ちゃぶ台症候群
| 正式名称 | ちゃぶ台症候群 |
|---|---|
| 英語名 | Chabudai Syndrome |
| 分類 | 家庭行動学・食卓心理学 |
| 初報告 | 1958年ごろ |
| 主な発生場所 | 日本の中層住宅・木造アパート |
| 提唱者 | 渡辺精一郎、マーガレット・A・ソーンダース |
| 関連器具 | 折りたたみ式ちゃぶ台、卓上七味入れ |
| 主症状 | 議題の逸脱、膝上書類の紛失、反転衝動 |
| 研究機関 | 日本家庭動態研究所 |
ちゃぶ台症候群(ちゃぶだいしょうこうぐん、英: Chabudai Syndrome)は、中期の日本で観察されたとされる、を囲む家庭内で意思決定が著しく先延ばしされる現象、またはその場の空気が一斉に「ひっくり返る」心理状態を指す俗称である[1]。の住宅研究会で定義が整えられたとされ、のちに家族心理学と食卓工学の境界領域として扱われた[2]。
概要[編集]
ちゃぶ台症候群は、家庭内の円卓を中心に発生する、会話が議論から感情表出へ急旋回しやすくなる状態を指すとされる。特に前後に、父親役が茶碗を持ったまま沈黙し、周囲がその沈黙の意味を過剰に解釈する局面で顕著であるとされている。
この概念は、後半にとの住宅事情を比較していた調査班が、同じ家族構成でもちゃぶ台の有無によって「決定の完了率」が大きく異なることに気づいたことから広まった。のちにの準備委員会資料にも断片的に引用され、半ば学術語、半ば家庭用の警句として定着した[3]。
名称の由来[編集]
名称は、を「回転式の感情増幅装置」とみなしたの比喩的報告書に由来するとされる。報告書では、脚の短い卓が視線を低く保ち、家族の表情差を必要以上に強調するため、些細な不満が「症候群」化しやすいと説明されていた。
一方で、の民俗学者・小野寺久子は、名称が先に広まり、病態の中身があとから作られた典型例であると指摘している。もっとも、同書の注釈では「ちゃぶ台は見た目よりもよく人を黙らせる」とも書かれており、研究者自身も完全には整理できていなかった節がある[要出典]。
歴史[編集]
前史[編集]
前史としてよく挙げられるのは、末期から初期にかけて流行した「居間の中心化」運動である。これは食事、書き物、縫い物、反省会を一つの卓上で完結させる生活合理化の試みで、の住宅改善資料にも似た記述が見られる。
しかし、ちゃぶ台症候群の直接的原型とされるのは、鎌倉市の借家で行われた「沈黙実験」である。ここでは一家四人が七日間、夕食時に一切の否定語を使わずに会話するよう求められたが、四日目に父が味噌汁の蓋を閉じたまま一時間動かなくなり、観察記録上「最初の発作」とされた。
定義の確立[編集]
、の渡辺精一郎らは、文京区の旧下宿を改装した調査室で、ちゃぶ台の直径と家族間摩擦の関係を計測した。直径未満では口論が短く、を超えると口論が長文化するが、前後で最も急激に「ひっくり返し願望」が高まるという、妙に具体的な結果が報告されている。
同年秋には、米国の来日研究者マーガレット・A・ソーンダースがこれを英語圏に紹介し、の表記が一部の心理学便覧に採用された。なお、彼女は帰国後に食卓の脚を折りたたむ習慣を「低姿勢型家族儀礼」と呼び、シカゴの学会で喝采を浴びたという[4]。
普及と変容[編集]
に入ると、ちゃぶ台症候群は家庭病理だけでなく、会議運営や学校給食の座席配置にも転用されるようになった。とくにの中小企業では、社内会議の机を円形にすると役員の発言が増える一方、決裁保留が増えるという社内報告があり、経営コンサルティングの題材にされた。
その後、の『家庭と反転衝動』キャンペーン以降は、症候群の予防法として「卓上に角砂糖を置かない」「湯のみは左回りに配る」といった半ば迷信的な対策が広まった。家庭用品メーカーのは、脚部に微細な滑り止めを付けた「静穏ちゃぶ台」を発売し、初年度だけでを出荷したとされる。
症状[編集]
典型的な症状は、議題の先送り、箸の停止、家族内の視線の集中、そして突然の沈黙である。特に、祖母が「まあまあ」と言った直後に発症率が上昇し、家族全員が茶の湯気を見つめ始める現象は「湯気凝視」と呼ばれる。
また、重症例では、食後に出すはずだった書類がご飯粒の下から発見される、あるいは子どもの宿題が味噌汁の蓋の裏に挟まれているといった、家庭内オフィス化の症状が見られる。研究班はこれを「膝上資料流通障害」と分類したが、実際には多くが単なる置き忘れであったとみられている。
社会的影響[編集]
ちゃぶ台症候群は、戦後日本の家庭像を象徴する語として、雑誌、ラジオドラマ、住宅展示場のコピーに頻繁に登場した。とくにの生活改善番組では、円卓の前で家族の発言権が均等化するという、きわめて理想的な図式が繰り返し示され、視聴者から「うちでは先に食卓が回る」との投書が相次いだ。
一方で、1980年代には企業の会議室でこの語が逆輸入され、上司が会議を長引かせる言い訳として用いる事例が増えた。港区の広告代理店では、円卓会議のあとに必ず議事録が二重化するため、秘書課が症候群対策マニュアルを作成したという。
批判と論争[編集]
批判の多くは、この症候群が医学的な診断名ではなく、生活様式を病名化しただけではないかというものであった。とりわけの社会行動学講座は、ちゃぶ台よりも家族内の権力配分のほうが重要であるとし、卓の形状に原因を帰すのは単純化が過ぎると述べた。
ただし反論側は、実験で長方形テーブルより円形テーブルのほうが「言い出しにくい本音」が出やすいと主張し、調査票の自由記述欄に「誰かがまずひっくり返すべき」と書かれた例を多数示した。なお、最終報告書の附録Bでは、比較に用いた円卓の一部が実はの転用品であったことが明かされ、議論はさらに混乱した[5]。
現代における扱い[編集]
以降、ちゃぶ台症候群は実在の病名というより、家庭内コミュニケーションのメタファーとして用いられることが多くなった。現代では折りたたみ式テーブルの普及により症例数は減少したとされるが、在宅勤務の増加で「昼食を挟んだまま午後の議題が凍結する」新型の派生例が報告されている。
にはのNPO「卓上文化保存協会」が、症候群を逆手に取った啓発展「ひっくり返さない家族会議」を開催し、来場者のうち約が「自宅の会議テーブルを見直したい」と回答した。もっとも、同展のメイン展示はなぜか昭和の脚付きちゃぶ台ではなく、脚が片方だけ短い試作品であり、来場者からは「これではもっと悪化する」との感想もあった。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『家庭円卓における反転衝動の計量』日本家庭動態研究所紀要 第12巻第3号, 1959, pp. 41-68.
- ^ Margaret A. Saunders, “On the Chabudai Reflex in Postwar Tokyo,” Journal of Domestic Anthropology, Vol. 8, No. 2, 1961, pp. 115-139.
- ^ 小野寺久子『ちゃぶ台と沈黙の民俗学』青霧書房, 1970.
- ^ 田所義信『食卓工学入門――円形家具の社会作用』東京生活科学出版, 1974, pp. 9-33.
- ^ Harold K. Wrenn, “Table Geometry and Familial Delay: A Comparative Study,” Pacific Review of Social Habits, Vol. 14, No. 4, 1978, pp. 201-227.
- ^ 三浦和雄『昭和住宅の会話装置としてのちゃぶ台』住宅史研究会年報 第5号, 1983, pp. 77-102.
- ^ 佐伯みどり『ひっくり返らない家族のために』生活文化新書, 1991.
- ^ K. Endicott, “The Low-Profile Dining Rituals of Japan,” East Asian Domesticity Quarterly, Vol. 21, No. 1, 1998, pp. 3-19.
- ^ 『家庭と反転衝動』編集委員会『家庭と反転衝動――1972年キャンペーン総括報告』内外家庭文化協会, 1973.
- ^ 森下理恵『卓上の沈黙とその破綻』日本家政学会誌特別増刊, 第44巻第7号, 2006, pp. 88-114.
外部リンク
- 日本家庭動態研究所アーカイブ
- 卓上文化保存協会
- 昭和住宅資料デジタル館
- 食卓心理学会
- 円卓生活史センター