だからどうして?
| 分類 | 反復質問・因果確認表現 |
|---|---|
| 成立時期 | 昭和後期 |
| 成立地 | 東京都新宿区西早稲田周辺 |
| 使用域 | 会話、放送、教育現場 |
| 特徴 | 接続詞「だから」と疑問表現「どうして」の接合 |
| 初出資料 | 早稲田言語調査会『都市会話の折返し表現』 |
| 関連機関 | 国立国語研究所、NHK放送文化研究所 |
| 別名 | 因果返し、だかどう問句 |
だからどうして?は、の口語表現を基盤とする質問型慣用句であり、相手の説明を一度受け止めたうえで、因果の接続を再要求するために用いられる定型句である。後期の都市部で口承的に整備されたとされ、のちに周辺の談話分析でも注目された[1]。
概要[編集]
だからどうして?は、相手の説明に対して「理由は分かったが、その理由がなお結論を正当化していない」と感じた際に用いられる表現である。表面的には単なる反語的な問いであるが、実際には会話の主導権を取り戻すための精密な話法として機能するとされる。
この表現は、末から内の学生寮や編集部で自然発生的に広まり、の『現代若者語小辞典』掲載を契機に半ば公的な扱いを受けた。なお、一部の研究者はこれを「日本語の応答連鎖が過密化した結果、生じた都市型の短絡表現」と説明している[2]。
起源[編集]
新宿の三叉路説[編集]
有力な説によれば、だからどうして?はの路地にあった喫茶店『サムシング・ノウ』で生まれたとされる。店内ではごろ、映画学校の学生、出版社の校正者、深夜ラジオのハガキ職人が入り混じって議論を行っており、その際に「だから」の後に沈黙せず即座に「どうして?」を重ねる癖が流行したという。
この癖を最初に定型化したのは、当時の言語サークルに所属していた渡辺精一郎とされている。渡辺は、相手の説明が論理的であるほど、あえて最初の接続詞を残して問い返すことで、説明の内部矛盾を露出させられると主張した。彼のノートには「だから、の余白に怒りが宿る」と記されていたが、原本は喫茶店の水差し跡で半分判読不能である。
もっとも、この説には異論も多い。の佐倉真弓は、同表現が特定の一地点で生まれたというより、複数の方言接触と放送台本の省略技法が重なって成立したとみるべきだとしている。とはいえ、会話史において新宿が「因果の断裂点」と見なされたのは事実である。
NHKリハーサル事件[編集]
、が行った番組収録のリハーサルで、若手アナウンサーが台本の「だから」を読んだ直後に「どうして?」を付け足してしまい、スタジオ内の空気が約17秒停止した事件が知られている。制作陣は当初これを誤読として処理しようとしたが、視聴者モニターの一部が「むしろわかりやすい」と評価したため、逆に採用が検討された。
この出来事を契機に、表現はテレビバラエティを通じて全国に拡散したとされる。特にの夜間討論番組『月曜の縁側』では、司会者がゲストの長い説明に対し、わざと「だからどうして?」を三段階で繰り返す演出を行い、視聴率が通常比で2.8ポイント上昇したという記録が残る。ただしこの数字は番組終了後の再集計で1.9ポイントに修正されている[3]。
教育現場への浸透[編集]
に入ると、だからどうして?は中高生の間で「反省文の前置き」として用いられるようになった。教師が「遅刻の理由を述べなさい」と求めた際、生徒が「だからどうして?」と返す例が各地で報告され、は一時、指導資料の付録に「因果確認表現への対応」を掲載した。
一方で、国語教育の現場では、この表現が論理的思考の訓練になるとして肯定的に扱われることもあった。埼玉県の公立中学校では、に「だからどうして?」を使って三文以上の説明を再構成する授業が試験的に導入され、作文の平均文字数が14%増加したと報告されている。なお、同年度の生活指導記録では、廊下での使用件数も前年比で増加したとされるが、こちらは要出典である。
用法[編集]
だからどうして?の用法は大きく三つに分けられる。第一は、相手の理由づけの飛躍を指摘する「論理再要求型」である。第二は、すでに聞いた説明に対し、感情的には納得していないことを示す「感情保留型」である。第三は、議論を長引かせること自体を目的とした「対話延長型」で、深夜の電話や会議終盤に多く見られる。
この表現は、単なる「なぜ?」よりも一段階だけ礼儀正しく聞こえるため、の商談記録やの編集会議でも使用例が確認されている。また、語尾の上げ下げによって意味が変化し、下降調では苛立ち、平板調では確認、上昇調ではほぼ挑発になるとされる。
日本語学者の間では、だからどうして?が「接続詞と疑問詞の間にある心理的空白」を利用している点が特異とみなされる。これはにの藤井和枝が提唱した「半句追尾理論」と符合するとされ、以後、談話分析の定番例となった。
社会的影響[編集]
以降、だからどうして?は家庭内対話、職場の稟議、恋愛相談、さらには地方議会の答弁まで浸透し、いわゆる「説明の通貨」として機能した。特にの『全国口語実態調査』では、20代前半の回答者のうち38.4%が「自分はこの表現を週1回以上使う」と申告している。
また、インターネット掲示板の普及により、この表現は短文化された「だから?」に分岐したが、古典的な完全形を維持する層も根強い。音声合成ソフトの開発者が、疑問文の末尾に自然な間を作るためこの表現をモデルにした結果、合成音声が妙に責め口調になる副作用が生じたことも知られている。
なお、には民間の会話訓練企業が「だからどうして?研修」を首都圏の管理職向けに実施し、受講者の87名中53名が「会議で使いたくなるが危険である」と回答した。これに対し、同社は「危険だからこそ対話は深まる」と反論している。
批判と論争[編集]
批判の主眼は、この表現が相手の説明を論理的に検証するというより、会話を遮断する口実として使われやすい点にある。とりわけ、では指導語として用いられる一方、家庭では「話を聞いていない」と受け取られることが多く、教育的価値をめぐる評価が割れた。
また、にで行われたシンポジウム『接続詞の倫理』では、言語哲学者の上田幹夫が「だからどうして?は、説明責任を暴くのではなく、説明の再演を要求する」と述べ、会場から拍手と失笑が同時に起きた。これに対し反対派は、表現が相手に「理由の理由」を無限に求めるため、議論を終わらせる機会を奪うと批判した。
一方で、擁護派は、だからどうして?が社会における説明の形式化を促し、曖昧な権威主張を減らしたと主張する。なお、の共同研究では、この表現を日常的に使う被験者は、使わない被験者よりも「納得の保留」を明示する頻度が高かったとされるが、サンプルが都内の文系大学生48名に限られていたため、一般化には慎重であるべきである。
派生表現[編集]
だからどうして?には多くの派生表現が存在する。代表的なものに、丁寧さを強めた「ですからどうしてでしょうか」、子ども向けに軟化した「だからなんでなの」、逆に圧力を強めた「だから、どうしてなんだ」がある。いずれも語頭の接続詞を保持する点が共通しており、因果の鎖を途中で切らない構文として分類される。
地方差も興味深い。名古屋圏では「だから何でだがね」と混交し、福岡では後半が省略されて「だからどうすっと?」に近い形で用いられるとされる。これらは標準形の崩れではなく、むしろ地域ごとの対話礼儀の洗練であるという見方がある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐倉真弓『都市会話の折返し表現』早稲田出版, 1975.
- ^ 藤井和枝「半句追尾における因果再要求」『日本語学研究』Vol. 12, No. 3, 1983, pp. 44-67.
- ^ NHK放送文化研究所編『放送台本と口語の変形』日本放送出版協会, 1978.
- ^ 渡辺精一郎『だから文法の発生史』新潮社, 1981.
- ^ Margaret H. Thornton, “Reassertive Connectives in Urban Japanese,” Journal of Comparative Pragmatics, Vol. 8, No. 2, 1991, pp. 119-146.
- ^ 上田幹夫『接続詞の倫理』岩波書店, 2012.
- ^ 国立国語研究所『現代口語の再帰的疑問表現』第4巻第1号, 2005, pp. 1-32.
- ^ 青木里奈「だからどうして?の教育的利用」『月刊国語教育』第31巻第7号, 1990, pp. 18-25.
- ^ Christopher L. Watanabe, “Why Therefore? The Missing Step in Japanese Argumentation,” Asian Speech Review, Vol. 15, No. 1, 2004, pp. 201-219.
- ^ 田島あけみ『会議を止める日本語』中央公論新社, 2016.
- ^ 小泉修『だかどう問句の社会史』法律文化社, 2009.
- ^ 「現代若者語小辞典」編纂委員会『現代若者語小辞典』三省堂, 1974.
外部リンク
- 国立国語研究所アーカイブ
- NHK放送文化研究所データベース
- 新宿ことば博物館
- 早稲田言語調査会資料室
- 都市会話史研究ネット