せっくす
| 表記 | せっくす |
|---|---|
| 分野 | 言語文化・都市社会学 |
| 主な用法 | 親密性/逸脱/符丁の文脈での俗称 |
| 成立時期(推定) | 1890年代後半〜1920年代初頭 |
| 伝播媒体 | 紙芝居台本、寄席の口上、下町の謄写版 |
| 関連概念 | 符丁、検閲回避、都市の性規範 |
| 研究上の論点 | 語源と社会的機能の両面 |
| 語の性質 | 半ば隠語・半ば流行語 |
(英: Sex (Notional Term))は、社会において語られる親密性を指す俗称として扱われる語である。語源研究では、近世の符丁文化と都市の出版流通が複雑に絡んで成立したとされるが、細部には異説が多い[1]。
概要[編集]
は、親密性に関わる出来事を遠回しに指す俗称であると同時に、社会の“言い換え慣行”が生んだ符丁としても扱われる。とくに都市部の寄席や安価な出版物では、直接的な語を避けつつ聞き手に状況を伝えるための機能語として用いられたとされる[1]。
言語社会学的には、語が意味する対象そのものよりも、「どの場で、誰が、どういう速度で、どれくらいの距離を保って発するか」が重要視される点に特徴があるとされる。このためは、単なる性の語彙ではなく、検閲・自粛・笑いの三者を同時に処理する“都市アルゴリズム”のようなものとして語られることがある[2]。
一方で、語源が英語の直訳であると説明されることもあるが、用語史の文献では「音韻が似ただけの誤連想」が混ざっている可能性が指摘されている。結果として、成立は一筋縄ではいかず、研究者のあいだで「符丁仮説」「出版本仮説」「舞台機能仮説」の三系統に分かれると整理される[3]。
成立と語源[編集]
符丁仮説:検閲の“間”を計算する[編集]
符丁仮説では、は“検閲に引っかからない沈黙の長さ”を最適化するために設計された語として説明される。東京の出版取次をめぐる規定が厳格化した末期、当局が問題視したのは「語そのもの」よりも、「会話の中での露出率」だと当時の内規に書かれていたとされる[4]。
このため、寄席の座布団番(実在の職名に倣った呼称として語られる)が、口上の台本に“発声タイミング表”を貼り付けたという逸話がある。そこでは「という語を出すまでの間を、息継ぎ回数で2回以内」「聴衆の笑いが出る前に語尾を止めない」など、妙に細かい規律が記されていたとされる[5]。なお、この表は現存せず、後年の回想録にのみ登場するため、史料批判の対象でもある。
ただし、符丁の“間”という考え方は、後述する出版本の流通網と整合するとして支持されることがある。つまり、どこで読まれ、どこで口にされるかが、語の形を固定し直した可能性があるとされるのである[6]。
出版本仮説:謄写版の速度で定着する[編集]
出版本仮説では、が“謄写版のかすれ”と相性がよかったために定着したとされる。1920年代に活況を呈した下町の印刷所では、活字のにじみを避けるため、短く区切れる語が好まれたという。ある印刷技師の手記に、アルファベット由来の語は活字の組替えコストが上がるため敬遠され、代わりに音節が日本語の平仮名に近いものが選ばれた、と記されたとされる[7]。
そこで注目されたのが、当時の英字新聞の広告欄で流行っていた“s-e-x”のような見た目の断片である。これを聞き手が「セッ・クス」と分割し、さらに笑いの間に合わせて“伸ばさない”発音へ矯正した結果、という表記が“印刷上の妥協解”として残った、と説明される[8]。
この仮説では、出版本が成立の起点であるだけでなく、語の社会的地位(隠語から流行語へ)の変化まで説明できるとされる。具体的には、1930年代の文芸雑誌の付録に掲載された“会話の見本”コラムが、引用の連鎖を通じて語を一般化させたというのである[9]。
舞台機能仮説:笑いの反射神経[編集]
舞台機能仮説は、を“観客の反応速度を調整する合図”として扱う。浪曲や寄席での言い換えが芸の一部になった頃、口上には「客席のどの列が先に笑うか」を測る暗黙の経験則があったとされる[10]。
その経験則によれば、は母音の配置がそろっているため、滑舌が悪い話者でも一定の音響が保たれ、結果として笑いの波が遅れにくかった。座の端の客が先に反応してしまうと場が崩れるため、言葉は“音の均質性”で選ばれるべきだ、という主張が出たという[11]。
さらに、1900年代後半の劇団の舞台稽古記録では、語を出す直前に“胸の張り”を1.3秒維持する、といった身体的手順が書き残されているとされる。ここだけがやけに具体的であるため、後世の脚色の可能性も指摘される[12]。
社会での運用史[編集]
は、時代とともに“言い換えの役割”を変えていったとされる。まずは都市の場末での符丁として使われ、次第に軽口や小噺へと拡張したと説明される。特に雑談の中で、話題を直接断定せずに“雰囲気だけ指す”ための曖昧装置として重宝されたという[13]。
1920年代には、検閲や自粛の網をすり抜ける言い換えとして、新聞の風刺欄や街頭放送の台本にも“匂わせ語”として現れたとされる。ある自治体の議事録に「夜間放送の文言から特定の音節が繰り返し検知された」とだけ記され、具体語は伏せられていたが、後年の研究でと推定された、という筋書きがある[14]。ただし議事録の原文解釈には揺れがあり、“別語の可能性”が残るとされる。
一方で、戦後の大衆文化では、は“危険語”から“笑い語”へと再分類される。人気ラジオ番組での即興コーナーにより、語が場の空気を読ませる記号になった結果、若者のあいだで語感の良さだけが先行して流行したとされる[15]。
ただし運用が広がるほど誤用も増えた。誤用は、親密性の話から離れて“何かを卑下する冗談”に転用される形で起きたとされ、これが後述の批判と論争につながったという整理がある[16]。
影響:出版・演芸・都市心理への波及[編集]
の社会的影響としてまず挙げられるのは、出版文化における“言い換え設計”の強化である。具体的には、出版社の校閲部門が「危険語のリスト」だけでなく、「危険語の前後に置かれる前置き表現」の組合せまで管理するようになったとされる[17]。そこでは語の難易度を点数化し、は“沈黙回避に有効だが、誤読が起きやすい”として平均-0.7点の扱いだったと記録される(この数値の根拠は不明であるが、校閲担当者の回想で言及される)[18]。
演芸の世界では、寄席の噺家が“語を使わずに語の期待だけを作る”技法を磨いたとされる。噺の途中でわざとを言いかけ、代わりに「ええと…」で切る演出が流行した時期があったという[19]。この手法は、客の推測力に依存するため、会場の年齢層で笑いの量が変動したとされる。ある会場調査では、笑いが最も多かったのは開演から27分後、次点が26分後であったとされ、測定方法の細目は失われている[20]。
都市心理の観点では、という語が“言葉の距離感”を訓練した可能性が論じられた。つまり、直接言うことを避けても話題を成立させるという社会的な折衷が、会話の作法に残ったという見方である。一部研究者は、語の流通が“断定回避の癖”を強めたとまで主張したが、反証も多く、因果は確定していない[21]。
批判と論争[編集]
には、主に二つの批判が向けられてきたとされる。第一に、曖昧装置としての機能が、結果的に差別的な語り口を許してしまう点である。具体例として、町内会の若者向け講習で“親密性を茶化す冗談”の練習が行われ、が合図語として使われたという告発があったとされる。ただし講習の実在記録が薄く、後年の匿名投稿の分析に依存しているため、真偽は争われた[22]。
第二に、世代間で意味のズレが生じた点が挙げられる。年配層はを“隠語”として認識していたのに対し、若年層は“笑い語”として受け取っていたとする指摘があり、同じ言葉でも場の規範が噛み合わない問題が起きたという[23]。この論争は、1970年代の街頭インタビューで「意味は分かるが、聞き方が違う」と繰り返されたことに端を発する、と書かれることがある。
また、誤解も批判の一部として整理される。ある言語学者は、が“英語のスペル当てクイズ”のように扱われ、語源そのものが娯楽化したことで、実際には別の符丁群が統合されてしまった可能性を指摘した[24]。ただし、この指摘は検証が難しく、最終的な結論は出ていないとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 高橋信一『都市符丁の音韻設計』東京大学出版会, 2001.
- ^ Margaret A. Thornton『Coded Speech in Street Performance』Harborlight Press, 1998.
- ^ 佐藤玲奈『検閲回避の会話術:出版校閲の裏側』中央学術出版, 2011.
- ^ 井上勉『下町謄写版の経済学』日本文芸史学会, 2007.
- ^ 山内和也『笑いの間と方言差:寄席反応の計測』Vol. 12第3号, 2014.
- ^ Klaus Reinhardt『The Timing of Slang in Urban Spaces』Journal of Social Poetics, Vol. 7 No. 2, 2005.
- ^ 小泉真理『語彙の危険度評価と校閲スコア』第4巻第1号, 2019.
- ^ 【タイトルが微妙におかしい文献】Hiroshi S. Kato『Verification of Whispered Morals』Nagoya Academic Books, 2013.
- ^ 舟木道雄『街頭放送台本の語彙検知』通信史研究会, 1986.
- ^ 古川徹『親密性の言い換え文化と世代差』関西言語文化研究所, 2022.
外部リンク
- 下町校閲アーカイブ
- 寄席口上データベース(架空)
- 都市符丁観測所
- 言い換え文化研究センター
- 笑い間計測プロジェクト