ごつ盛り
| 名称 | ごつ盛り |
|---|---|
| 分類 | 即席麺系列 |
| 発祥 | 東京都中央区築地周辺 |
| 提唱者 | 桐生重治郎 |
| 提唱年 | 1978年 |
| 主要理念 | 高密度・高満腹・低儀礼 |
| 標準容量 | 麺120g前後 |
| 普及地域 | 日本全国、台湾、韓国西部 |
| 関連機関 | 全国盛量研究会 |
(ごつもり、英: Gotsumori)は、の大衆食文化圏において発達した、極端な増量志向を特徴とする即席麺の系統である。もとは後期の労働者向け炭水化物補給計画に端を発するとされ、現在では「大盛りを超えて盛り切る」理念の象徴として知られている[1]。
概要[編集]
は、一般に大盛り規格の即席麺群を指す語であるが、食品史では単なる商品区分ではなく、戦後日本における「腹を満たすことの社会的正当化」を体現した文化装置として扱われることがある。名称の「ごつ」は、の荷役業者が用いた「ごつい」の省略形、「盛り」はの食堂街で使われた「盛り付け」の隠語に由来するとされる[2]。
初期のは、の都市部で問題化した夜勤労働者の食費圧縮と、学生街における空腹対策の双方を背景に開発されたとされる。とりわけ周辺では、湯だけで完結し、しかも箸が止まるほどの量を確保することが重要視され、標準化された大容積カップが試験的に採用された[3]。
また、のちの研究では、の成功は味の完成度よりも「持った瞬間に重い」という感覚設計にあったと分析されている。包装紙の厚み、湯切り口の数、麺塊の復元速度までが計算されており、同時代の即席麺よりも明らかに物理的存在感が強かったと指摘されている。一方で、その重さが購買欲を煽る心理効果を持ったとの説も有力である[4]。
歴史[編集]
創成期[編集]
創成期はからごろとされる。当時、食品工学者のはの外郭調査「麺食量最適化班」に参与し、東京湾岸の倉庫労働者を対象にした実地観察を行った。彼は、通常のカップ麺では「満腹の前に容器が軽すぎる」という不満が多いことに着目し、容器重量と内容量の差を縮めることを設計目標に据えた。
には、川崎市の試験工場で、湯戻し後の麺が標準的な丼の縁をわずかに越えるサイズの試作品が作られた。試作品第7号は、湯切り口から湯気が出すぎるため作業員が視界を失い、製造ラインが12分停止したという逸話が残る。なお、この逸話は『年報』に掲載されたものの、出典の頁番号が毎年ずれているため信憑性に疑義がある[5]。
には、築地市場で配布された試供品が「朝から食べると昼が不要になる」と評判を呼び、港湾関係者を中心に急速に浸透した。これによりは単なる廉価麺ではなく、労働時間の長い都市生活者の補給食として定着していったとされる。
全国展開と変種の増殖[編集]
以降、はからまで販売網を広げたが、地域ごとに「盛り」の基準が異なることが問題となった。東北では湯量を増やす傾向、関西では味の濃さを重視する傾向が見られ、各地の販売会社は独自に麺重量を3gから8g単位で調整した。これにより、同一名称でありながら実質的に12系統へ分化したとされる[6]。
特にに登場した「ごつ盛り・味噌港湾版」は、の埠頭食堂で人気を博し、具材に乾燥ワカメではなく圧縮キャベツ片を用いた点で画期的であった。地方紙『』はこれを「麺の民主化」と呼んだが、同時に「スープが濃すぎて飲み干すと自己責任」とも評している。
には、空前の大盛りブームを受けて「ごつ盛り」名称の厳格化が行われ、麺量・スープ塩分・容器径の三条件を満たさない製品は名乗れないとする内規が制定された。この内規は業界団体の一部では今も参照されているが、実際には印刷物よりも口頭伝承の比重が大きい。
研究と制度化[編集]
、がに設置され、を「食べ残しを前提としない過剰性の美学」として整理した。研究会では、容器断面積、箸の沈み方、麺の復元音を三大評価軸とし、特に湯戻し3分後の「沈み込み係数」を数値化する試みが行われた。平均値は1.73であったが、なぜ1.73なのかは誰も説明できなかった。
には、の生活工学グループが、ごつ盛り容器を用いた「夜勤明け食行動調査」を実施し、対象者214名のうち67%が「食後に椅子の角度を変えたくなる」と回答したという。ただし、この調査は回収率が高すぎることから、研究室の慰労会でまとめた可能性があるとも言われている[7]。
このようには、単なる商品名を越えて、行政文書、大学研究、労働文化、さらには都市伝説の交差点に位置づけられるようになったのである。
社会的影響[編集]
の普及は、若年層の食費管理に大きな影響を与えたとされる。特に後半のコンビニエンスストアでは、昼食代を300円台に抑えたい利用者が、弁当ではなくごつ盛りを選ぶ現象が確認され、これを受けて一部店舗では給湯ポットの位置がレジから見えない場所へ移されたという[8]。
また、建設業、物流業、イベント設営などの現場では、「ごつ盛り休憩」という表現が半ば俗語として用いられ、短時間で高カロリーを摂取する行動様式を指すようになった。これに伴い、の一部自治体では公園ベンチでの長時間静止者が増えたとして、ベンチの素材変更を検討したが、実際には猫の利用率の方が高かったと報告されている。
文化面では、は「質より量」を肯定する象徴として、期の雑誌記事や深夜ラジオでしばしば引用された。なお、のは随筆『麺は重さで語れ』の中で、「ごつ盛りを食べる者は、自らの胃袋に対する国家予算案を提出している」と述べたとされるが、これは編集者の創作ではないかとの見方もある。
製法と特徴[編集]
の製法上の特徴は、麺の密度と容器の剛性にある。麺は一般的な即席麺よりもやや太く、揚げ戻し後も張りを保つように設計されているとされる。また、麺線の断面は微妙に楕円形で、これが湯吸収率を1.08倍程度押し上げるという。
スープは「最後まで飲み切らなくても満腹感を損ねない」濃度を目標に調合される。とくに醤油系では、昆布、鶏、乾燥タマネギの三層構造が採用されるというが、現場では実際に配合比が一定でなかったため、ロットごとの味のばらつきが「個体差」として肯定的に語られてきた。
なお、容器には耐熱だけでなく「食べる者の気分を大きく見せる」ための視覚補正が施される。蓋の縁に印刷された赤帯は、単なる装飾ではなく、外周を1.4cm広く見せる錯視効果を狙ったものであると説明されている[9]。
批判と論争[編集]
には、早くから「量が多すぎて食後に動けなくなる」との批判があった。特にの健康志向の高まりにより、塩分と炭水化物の総量がしばしば問題視され、の一部会員は「労働文化を理由に過剰摂取を正当化してはならない」と警鐘を鳴らしたとされる[10]。
一方で、支持者は「空腹の政治学」として反論し、ごつ盛りの存在が外食格差を緩和してきたと主張した。特に学生寮や独身寮では、1食で翌朝まで持つという実感が評価され、結果として他の麺類よりも精神衛生に寄与したという調査すらある。ただし、この調査は回答者の半数以上が夜勤明けであり、厳密な比較は難しい。
また、2010年代には「ごつ盛りを二個同時に食べると運勢が変わる」という都市伝説がで流布した。これに対し地元紙は否定記事を掲載したが、翌週には同じ紙面で「実際に体が重くなる」という生活実感を特集しており、論争は現在も収束していない。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 桐生重治郎『都市労働者の麺摂取と容器心理』全国即席麺協会出版部, 1984.
- ^ 松浦由紀子『大盛り規格の社会史』青灯社, 1992.
- ^ H. Thornton, “The Geometry of Saturation: Cup Noodle Volume in Postwar Japan,” Journal of Food Systems Vol. 18, No. 2, 2007, pp. 114-139.
- ^ 渡会俊介『ごつ盛り現象と港湾食堂の変遷』港都書房, 1998.
- ^ A. Miller, “Instant Meals and Labor Rhythms in East Asia,” Comparative Culinary Studies Vol. 9, No. 4, 2011, pp. 201-233.
- ^ 全国盛量研究会編『沈み込み係数報告書 2008-2012』文京ライブラリー, 2013.
- ^ 三橋柊一『麺は重さで語れ』深夜文庫, 2006.
- ^ 佐伯みどり『容器の剛性と満腹感の相関』食感工学レビュー 第12巻第1号, 2015, pp. 55-68.
- ^ Y. Nakamoto, “A Study on Misprinted Broth Ratios in Large-Size Noodles,” Nippon Food Engineering Quarterly Vol. 6, No. 1, 2019, pp. 1-19.
- ^ 上条礼一『ごつ盛り式食事行動の文化人類学』東都新書, 2021.
- ^ 『麺類総覧 ごつ盛り特集号』第3巻第7号, 日本麺学会, 2010.
外部リンク
- 全国盛量研究会
- 港湾食報アーカイブ
- 即席麺文化資料室
- 文京生活工学センター
- 麺の民主化データベース