がんもどき効果
| 分類 | 認知バイアス、社会心理学 |
|---|---|
| 提唱 | 三浦 恒一郎 |
| 初出 | 1987年 |
| 主な研究地 | 東京都文京区、神奈川県川崎市 |
| 関連概念 | 選好逆転、満腹化錯覚、代替満足化 |
| 特徴 | 中庸選択の自己合理化 |
| 用例 | 購買、進路選択、政治判断 |
| 批判 | 再現性の低さと命名の奇抜さ |
がんもどき効果(がんもどきこうか、英: Ganmodoki Effect)とは、の用語で、に直面したが、実際よりも十分に検討したと感じながらを正当化する心理的傾向である[1]。
概要[編集]
がんもどき効果は、における代表的な認知バイアスの一つであり、選択肢が明確に二分されている場面で、当事者が「完全な賛成でも反対でもない第三の選択」を選ぶことで、自己の判断能力が高いかのように感じる現象を指すとされる[1]。実際には最も無難な選択であるにもかかわらず、本人はそれを高度に調整された判断として記憶する傾向がある。
この効果は、にあった私設研究会「中庸行動研究室」の1980年代後半の記録から広く知られるようになった。のちにの家電量販店における購買行動調査と結びつき、消費者心理、教育選択、さらには自治体アンケートの回答傾向にまで応用されたとされている。なお、名称の由来は見た目が厚揚げに似ているが中身が別物である食品になぞらえたものと説明されることが多いが、命名の経緯には異説も多い[2]。
定義[編集]
がんもどき効果は、ある対象について「AかBか」の二択を示された際、被験者がCに相当する中間案を選び、それを“慎重な熟慮の結果”と認知する傾向として定義される。重要なのは、単なる優柔不断ではなく、選択後に自分の決定を過大評価する点にある。
の非公式要録では、この傾向は「選択の保留に伴う自己効力感の膨張」と説明されていたとされるが、後年の研究では、とが複合的に作用するとの見解が有力である。とくに、選択肢の差異が10〜15%程度しかない場合に発現率が高まり、本人がその差を「十分に大きい」と再解釈するケースが多いと報告されている[3]。
由来・命名[編集]
命名者は、当時教育学部の客員研究員であった三浦 恒一郎とされる。三浦は1986年、学生相談室で「就職先をA社かB社かで迷う学生が、どちらでもないと答えた瞬間だけ自信満々になる」現象を観察し、これを「がんもどき型意思決定」と仮称したという[4]。
その後、同研究会の食事会で供されたがんもどきがきっかけとなり、参加者の一人であった編集工学研究者の蓮見 透が「中身が違うのに同じ鍋に入る感じが、まさにこの現象だ」と発言したことから、現在の名称が定着したとされる。ただし、この逸話は1980年代の会議録にしか現れず、後世の回想で脚色された可能性が指摘されている[5]。
メカニズム[編集]
がんもどき効果の機序としては、第一に、選択肢が拮抗している場面で生じるの低減が挙げられる。第三の案を選ぶことで、当事者は「白黒をつけない高度な判断」を行ったと認識し、不快感を軽減する傾向がある。
第二に、第三案にはしばしば説明の余地が多く、本人が後付けで意味づけを行いやすい点がある。たとえば、家電選びで「高価格モデルでも低価格モデルでもなく、旧型の在庫処分品を買う」行動は、単なる節約ではなく「熟慮の成果」として記憶されやすい。さらに、の調査では、回答者の約68.4%が中間案を選んだ直後に語調が落ち着き、約2分後には「最初から決めていた」と述べたという[6]。
実験[編集]
1989年にの心理学実験室で行われたとされる初期実験では、被験者214名に対し、赤・青・灰色の3種のペンを提示し、最も書きやすいものを選ばせた。その結果、灰色を選んだ群の82%が、選択理由として「落ち着き」「中立性」「家庭的な信頼感」を挙げたが、実際には同群の71%が直前に「どれでもよい」と発言していた[7]。
また、1994年には系の社内研修において、パソコン購入場面を模した実験が実施された。上位機種・廉価機種・型落ち再生品の三択で、再生品を選んだ社員は、その後の満足度評価で上位機種選択群を上回ったが、半年後の追跡では「実は最初から再生品狙いだった」と述べる割合が最も高かった。研究班はこれを、がんもどき効果による事後合理化の一種と結論づけた[8]。
なお、とされる報告では、実験終了後に被験者の半数以上が研究者の名札まで「中庸に見えた」と評したと記録されている。
応用[編集]
がんもどき効果は、消費者心理学の領域でしばしば応用されている。特に、住宅展示場や旅行代理店では、極端に高額な案と安価な案の間に「ほどよい案」を置くことで、来訪者がそれを自発的かつ合理的な選択だと感じやすくなるとされる。
教育分野では、進路指導において「国立か私立か」で迷う生徒に、第三の選択肢としての奨学金付き専門学校を提示すると、本人の意思決定への納得度が上昇することがあると報告されている。また、の委託調査を装った内部資料では、自治体アンケートに「どちらともいえない」を中間的満足の表明として配置すると、回収率が約11%上がる傾向があったという[9]。
一方で、マーケティングへの濫用が批判されている。とりわけ、東京都内の一部食品スーパーで「名目上は中立価格」と表示された商品群が、実質的に高価格帯への誘導装置として使われた事例は、のちに消費者団体から問題視された。
批判[編集]
がんもどき効果に対しては、そもそも独立した心理効果として成立しているのか疑問視する立場がある。批判者は、これは、、をひとまとめにしただけではないかと指摘している[10]。
また、初期研究の多くがの大学生と小売業従業員に偏っており、文化差の検討が不十分であるとの批判もある。さらに、三浦の研究ノートの一部は焼失したとされ、実験条件の細部が再構成に依存しているため、再現性の評価が難しいとされる。
もっとも、支持派は「再現性が低いこと自体が、選択を後から正当化する人間の本性をよく示している」と反論している。これに対し、批判派は「それは反証不能である」と応じることが多く、現在も学会発表ではしばしば静かな笑いを誘う論点となっている。
脚注[編集]
[1] 三浦 恒一郎「中庸選択と自己効力感」『心理行動評論』Vol. 12, No. 3, pp. 44-59, 1988年.
[2] 佐伯 由利子『がんもどき命名史断章』東洋編集出版部, 1991年.
[3] 日本社会心理学会編『選択の保留と事後合理化』第4巻第2号, pp. 101-118, 1990年.
[4] Miura, K. “Third-option Preference in Japanese Counseling Settings” Journal of Applied Social Cognition, Vol. 7, No. 1, pp. 11-29, 1989.
[5] 蓮見 透「会議録における食文化比喩の機能」『編集工学年報』第9号, pp. 77-83, 1992年.
[6] 川崎市消費行動調査室『中間案選好に関する予備報告』内部資料, 1995年.
[7] 神戸大学文学部心理学研究室『三色提示課題における中庸選択の強化』研究報告書, 1990年.
[8] NEC人材開発部『社内研修における選択満足度の縦断観察』pp. 3-18, 1994年.
[9] 総務省自治行政局『中庸回答誘導設計試案』, 2001年.
[10] Margaret L. Haddon, “Is the Ganmodoki Effect a Distinct Bias?” Behavioral Review Quarterly, Vol. 18, No. 4, pp. 201-219, 1998.
関連項目[編集]
脚注
- ^ 三浦 恒一郎「中庸選択と自己効力感」『心理行動評論』Vol. 12, No. 3, pp. 44-59, 1988年.
- ^ 佐伯 由利子『がんもどき命名史断章』東洋編集出版部, 1991年.
- ^ 日本社会心理学会編『選択の保留と事後合理化』第4巻第2号, pp. 101-118, 1990年.
- ^ Miura, K. “Third-option Preference in Japanese Counseling Settings” Journal of Applied Social Cognition, Vol. 7, No. 1, pp. 11-29, 1989.
- ^ 蓮見 透「会議録における食文化比喩の機能」『編集工学年報』第9号, pp. 77-83, 1992年.
- ^ 川崎市消費行動調査室『中間案選好に関する予備報告』内部資料, 1995年.
- ^ 神戸大学文学部心理学研究室『三色提示課題における中庸選択の強化』研究報告書, 1990年.
- ^ NEC人材開発部『社内研修における選択満足度の縦断観察』pp. 3-18, 1994年.
- ^ 総務省自治行政局『中庸回答誘導設計試案』, 2001年.
- ^ Margaret L. Haddon, “Is the Ganmodoki Effect a Distinct Bias?” Behavioral Review Quarterly, Vol. 18, No. 4, pp. 201-219, 1998.
外部リンク
- 日本認知選択学会アーカイブ
- 中庸判断研究所
- 選択後合理化データベース
- 文京心理史料館
- 社会心理現象年鑑