けつなあな確定
| 分類 | 民俗語彙、身体認識技法、都市伝承 |
|---|---|
| 成立 | 1960年代後半 - 1970年代初頭と推定 |
| 主な発祥地 | 東京都台東区・墨田区周辺 |
| 提唱者 | 坂東 啓介、荒木 ミツ子らとされる |
| 関連分野 | 演芸史、都市人類学、音声記号学 |
| 特徴 | 断定的表現と身体部位を結ぶ独特の定型句 |
| 代表的文献 | 『下町語彙の確定性』ほか |
けつなあな確定(けつなあなかくてい)は、の高度な身体認識技法の一つである。元来はの下町で発達したに由来し、後に・・の境界領域として再定義されたとされる[1]。
概要[編集]
けつなあな確定は、発話の末尾に強い断定を付与することで、対象の状態や立場を「不可逆に固定する」とされた民間表現である。一般にはやの現場で広まったとされ、特に40年代の東京東部において、即興の掛け合いを締める決め台詞として用いられたといわれる[2]。
この表現は単なる罵倒語ではなく、発話者の側が「確定」という語を持ち込むことで、相手の解釈余地を消去する言語儀礼であると説明されることが多い。なお、1978年にが行ったとされる未公開調査では、類似語の初出がとで偏在していたという結果が示されたが、一次資料の所在は長く不明であった[3]。
歴史[編集]
起源[編集]
起源については、夏にの小劇場で行われた深夜寄席の打ち上げが有力であるとされる。そこで大道芸人の坂東啓介が、場を収めるために「それはもう、けつなあな確定だ」と言い放ったところ、会話の空気が一斉に静まり、その後の観客アンケートで「意味は不明だが納得した」が87.4%を占めたという。もっとも、この数字は後年の再集計で若干揺れており、調査票の原本は一部欠落しているとされる[4]。
一方で、民俗学者の荒木ミツ子は、これが期の「断定落とし」と呼ばれる祝詞変形に由来すると主張した。荒木によれば、身体部位を直接名指しすることは禁忌ではなく、むしろ共同体の緊張を可視化するための技法であったという。
普及[編集]
に入ると、同表現はの飲み屋街からの深夜番組制作現場へと移動し、編集者の間で「一行で空気を支配できる語」として重宝された。とりわけ、に放送されたとされるローカル番組『夜更けのすべり台』では、アシスタントが誤ってテロップに「けつなあな確定」を入れてしまい、その週の視聴率が前週比で2.3ポイント上昇したという逸話が残る。
また、の漫才界では、ツッコミの終点を明示する用法として独自に洗練された。ここでは「確定」が単なる完了ではなく、次のボケを封じる封印語として機能し、1979年のでは、1回の舞台で11回使用された記録があるとされる。
制度化[編集]
、東京都内の私設研究会「下町語彙保存会」がこの表現の使用基準を簡易に定め、語尾上げ型・平板型・囁き型の3類型に分けた。特に囁き型は、近距離でのみ効力を持つとされ、半径1.8メートル以内で相手が笑いをこらえた場合にのみ完全成立すると記録されている[5]。
この頃から一部の教育関係者は、若年層による安易な使用が議論の停止を招くとして警戒を示した。ただし、実際には中学校の学級日誌や放課後の黒板落書きにまで浸透し、1986年には東京都内の公立中学のうち14校で「言葉の最後を断定しない指導」が行われたとされる。
言語学的特徴[編集]
けつなあな確定の特徴は、意味内容よりも終止処理にあるとされる。文末における「確定」は、通常の断定表現よりも強い閉鎖感を持ち、会話の再開可能性を著しく下げる。このため、音声学的には破裂音の連続による「締め」の感覚が重視され、特にを含む場合に威力が増すと論じられてきた[6]。
の非常勤講師だったとされる西園寺隆一は、これを「意味論ではなく場の設計である」と定義した。彼の研究ノートには、発話後0.7秒以内に周囲の2人以上が目を逸らした場合、表現が成功している可能性が高いという統計が残されているが、観測方法の妥当性については当時から疑問が呈されていた。
なお、同系統の表現として「〇〇確定」「〜で確定」などが派生したが、けつなあな確定は身体語彙を含むため、冗談と威圧の境界を最も曖昧にした語として評価される。
社会的影響[編集]
1990年代には、バラエティ番組の構成作家や深夜ラジオのハガキ職人の間で流行し、言い切りの美学を象徴する語として引用された。特に系の深夜枠では、投稿文のオチに用いると採用率が上がるという噂が広まり、実際に1992年の春改編で投稿数が前月比1.6倍になったとされる[7]。
一方で、学校現場では過剰な断定語の連鎖がいじめの文脈に転用されるとして問題化した。これを受けては1995年に「語勢の強い終止表現に関する留意事項」を各都道府県教委へ送付したとされるが、当該文書はのちに「未整理の内部メモだった可能性がある」と注記された。
批判と論争[編集]
この表現に対する批判は、主に下品性ではなく、意味の空白を過剰な確信で覆い隠す点に向けられた。言語評論家の北原宗一は「語としては完成しているが、倫理としては未完である」と述べ、1988年の『現代口語批評』誌上で論争を引き起こした[8]。
また、2010年代以降はインターネット上で引用の切り抜きが拡散し、本来の文脈を失ったまま標語化したことが指摘されている。とりわけ、短文投稿文化との相性が良かったため、文脈を問わず末尾に付ける用法が急増し、東京都内の一部書店では関連語の検索件数が2週間で約4,800件に達したという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 坂東啓介『下町語彙の確定性――終止表現の民俗誌』東都書房, 1984.
- ^ 荒木ミツ子『断定落としと口承の現在』国文社, 1979.
- ^ 西園寺隆一「終止句の閉鎖圧に関する一考察」『音声と場』Vol. 12, No. 3, pp. 41-68, 1987.
- ^ 北原宗一『現代口語批評と語勢の倫理』青磁出版, 1988.
- ^ Tokyo Urban Folklore Institute, “Ketsunaana Kakutei and the Closure of Conversational Space” Journal of Applied Folklife Studies, Vol. 5, No. 2, pp. 113-129, 1991.
- ^ 山田真理子『東京東部の即興芸と断定語』みすず書房, 1994.
- ^ 国立国語研究所編『都市語彙年表 1960-1995』くろしお出版, 1998.
- ^ 大島健一「言い切りの笑い――1980年代テレビ番組における定型句の拡散」『放送文化研究』第18巻第1号, pp. 77-95, 2002.
- ^ Margaret L. Thornton, “Definitive Endings in Japanese Street Performance” The International Review of Speech Acts, Vol. 9, No. 1, pp. 9-34, 2006.
- ^ 『けつなあな確定大全』下町言語研究会, 2011.
- ^ 佐伯隆『確定語の社会史』新潮社, 2016.
外部リンク
- 下町語彙保存会アーカイブ
- 東京口承文化研究センター
- 都市語彙年表データベース
- 深夜表現資料館
- 日本断定表現学会