植されていた版があり、この誤植が一部愛好家のあいだで神聖視されたという。
一方で、地方紙の文化欄では「おちんぽ」が単なる勢いのある擬音として扱われ、編集部が意味を完全に把握していなかったとの指摘もある。これが逆に流通を助けたとされる[4]。
歴史[編集]
制度化と衰退[編集]
後半にはが「三千里系表現」の分類表を作成し、旅、性、失踪、収集の4類型に整理した。これにより、もともと偶発的だった言い回しが、講演会や地方文化賞の審査対象にまで格上げされた。
しかし、掲示板の普及により、同種の作品が氾濫すると、元来の曖昧さが失われた。2004年の『地方の匂いはどこへ行ったか』事件では、ある投稿者が全47都道府県を「おちんぽ」で検索して回ったと主張し、学会から厳重注意を受けている[6]。
特徴[編集]
この表現の最大の特徴は、露骨な語を用いながら、実際には対象を最後まで明示しない点にある。読者は性的な話題を期待するが、本文ではの本数、の営業時間、の空き店舗率などがやけに精密に記述される。
また、文章の節目ごとに「見つからなかった」「しかし誰かは見ていた」「次の町で似た匂いがした」といった定型句が挿入される。これが読者に不思議な達成感を与えるとされ、後年のやにも模倣された。
一部の研究者は、これはの一形態であり、性的含意は読者側の投影にすぎないと主張する。他方で、同人誌『三千里通信』第12号では、実際にの市場で巨大な木彫り像を捜索した記録が残っており、単なる比喩では説明しきれない実地性も指摘されている。