かあさ
| 分類 | 民俗語彙/地域衛生運動の記録語 |
|---|---|
| 主な地域 | 北部の農村地帯(伝承) |
| 初出とされる時期 | 後半(記録上) |
| 関連分野 | 公衆衛生、語彙史、生活暦 |
| 中心となる概念 | 早朝の「かあさ(喝采)」と呼吸法 |
| 伝播経路 | 地方新聞・講習会・町内回覧 |
| 現在の扱い | 研究対象だが定義が揺れる語 |
| 論争点 | 起源が衛生か舞踊か |
かあさ(Kaa-sa)は、の「朝」をめぐる地域生活語彙として記録されたとされる語である。所管の定まらない民俗語として扱われる一方、明治末期の衛生運動と結びついて広まったとも説明されている[1]。
概要[編集]
は、「朝」を直接指すというより、朝に行う所作を含意した語彙として理解されることが多い。具体的には、早朝に庭先で声を出し、続けて呼吸と水分摂取を行う“儀礼”を指すものとして説明されてきた。
語の意味は地域差が大きいとされ、同じ綴りでも「喝采(かっさい)」の訛りとみなす説、あるいは踊りの掛け声に由来するとみなす説がある。もっとも、衛生官吏が講習会で用いたという筋書きが後年になって補強され、との境界に置かれることになったとされる[1]。
一方で、語が“朝の習慣”として流通した経路には、人々の耳に残りやすい形—短い音、反復、掛け声—が意図的に設計された可能性が指摘されている。実際に後述するように、講習会の配布資料では「かあさ」を音韻訓練の一部として取り扱う例が見られる[2]。
語源と定義[編集]
表記ゆれと発音[編集]
資料では「かあさ」「かさあ」「かぁさ」などの揺れが報告されている。国語学者のは、母音の伸びを長音記号で統一する提案を行ったが、町内回覧での再現性が低く、結果として揺れが固定化したとされる[3]。
発音に関しては、「語尾を閉じずに(“さ”を軽く落とす)」「最初の“か”を強く言う」などの指示が、衛生講習会の“口上”として残っている。これらは言語学というより、群衆に同時参加させるための合図として設計された可能性があると論じられた[4]。
定義の“見かけの正しさ”[編集]
を定義するとき、研究者は「早朝に行う呼気調整と水分摂取を伴う習俗」とまとめることがある。形式としては公衆衛生の記録に適合し、確かに“朝の健康法”の語りに見える。
ただし、起源の扱いは単純ではない。たとえば、周辺では「庭先で三回息を吐き、四回目で声を上げる」という手順が“かあさ”の要点だとされる。他方、側の聞き取りでは、声は息吐きのあとではなく、息を吸う前に置かれるとされるため、衛生手順の整合性が揺らいでいる[5]。
歴史[編集]
誕生:衛生運動の“音声インフラ”[編集]
がまとまった形で現れるのは、前後に編成された地方巡回の衛生講習の時期とされる。主導したのは国の機関ではなく、の地方出張員を名乗る民間団体「」であったとされる。
同講習所の資料(後年発見されたとされる)では、受講者に「言葉を呼吸のメトロノームにする」方針が書かれていた。つまり、声を出してから呼吸を整えるのではなく、呼吸のリズムに“短い語”を当て込み、同時行動を可能にする設計だったと説明される[6]。
この設計の象徴として採用されたのが、短く、地域の口に乗りやすく、しかも意味を一意にしなくてよいだったとされる。実務面では、講習会で配られた紐付き札の数が「参加者1人につき2枚、紛失率を見込んで予備を15枚」など、やけに細かい運用数字が記録されているとされる。運用がうまくいったため、語が“生活語彙”として根を張ったと推定される[7]。
拡張:地方新聞と回覧板の勝利[編集]
、の地方紙「」が、呼吸法の特集として「かあさ式三朝(さんちょう)」を連載したとされる。記事は衛生の体裁を取りつつ、読者投稿の形式で「昨日かあさをやったら、隣の畑の虫が減った気がした」などの“体験談”を混ぜた。
この連載の編集方針は、のちにのが回想録で語ったとされる。すなわち、読者の記憶に残るには、科学的主張よりも「誰でも明日からできる語の儀礼化」が必要だという考えだったとされる[8]。
なお、ここで重要なのが、かあさが実際の呼吸数に“数字”で紐づけられた点である。資料では「吐く:3回、吸う:2回、声:1回」を基本形とし、農閑期には「吐く:4回、吸う:2回、声:1回」へ変更するよう指示されたとされる[9]。ただし聞き取りでは農閑期の“声の回数”がしばしば逆転しており、伝播の途中で手順が丸ごと入れ替わった可能性があるとされる。
“衝突”:舞踊起源説と衛生起源説の同居[編集]
大正期になると、は二つの系統で扱われ始めた。ひとつは衛生講習系の「呼吸と水分の習慣」。もうひとつは祭礼舞踊系の「早朝の掛け声」。同時期に両者が同じ地名・同じ家の口伝に乗ってしまい、用語の混線が起きたと説明される[10]。
たとえば、のある村では「かあさは踊りの先触れで、舞手が早朝に叫ぶ」という伝承が記録された。一方、同じ村の衛生組合の帳簿には、かあさ講習への参加人数が月ごとに記されているとされ、には参加率が「総戸数の72.4%」と書かれていたと伝えられる[11]。
問題は、この72.4%が“舞踊参加”を意味したのか“呼吸訓練参加”を意味したのか、資料側で区別がされていない点にある。さらに、講習所の系譜を追うと、舞踊指導者が衛生講習の講師として雇われていた可能性も示される。このことから、語は起源を一本化せず、異なる実践が同じ音に吸着して共存したとする見方が出ている[12]。
社会的影響[編集]
は、単なる言葉以上に“同時性”を生み出したと考えられている。朝の時間は天候や農作業で揺れるが、語の反復は共同体の同期装置になり得ると説明される。
衛生面では、講習資料が「家庭内での微小な習慣変更」を強調したため、住民側に“自分が効いた”感覚を与えたとされる。実際に前後の回覧では、効果判定として「咳が減った日数」「眠気が増えた回数」など、測定にしては主観寄りの指標が並ぶとされる[13]。
ただし、社会が受け入れる速度は地域で差があったとされる。たとえば側の開拓地では、冬季の早朝が極端であるため、かあさの発声を省略して「呼吸だけ版」が採用されたという記録がある。ここでは語の役割が薄まる一方、別の合図語へ置き換わった可能性が指摘されている[14]。
批判と論争[編集]
批判としては、まず“科学的根拠の薄さ”が挙げられる。講習の筋書きが「呼気・水分・声」で一括りにされており、因果の検証が後から整えられたのではないかと疑う声があった。
さらに、語源についての論争が長引いた。衛生起源説ではの資料を根拠にするが、舞踊起源説では祭礼台帳のほうが先だと主張する。両者の資料が同じ棚から出てきたという報告がある一方、棚の位置が「二階右奥、ただし台帳は右ではなく左に置かれていた」など、現場記憶の揺れが指摘されている[15]。
加えて、かあさが一種の“参加強制”に利用されたのではないかという批判もある。講師が来ない日にも、町内会の係が「昨日やってない家は—」と声をかけたという証言があり、語が善意の健康語から社会的圧力へ転用された可能性があるとされる[16]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『生活暦語彙の周辺』東北言語叢書, 1912.
- ^ 小山内和真『回覧板編集論:短語の伝染』文泉社, 1921.
- ^ 朝霧衛生講習所編『講習札の運用記録(改訂第4版)』朝霧講習所, 1901.
- ^ Margaret A. Thornton『Rhythm and Community: Verbal Cues in Early Sanitation Movements』Journal of Applied Ethnology, Vol. 18, No. 3, pp. 221-247, 1938.
- ^ 川端清治『地方紙と健康広告の誕生』東北メディア研究会, 1954.
- ^ Dr. Hiroshi Sato『Breath Counts and Social Sync in Rural Japan』International Review of Public Habits, Vol. 6, No. 1, pp. 11-39, 1969.
- ^ 李承基『The Folklore of Morning: Comparative Studies of Short-Call Rituals』Seoul University Press, 1977.
- ^ 鈴木篤彦『語源の共同管理—用語が現場で変わるとき』日本民俗学会紀要, 第33巻第2号, pp. 55-92, 1986.
- ^ 北條郁人『かあさ現象の史料学的再検討』史料通信社, 2002.
- ^ 佐倉直哉『Kaas-a and Modernity: A Misread Index』(書名が不一致の版)Northern Archive Publications, 2016.
外部リンク
- 東北生活語彙デジタルアーカイブ
- 回覧板写本ギャラリー
- 衛生講習所資料室
- 地域新聞データベース(陸奥早日)
- 呼吸法と儀礼の比較研究ポータル