くしゃみ税
| 正式名称 | くしゃみ申告課税制度 |
|---|---|
| 分類 | 衛生関連間接税 |
| 起源 | 1878年ごろの欧州港湾都市 |
| 主な導入地域 | 横浜、神戸、ロンドン、リヴァプール |
| 課税対象 | 公衆の前でのくしゃみ、連続くしゃみ、反復的くしゃみ |
| 徴収単位 | 1回、3連続、12時間申告 |
| 所管 | 衛生租税監督局 |
| 廃止 | 1934年ごろから順次縮小 |
| 関連法令 | 公衆音声抑制規則、港湾呼気検疫細則 |
| 通称 | 鼻税 |
くしゃみ税(くしゃみぜい、英: Sneezing Tax)は、の発生を申告対象とした、近代制度の一種である。主に後半の政策を起点として整備されたとされ、のちにの一部官庁で参考事例として扱われた[1]。
概要[編集]
くしゃみ税は、くしゃみを単なる生理現象ではなく、公衆衛生上の「瞬間的排出行為」とみなして課税した制度である。制度設計上は、感染症の流行時における人流統制と、都市財政の補填を兼ねる目的で導入されたとされる。
実務では、を中心に「くしゃみ札」と呼ばれる小型の証票が配布され、1回ごとに窓口へ持参する方式、あるいは月末に自己申告する方式が併用された。なお、花粉症の多い地域では税率が季節変動制であったという記録があり、の古い新聞記事には「春季に限り三連続くしゃみは軽課」とする公告が見える[2]。
歴史[編集]
港湾検疫との結びつき[編集]
起源は、の地区で行われた臨時の衛生調査にあるとされる。船員の咳嗽とくしゃみを同一票で記録したところ、貨物税の帳簿よりも徴収漏れが少なかったため、翌年には港で試験的に「鼻腔排出申告」が実施された。
この制度をまとめたのが、である。彼女は衛生統計家であったが、税務官吏からは「くしゃみの数え方が異様にうまい」と評され、のちにの名誉顧問となった。Thorntonの報告書には、くしゃみの直前に見られる肩の震えを「前兆価値0.73」と算出したページがあり、当時ので半ば真顔で議論されたという[3]。
明治期日本への移植[編集]
日本では11年ごろ、の外国人居留地において英字新聞経由で制度が紹介され、の翻訳係が「Sneezing Tax」を「噴嚔課金」と誤訳したことから関心が高まった。とくにら衛生官僚は、開港地の下水改良費をまかなう恒久財源として注目したとされる。
には神奈川県庁で試験要綱が作成され、「公衆の面前で三度以上連続して発生したくしゃみ」に対し1回あたり2銭5厘を賦課する案が検討された。もっとも、実際には徴収員がくしゃみの回数を数え損ねる事例が多く、申告書に『本人は四連続と主張するも、同行者は三連続と証言』といった注記が頻出したため、実施は局地的なまま終わった[4]。
制度の成熟と衰退[編集]
になると、都市の大規模化に伴い、くしゃみ税は単発課税から定額の「季節衛生負担金」へと変質した。これは税収の予測可能性を高める一方、くしゃみそのものが課税対象であるという本来の趣旨を曖昧にしたため、法学者のあいだで長く批判された。
にはで「無音くしゃみ減免」が施行され、布製のハンカチを二重に畳んで抑えた場合に限り減税されるという、きわめて細かい規定が置かれた。だが、実際には鼻炎持ちの職員のほうが税務台帳の改ページを早く覚えたため、制度の皮肉としてしばしば引かれる。翌、感染症対策の名目で大半が一般税へ統合され、名目上のくしゃみ税は消滅したとされる。
税率と徴収方法[編集]
くしゃみ税の税率は、地域、季節、連続回数、音量の四要素によって決定された。標準税率は1回につき1厘から3銭の範囲で変動し、の高級住宅地では「音が響きやすい」として加算率が上乗せされた記録がある。
徴収方法としては、駅改札付近に置かれた「反射式認定箱」に向かって申告する方式、学校や役所での月次集計方式、医師の証明書による事後還付方式があった。なかでも最も有名なのは、の博物館前に設置された「くしゃみ押印台」で、くしゃみをすると紙片が飛び、係員がそれを拾って押印するという、実効性より演出を重視した仕組みであった。
社会的影響[編集]
くしゃみ税は都市生活の所作に大きな影響を与えた。人々はくしゃみを我慢するようになり、結果として「予告咳払い」や「鼻先の指振り」といった代替的な合図が流行したとされる。また、当時の広告には「当社ハンカチは課税回避に有利」と書かれたものもあり、繊維業界が微妙に恩恵を受けた。
一方で、税への反発から「義憤くしゃみ」を称して役所前で意図的にくしゃみを連発する小規模な抗議運動も起こった。とくにのでは、印刷業者組合が折り込み広告の紙粉を利用して一斉にくしゃみを誘発し、税務署前に「徴収不能者一覧」が張り出されたという逸話が残る。もっとも、この記録は後年の回想録にのみ見え、信憑性については疑問が呈されている[要出典]。
批判と論争[編集]
最大の批判は、くしゃみが本人の意思で完全に制御できない行為である以上、課税根拠が曖昧であるという点にあった。とりわけ法科の税法講義では、「呼吸の偶発性に租税法律主義を適用しうるか」が毎年の演習問題になったとされる。
また、くしゃみ音の大小や回数を巡って徴税吏と納税者が口論になる事例が続出し、1910年代後半には「会話中の沈黙が免税判定に与える影響」まで争点化した。なお、一部の記録では、税務署長が自らの花粉症を理由に申告を免除したため職員が一斉に抗議したとされるが、これも地方紙の小欄にしか確認されていない[5]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Thornton, Margaret A. “On the Fiscal Classification of Sneezing Events.” Journal of Urban Sanitation, Vol. 12, No. 3, 1881, pp. 141-168.
- ^ 渡辺精一郎『鼻腔排出と課税の可能性』大蔵省翻訳局叢書, 1886年.
- ^ Hargreaves, Lionel P. “Port Quarantine and the Sneezing Ledger.” The Liverpool Municipal Review, Vol. 8, No. 1, 1880, pp. 9-31.
- ^ 神奈川県衛生課『噴嚔課金試験要綱』県庁内部資料, 1884年.
- ^ Keller, Anne M. “Seasonal Deductions in Respiratory Levies.” Comparative Tax Notes, Vol. 4, No. 2, 1909, pp. 77-102.
- ^ 東京市役所税務部『無音くしゃみ減免取扱細則』, 1932年.
- ^ Mori, Samuel T. “The Ethics of Reflex Taxation.” Asian Journal of Public Finance, Vol. 15, No. 4, 1934, pp. 201-219.
- ^ 『くしゃみ税と近代都市の感覚統治』都市衛生研究会編, 港湾出版, 1976年.
- ^ Pritchard, Ellen B. “When Sneeze Becomes Revenue: A Parliamentary Oddity.” Public Ledger Studies, Vol. 21, No. 6, 1921, pp. 333-360.
- ^ 中村静枝『くしゃみ税史料集成』関東租税文化協会, 1998年.
- ^ Aoki, R. “The Curious Case of the Silent Sneeze Allowance.” International Review of Municipal Humor, Vol. 2, No. 1, 2005, pp. 1-17.
外部リンク
- 衛生租税史料アーカイブ
- 横浜開港財政研究所
- 都市税制と身体史の会
- くしゃみ税デジタル文庫
- 近代鼻腔政策館