すみすき
| 別名 | 隅好き、角寄せ、すみ寄り |
|---|---|
| 発祥 | 室町時代末期の京 |
| 主な担い手 | 染織職人、町家大工、茶屋奉公人 |
| 目的 | 壁際の湿度差と照度を利用した作業配置 |
| 語源 | 「隅」と「すき(好・隙)」の混成とされる |
| 関連分野 | 民俗建築、都市生活史、湿度管理 |
| 現代での用法 | 部屋の隅を好む性向の比喩 |
| 中心的文献 | 『隅座考』 |
すみすきは、末期のの染織職人のあいだで発達したとされる、壁際の湿度と陰影を読み取って作業位置を決めるための生活技法である[1]。後にの町家建築や期の間取り思想にまで影響を与えたとされ、今日ではの一部で「部屋の隅に気配を寄せる作法」を意味する俗語としても用いられる[2]。
概要[編集]
すみすきは、部屋のに生じるわずかな冷気、光の減衰、音の回り込みを読み取り、居場所や作業台の位置を決めるための慣習的技法であると説明される。一般には中心部の染屋・紙屋・茶屋に広まったとされるが、文献上の初出は意外に遅く、年間の町触れにしか見えないことから、成立事情にはなお不明な点が多い[3]。
この技法は、単なる「隅を好む癖」ではなく、狭い都市空間で体温、染料の乾き、客の視線を同時に調整するための知恵だったとされる。もっとも、の古物商・梶川弥三郎が昭和初期に蒐集した「すみすき札」一式が後世の研究を大きく左右したため、学界では「梶川資料の影響を受けすぎている」との指摘もある[要出典]。
歴史[編集]
成立[編集]
成立は後期、の染織場で生じたとされる。湿気の逃げにくい隅をあえて使うことで、糊の乾燥を遅らせ、染めの濃淡を揃える方法が考案されたという。とくに年間に活動したとされる職人・三木庄左衛門が、庭先の北西隅に置いた桶の水面の揺れから作業開始時刻を決めた逸話が有名である[4]。
江戸期の拡大[編集]
に入ると、すみすきは町家の「隅座」と結びつき、客人を壁際に座らせる礼法へ変質した。これにより、店主は帳場を見通しつつ、客には「押しつけがましくない距離」を与えることができたという。なお、の茶屋では、すみすきの度合いを三段階で示す「隅札」が配られたとされるが、現存例は2枚しか確認されていない。
近代化と再解釈[編集]
期になると、建築学科の教授・高瀬清隆が、すみすきを「日本住宅における陰影利用の原初的マニュアル」と位置づけたことで、民俗習俗から半ば工学概念へと読み替えられた。高瀬はに、東京市内の下宿12軒を対象にした観測を行い、隅に座った被験者の滞在時間が平均17分長いという結果を得たとするが、測定表の紙質が後年の初期のものと一致するため、慎重論も根強い[5]。
実践[編集]
伝承上のすみすきでは、まず部屋の四隅のうち北東を避け、次に西側の隅で足音の反響を確かめ、最後に障子の透過光の「白い縁」を見て座点を決める。これを「三隅見」と呼び、熟練者はわずか7秒で判断できたという。
また、茶屋や旅籠では、季節によって最適な隅が異なった。夏は南西の隅、冬は北西の隅が好まれ、梅雨時は畳縁から38センチ離して座るのが礼儀とされた。この数値は期の実測に基づくとされるが、同時代の住宅平面図と照合すると寸法がやや過剰であり、後世の説明ではないかとみられている[6]。
一方で、すみすきの実践には禁忌もあった。鏡の前で行うと「隅の気が跳ね返る」とされ、また三人以上で同じ隅を選ぶと空間が重くなるため、座り直しを命じられた。これらの規則は、もともと客席の混雑を避けるための運用だったとも言われる。
社会的影響[編集]
すみすきは、町家の間取りに「余白を残す」発想を定着させたとされる。特にの商家では、帳場の背後に無用途の小隅を設けることで、来客の視線を一度だけ外す構造が流行した。これが後にの商家建築における「見えない待機場所」の原型になったという。
さらに、30年代には学校の教室配置にも影響したとされ、端席を好む児童に対して教師が「すみすき型」と呼ぶことがあった。教育雑誌『学級経営』8月号は、これを「内向的性格ではなく、環境調整能力の一種」と評価しているが、執筆者の宮本静子が実地調査で参照したのは自宅の炬燵だったとも記される[7]。
批判と論争[編集]
すみすきをめぐっては、そもそも独立した伝統だったのか、それともの民俗学者が断片的な風俗を束ねて命名したのかで議論が分かれている。とくにの佐伯義彦は、の講演で「すみすきなる語は、後世の研究者が古い文書を読んで勝手に気持ちよくした結果ではないか」と述べ、会場が静まり返ったという。
また、建築史の立場からは、隅の利用は世界各地に見られる普遍的現象であり、わざわざ固有名を与える必要はないとの批判もある。これに対し擁護派は、すみすきの特徴は「隅を使うこと」ではなく「隅の心理的温度を測ること」にあると反論しているが、この定義は年によって微妙に変化しており、学会内でも統一されていない。
なお、にが公開した「すみすき体験コーナー」では、来場者の68%が開始から2分以内に隅へ移動したと報告され、職員のあいだで「人は説明される前から隅を理解している」と話題になった。もっとも、調査票には冷房の吹き出し口が隅にあったことが記されている。
関連用語[編集]
すみすきと近い概念としては、視線を逸らすための、座の秩序を示す、湿度を読む、および旅館の客室で好まれたなどがある。いずれも独立した用語とされるが、実際には同じ帳場日誌に別々の筆跡で現れるだけだという説もある。
また、研究では「すみすきは都市の狭さが生んだ衛生思想である」とする見方が有力であり、の村上正一は、隅の利用が換気と礼法を同時に満たす「二重目的化」を促したと述べた。これに対し、の側では、隅をめぐる習慣は共同体の境界感覚を測る装置だったと解釈されることが多い。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 高瀬清隆『日本住宅における隅の心理学』帝都書房, 1938年.
- ^ 佐伯義彦「すみすき語源考」『民俗と都市』Vol. 12, 第3号, pp. 44-67, 1941年.
- ^ 宮本静子「教室配置と端席選好」『学級経営』第8巻第8号, pp. 12-19, 1958年.
- ^ 梶川弥三郎『隅座考 附・隅札目録』浪速古書院, 1931年.
- ^ Margaret L. Thornton, “Corner Humidity and Social Posture in Pre-Modern Kyoto,” Journal of Japanese Urban Studies, Vol. 7, No. 2, pp. 88-113, 1976.
- ^ 村上正一『長屋空間の礼法構造』東京民俗出版社, 1964年.
- ^ 渡辺精一郎「すみすきの伝播と北西隅禁忌」『建築史料』第23巻第1号, pp. 201-229, 1972年.
- ^ 藤堂薫『見えない待機場所の文化史』関西大学出版部, 1989年.
- ^ Harold B. Squire, “The Ethics of Sitting Near the Wall,” Transactions of the East Asian Cultural Society, Vol. 19, pp. 5-31, 1984.
- ^ 国立民俗資料館編『すみすき体験展示報告書2011』国立民俗資料館, 2012年.
- ^ 西園寺ミナ『すみすき入門 壁際に学ぶ日本人』青灯社, 2005年.
外部リンク
- 国立民俗資料館デジタルアーカイブ
- 京都隅文化研究所
- 日本町家生活史会
- 東山染織史料集成
- すみすき保存協議会