せむしの犬は西を向く
| 名称 | せむしの犬は西を向く |
|---|---|
| 別名 | 西向き犬、曲背犬礼 |
| 分野 | 民俗学・方向占い・家相 |
| 成立 | 明治40年代ごろと推定 |
| 発祥地 | 神奈川県横浜市周辺 |
| 実践方法 | 犬形の供物を西に向けて置く |
| 効能 | 旅の安全、言い争いの沈静化 |
| 禁忌 | 東向きに置くこと |
| 関連施設 | 西向き犬保存会 |
| 文献初出 | 『港湾風俗拾遺』 |
せむしの犬は西を向く(せむしのいぬはにしをむく)は、の民間信仰および方向占いの一種で、背の曲がった犬の置物をへ向けて安置することで、家内の迷いを退けるとされた習俗である。主に末期から初期にかけての港町で広まったとされる[1]。
概要[編集]
せむしの犬は西を向くは、背中の丸い犬をへ向けて据えることで運気の偏りを整えるとされた民間習俗である。犬そのものを崇めるというより、犬が「背負う」と考えられた不運を西方へ流す発想に基づくと説明される。
この習俗は、の倉庫街で荷役夫のあいだに生まれたという説が有力であり、潮風で背を丸めた老犬を模した木彫りが原型とされる。もっとも、同時期の新聞には「奇妙な縁起物」として数回しか現れず、学界では後年の脚色が多いと指摘されている[2]。
成立の経緯[編集]
港湾の見習い制度との関係[編集]
頃、の新港地区では、夜番の新人が倉庫の四隅を回って方位を確認する慣習があったという。その際、ある監督が「犬は西を向かせよ。東へ向けると帳面が荒れる」と述べた記録があり、これが後の定型句の原型であるとされる。
ただし、当時の労務帳には「犬」の文字はなく、代わりに「せむしの番木」なる不明瞭な語が書かれている。民俗学者のはこれを誤読とみなし、犬形の置物に読み替えたが、逆にこの誤読が流布の起点になったとされる[3]。
西向きの意味[編集]
西が選ばれた理由については、港町における日没の方角が倉庫の火の見と一致したため、という実務説がある。また一方で、への回帰を連想させる宗教的解釈も後年付与された。
の関東大震災後には、崩れた家屋から掘り出した犬形土偶を西へ寝かせると「再建が早い」とする噂が広まり、の下町でも一時的に類似儀礼が確認された。もっとも、再建工事の進捗とこの習俗の関連は統計上確認できないとする報告がある[4]。
儀礼と作法[編集]
実践は比較的単純で、背の丸い犬の像または犬を象った張り子をへ向け、口元に米粒を三粒、尾の付け根に塩を一つまみ置く。これを毎月の日没前に行うと、家の中の口論が減るとされた。
地方によって差異があり、の沿岸部では犬の首に赤い紐を結び、では西風が強い日は屋内ではなく縁側に置いた。なお、では「せむし」である必要はなく、背の丸さは「苦労をためこむ器量」と解釈され、やや別系統の作法として扱われた。
昭和戦前期の俗信調査では、実践者の約63%が「効果はある気がする」と回答し、22%が「置き場所が邪魔である」と答えている。残る15%は「犬がかわいそうで続かなかった」と記録され、のちにこの項目だけが民俗誌に引用された[5]。
地方差と変種[編集]
東北地方の「逆西」[編集]
北部では、あえて西向きにしたのち、毎年にだけ一度東へ回す「逆西」の作法が確認されている。これは寒気が家へ入り込まないよう、方位を半回転させて騙すのだという。
の古い聞き書きには、老婆が「犬は西を向くが、心は東を見ておる」と語ったとあり、民俗学者のあいだでは名言として扱われることもあるが、出典は刊の同人誌である。
海沿いの「潮犬礼」[編集]
では、木彫りの犬に海藻を巻きつけて西へ向ける「潮犬礼」が発達した。これは漁の帰港時に風向きを読むための簡便な装置だったともいわれ、実際には方位よりも乾燥具合の観察が目的だったらしい。
の漁具商・がに作った犬像は、背中に小さな羅針盤が埋め込まれていたと伝えられる。現物は現存しないが、町内会報に「西を向けると針が落ち着く」との記述があり、これが後の“科学的縁起物”ブームの先駆けになったとされる。
社会的影響[編集]
この習俗は、戦前のブームと結びつき、住宅広告に「西向き犬台座付き」といった文言が見られるまでになった。とくにの建材店では、玄関脇に置く専用棚を年間約1,800台販売したとされ、犬像のない棚だけが売れ残ったという逸話が残る。
また、学校教育にもわずかに影響を及ぼし、のある小学校では方位学習の副教材として犬の絵が用いられた。担任が「西はどちらか」と問うたところ、児童の半数が「犬の顔のほう」と答えたため、翌年から教員用指導案に注意書きが追加された[6]。
戦後になると迷信として距離を置かれた一方、インテリア雑貨として再流通した。特に以降は「厄除け」「レトロ港町風」の名目で復刻品が作られ、近くの土産物店では、月に最大240体が売れたという。
批判と論争[編集]
批判の中心は、そもそも「せむしの犬」という表現が差別的であるという点にある。民俗学の再検討では、元来は「背の曲がった犬」ではなく、曲がった背の形をした木の犬型器具を指した可能性が高いとされ、語の解釈をめぐって長く論争が続いた。
また、がにまとめた調査報告では、実践者の多くが実際には方位を厳密に測っておらず、「たぶん西」で済ませていたことが判明した。これに対して保存派は「厳密さがないからこそ効く」と反論し、以後、議論は学術というより生活感の問題として扱われるようになった。
なお、には一部の通販業者が「西を向くと自動で幸運が来る」と宣伝したため、相当の注意喚起が出たとする記事があるが、公告番号の確認が取れていない。
関連団体と保存活動[編集]
現在でもが内の小さな集会所を拠点に、年1回の「向き直し会」を開催している。参加者は犬の置物を持ち寄り、ひとつずつ西へ回してから、紙に願い事を3行書いて帰るのが慣例である。
保存会によれば、会員数は時点で正会員47人、賛助会員112人、犬形協力員19体である。最後の19体は統計上の扱いが雑であるが、会報では毎回きちんと名簿欄が設けられている。
また、の郷土資料館には、戦前の張り子犬と「西向き配置図」が展示されている。解説板には「配置を誤ると家鳴りが増える」とあるが、来館者の多くは犬の表情のほうを気にするという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 尾形茂三郎『港湾風俗拾遺』新潮民俗叢書, 1931年.
- ^ 村瀬房子『西向き犬と近代都市の縁起物』民俗資料社, 1958年.
- ^ H. Thornton, “Westward Facing Canines in Urban Rituals,” Journal of Asian Folklore, Vol. 12, No. 3, pp. 141-168, 1974.
- ^ 佐伯喜助『銚子漁具商報告書 付・方位と犬像』房総地方文化研究会, 1935年.
- ^ 東京民俗協会編『都市俗信再考 第4集』第2巻第1号, 1986年.
- ^ M. Enders, “The Problem of the Hunchback Dog Motif,” Folklore and Material Culture Review, Vol. 8, pp. 55-79, 1992.
- ^ 石黒澄江『関東震災後の再建儀礼と動物像』東都出版, 2001年.
- ^ K. Nakamura, “Directional Superstitions in Port Cities of Japan,” Pacific Anthropology Quarterly, Vol. 19, No. 2, pp. 201-229, 2010.
- ^ 西園寺まこと『民俗の向きが変わるとき』里山文庫, 2016年.
- ^ 高橋礼一『犬が西を向く夜 生活俗信の社会史』河川文化社, 2022年.
外部リンク
- 西向き犬保存会 公式会報
- 港町民俗アーカイブ
- 関東方位俗信研究センター
- 横浜郷土資料デジタル館
- 家相と動物像の小研究室