こまとー
| 別名 | 小玉トマト方言名/小まとー標記 |
|---|---|
| 分野 | 食品呼称学・包装規格・地域伝承 |
| 初出とされる時期 | 昭和20年代後半(業界紙) |
| 主要な流通圏 | (市場関係者)、(農協周辺) |
| 関連制度 | 仮称「こまとー等級表」 |
| 主な論点 | 食品の呼称か、包装ラベル規格か |
| 記録媒体 | 市場日誌、段ボール刻印、町内会の回覧板 |
こまとー(Komato)は、で流通していたとされる「小粒トマト」を連想させる呼称である。主に食品・民俗・工業標準の周辺で異なる意味に分岐し、特にの業界人たちの間で独特の用法が定着したとされる[1]。
概要[編集]
こまとーは、単語の見た目から一般に「小粒のトマト」を指す呼称として理解される場合がある。ただし研究者の間では、こまとーが単なる野菜名ではなく、流通現場の便宜的な「等級運用」や「包装の刻印ルール」まで含んだ概念として扱われることが多いとされる[1]。
具体的には、こまとーの語がの卸売市場で口頭合図として用いられ、その後に段ボールの側面に短縮刻印(例:「KOM」「こま—」)として残ったという回想記録が複数ある。一方で、のちに地域の祭事や町内会の配布品にまで転用され、意味が分岐した経緯も示されている[2]。
このような揺らぎは、言葉が実体食品の属性だけでなく、取引のリズム(仕分け・積み替え・返品基準)を規定する装置として働いたことを示す材料として引用されている。ただし当時の資料には断片も多く、「実際はトマトではなく、別商品を隠すコードだった」という説も根強いとされる[3]。
歴史[編集]
語の誕生:回覧板から市場へ[編集]
こまとーの起源は、昭和20年代後半の沿岸部にあるとする説が有力であるとされる[4]。当時、戦後の配給体系の残り香として、農協の帳簿整理が急務になり、作業者が数字の読み間違いを減らすために「粒の大きさ」を音で覚える仕組みが提案されたとされる。
この仕組みで「小玉」を「こ」、トマトを「まとー」と分けて記憶し、最終的に合成語として「こまとー」が回覧板に書かれた、という伝承が残っている[4]。回覧板は町内会ごとに違う文面で回っていたため、別の集落では「小まとー」と表記された例もあるとされる。
なお、市場関係者の証言としては、の青果集荷拠点(品川寄りの小規模上屋)で、夜間の仕分け会話に「こまとー」の合図が導入されたことで、呼称が独り歩きしたとされる[5]。特に、夜の出荷で必要な「箱詰め秒数」を揃えるため、同語がリズム・カウント装置になったという記述が見られる。ただしその秒数の基準がどの程度守られていたかについては資料により差異があるとされる。
標準化:『こまとー等級表』という紙の怪物[編集]
昭和30年代初頭、こまとーは等級運用へと拡張されたとされる。ある市場日誌によれば、「等級表」は紙1枚で済むように、数字のかわりに音節数を基準にしたとされる[6]。たとえば「こまとー(3拍)」は中詰め、切り詰め商品は「こま(2拍)」、上位は「こまっと(4拍)」のように運用されたという。
さらに、段ボールメーカーとの協議により、刻印の位置が規定されたという。記録では、刻印は「角から斜め45度、上辺より17mm、下辺より23mm」のように極めて具体的に書かれている[6]。この数値の由来について、刻印機の既製ゲージに合わせただけだとする見解と、箱の強度試験に基づくとする見解が併存している。
ただし、ここで不可解なのは、等級表が「トマトの糖度」とは関連づけられなかった点である。研究者は、糖度ではなく“返品しやすい見た目”を指標にしていた可能性を指摘している[7]。つまり、こまとーは味の概念というより、取引上の摩擦係数を下げるためのラベルだった、という解釈が提示されている。
海外転用と誤読:ラベルの旅[編集]
その後、こまとーは輸出コンテナのラベルにも短縮表記として混ざるようになったとされる。1950年代後半、の一部の倉庫では「KOMATO」と英字刻印した例があったという[8]。ところが、英語圏の通関担当者がこれを「Komato—a type of tomato (小玉トマト)」と誤解し、逆に“品種名”として書類に転記してしまったという逸話がある。
この誤記が原因で、植物分類学側では「Komato」という仮称が一時的に文献に現れたとする報告がある[8]。もっとも、実際にそれが植物学的な新種だったわけではないとされる一方で、“市場が先に定義して、生物が後から追いかける”形の言語化が起きたのだろうと解釈されている。
なお、この転用の周辺では、町内会の配布品(夏祭りの抽選箱)に「こまとー」の名を冠した菓子が置かれたという記録も残っている[9]。このとき配布の中身がトマトではなかったことから、こまとーが「合図語」「儀礼語」に変化していった過程が読み取れるとされる。
評価:なぜ社会に影響したのか[編集]
こまとーの社会的影響は、ひとことで言えば“品質の曖昧さを、取引の手順に変換した”点にあるとされる[10]。トマトの熟度やサイズは季節・天候で変動するが、取引現場では毎回それを厳密に判定するコストが問題となる。そのため、こまとーという音のラベルが、判断を簡略化する記号として機能したという見方がある。
また、等級表の仕組みが一度広まると、返品やクレームの対応も「こまとーの区分」で整理されるようになった。市場の職員向け訓練資料では、苦情処理の最短手順が「区分の再確認→刻印位置の照合→包装重量の再計測(許容差±0.8%)」の順に定められたとされる[11]。
この許容差±0.8%という数字は、当時の計量器の個体差をならすための経験値だった可能性が高いとされるが、出典により記述がブレていると指摘される[11]。一方で、トレーニングの統一が進んだことで、口頭指示だけに依存していた時代よりも、現場の意思疎通が安定した面もあったとされる[12]。
ただし、安定の副作用として、こまとーが“味”より“ラベル通りの見た目”に引き寄せられる傾向も生じたとされる。これが後年の「市場に届くのは、食べ物というより規格化された記憶だ」という批判につながったと見る研究もある[12]。
批判と論争[編集]
こまとーには、概念の輪郭があいまいであることに対する批判がある。とくに、こまとーを単に「小粒トマト」とみなす説明は、等級表や刻印規定の記述と整合しないとされる[7]。そのため、言葉が食品を指すのか、物流・包装を指すのかについて論争が続いたとされる。
また、刻印の具体値(斜め45度、上辺17mm、下辺23mm)について、工学側からは「機械的な都合以上の意味を示せない」との見解が示されたという[6]。他方で、言語学側からは、数字の過剰精密さがむしろ現場の権威を作るための“儀式”になっていた可能性があるとする解釈がある[10]。
さらに、誤読による海外転記が問題化したという指摘もある。植物分類学の短期的な“Komato仮説”が流通資料に引っ張られたのではないかという疑義である[8]。一部の編集者は、ここを「学問の汚染」として強く批判したが、別の編集者は「国境を越えた言語の誤差」として相対化したとされる。
なお、最も笑われた論点として、町内会の配布品がトマトではなかったにもかかわらず、なぜか“こまとーの当たり景品”だけは妙に人気が出たという逸話がある[9]。人気の理由を巡って「甘酸っぱさを連想したから」「箱の音が気持ちよかったから」「配布係が忙しすぎて中身を確認できなかったから」といった説が併存しているとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『市場日誌と音節記号:こまとー等級表の系譜』市場文庫, 1963.
- ^ Margaret A. Thornton『Trade Labels as Social Instruments』Harbor University Press, 1974.
- ^ 鈴木和三『青果卸の刻印工学(第二版)』日本段ボール協会出版部, 1959.
- ^ 山田妙音『回覧板に残る口頭規格』町内資料研究会, 1968.
- ^ Eiko Matsuda『Quantifying Ambiguity in Postwar Produce』Journal of Mercantile Semiotics, Vol.12 No.3, pp.41-58, 1981.
- ^ 佐伯三郎『数字の誤読を防ぐ現場教育』物流訓練叢書, 第4巻第2号, pp.77-96, 1956.
- ^ 中島緑『返品摩擦係数と呼称の変換』卸売経済学会紀要, Vol.28 No.1, pp.9-27, 1990.
- ^ K. H. Caldwell『Customs Clerks and Tomato Myths』Port Records Quarterly, Vol.5 No.11, pp.201-219, 1987.
- ^ 田口春彦『KOMATOの誤読:一語が作る疑似分類』植物情報史研究会, 1995.
- ^ 山崎貞男『刻印の角度はなぜ45度か』段ボール技術誌, 第17巻第4号, pp.12-26, 1961.
- ^ (書名が微妙に不自然)堀田文人『小玉トマト学入門(こまとー篇)』東京市場社, 1978.
外部リンク
- 市場刻印アーカイブ
- 回覧板データベース
- 返品摩擦係数ポータル
- 青果卸夜学
- Komato Folklore Index