つくるくるー
| 分野 | 市民参加型の学習・コミュニティデザイン |
|---|---|
| 起源とされる地域 | 横浜市の周縁地区(とされる) |
| 成立時期(仮説) | 代後半 |
| 中核行為 | 試作→修正→再公開の反復 |
| 典型的な場 | 公民館・児童館・小規模工房 |
| 関連語 | 回遊制作、循環共有、つくり直し会 |
| 批判点 | 成果の定義が曖昧になりやすい |
は、回遊的に仕組みを「作っては直し、直しては共有する」ことを主眼とする、発のコミュニケーション文化として語られてきたものである。特にの場づくりやの学習運用で言及されることが多い[1]。なお、語源には諸説があるとされる[2]。
概要[編集]
は、単発の「ものづくり」を最終目的にせず、制作の工程そのものを公開可能な学習資源として扱う考え方であるとされる。言い換えると、作ったら終わりではなく、作ったものを“材料”として次の参加者に渡し、改善の輪(くるー)を回すことが重視されたとされている。
そのため、具体的な作業はやに寄せられ、完成品の見栄えよりも、なぜ直したのか・誰がどの段階で迷ったのかといった記録が価値になると説明されることが多い。もっとも、「どの程度の修正で“つくるくるー”と認めるか」については、地域ごとに暗黙のルールが作られたという指摘もある。
語感は遊び心のある造語として流通したが、実際には行政文書や教材の“運用指針”に近い粒度で定義される例もあった。とりわけ、や自治体の学習推進委員会では、活動時間を分単位で切り分け、記録様式まで指定した運用が行われたとされる[3]。
語源と定義[編集]
語源については、もともと横浜の港寄り地域にあった「回る倉庫(くらおく)を見学する会」を、参加者が口頭で「くるー、くるー」と言い慣らしたことに由来するという説がある。もっとも、この説はのちに教材化される過程で、倉庫見学ではなく“制作台車”が比喩として前面に出たともされる[4]。
定義上の特徴は、反復の回数が“形式”として扱われる点である。に作成されたとされる内輪のガイドには、「最低3回の修正」「公開は作業後24時間以内」「改善メモは1件につき30語以内」といった項目が記されていたとされる。ただし、これらの数字は後年、別の運用文書に引用される際に“数字だけ”が独り歩きしたとも指摘されている。
また、似た概念として的な思考やが語られることもあるが、は「心の態度」より「手順の公開」を優先する、という区別が強調されてきた。一方で、公開手順の整備に時間がかかるため、忙しい現場では“理念だけ残り、運用が形骸化する”という現象も観測されたとされる[5]。
なお、ネット上では「作る→作り直す→作り足す」を“口で回す呪文”のように扱う用法も広まったが、公式には文章化された定義が重視されたという。ここに、言葉の軽さと制度の重さが同居していたと考える研究者もいる[6]。
公式運用での“認定条件”[編集]
ある自治体の公民館運営要領では、を名乗る活動に「記録様式Aの提出」「改訂履歴の添付」「次回参加者への質問欄の設置」の3条件が必要とされた。とくに改訂履歴は“箇条書きでなく、矢印付きの時系列”で示すよう求められたという。
ここで面白いのは、質問欄に書かれた質問が翌月の参加者数と相関した、という報告が残っている点である。相関係数はとされ、統計手法は「簡易順位相関」だったとされる[7]。ただし、記録者の熱意が高い回ほど質問欄が増えるだけではないか、という異論も同時にあった。
民間団体による“過剰適用”[編集]
民間の学習塾では、教材の改訂にの様式を当てはめようとし、「単元は必ず2回“つくり直し”する」運用を導入したとされる。その結果、子どもが同じ作業に“慣れてしまう”問題が起き、進路説明会で保護者から「改訂ばかりで定着しない」との苦情が出たという。
一方で、改訂のたびに“迷いのログ”が残るため、家庭学習で「どこで躓いたか」を親が確認しやすかったとも報告された。つまり、つくり直しが学習の監査記録として働いた面があったと考えられている。ただしこの評価は、塾側の広報にも依存しており、第三者検証の不足が批判の論点になった。
歴史[編集]
は、1990年代後半の「学びの地域分散」を促す気運のなかで、偶然の工房運営から制度の言葉へと滑り込んだ概念として説明されることが多い。きっかけは、横浜の小規模な共同倉庫で、雨の日にだけ開く“外部講師なし制作会”が常連化したことだとされる。
当初は「子どもが作ったものが翌週には別の子の素材になっている」ことが観察され、それを運営担当が冗談で「つくるくるーやね」と言ったのが始まりだと語られた。のちにこの言い回しが、参加者募集のチラシに“活動名”として載り、さらに教育委員会の研修で「試作の循環性」という文言に翻訳されて定着したとされる[8]。
ただし、定着の過程には摩擦もあった。制作会の“記録文化”が強くなった結果、当事者が疲弊し、「直すために作っているのか、学ぶために直しているのか分からない」との不満が出たという。これに対し、研修資料は「修正は学びの証拠」と強調したが、現場では“証拠が増えすぎる”問題が残った。
一部では、行政が言葉を取り込む際に、当初の遊び心よりも形式を先に固めたため、逆に柔軟性が失われたのではないかと批判された。その後、前後からは記録様式の簡略化が進められ、分数方式(例:50分制作+10分振り返り)へと移行したとされる[9]。
横浜・倉庫会の逸話(“数字の怪物”編)[編集]
1999年のある回では、参加者が掲示板に「修正は3回以上」と書いたところ、翌週から全員が修正回数を“計測”し始めたという。運営は慌て、修正回数を減らすのではなく、測定を“学習に従属させる”方針に切り替えたとされる。
その結果、記録は「修正回数」から「改善の理由数」へ移り、理由の数は1プロジェクトあたり平均件に収束したと報告された。報告書では、理由の文章量が一定になるよう「句点は最大個」といったルールまで作られたとされる[10]。このあたりは後世の編集で誇張された可能性もあるが、少なくとも“運営が細部を統制し始めた”兆候として語り継がれている。
全国展開と“誤読”[編集]
、自治体向けの研修冊子で「つくるくるー=完成前の公開」と説明されたことで、現場の解釈が割れたとされる。完成前の公開なら著作権や安全面の懸念が増えるため、学校では“完成品に見える程度の段階公開”が求められた。
この結果、制作物が必ず“見た目の一体性”を持つ必要が生まれ、試作らしさが薄れるという逆転現象が起きたとされる。そこで一部の教員は「見た目を整えるのではなく、整える作業を学びの対象にする」と方針転換した。つまり、つくるくるーは公開だけの話ではなく、“整える理由の共有”へと拡張されたのである。ただし、その拡張が強すぎて「結局は説明責任の文化になった」という批判も生まれた[11]。
具体的な運用例(現場の物語)[編集]
つくるくるーの典型例として、学校の放課後クラブで行われた“風の模型”プロジェクトがある。参加者は模型を作り、次の回で別の班がそれを解体して観察し、最後に元の班が“自分たちの意図をどれだけ説明できたか”を振り返ったとされる。
ここで特徴的なのは、振り返りの質問が固定化されていた点である。質問欄には「あなたが直した点は、観察できた事実とどう結びつくか」「直さなかった点は、次に誰がどう使うか」が含まれていたとされる。運営担当は、これらの質問が“直す前提”を強制しすぎないよう、回答時間をに制限したと述べている。
また、公民館では高齢者向けに“工具を貸す”運用が導入され、利用者が工具の使い分けを動画で残す仕組みが作られたという。動画の長さは1本あたり最大と決められ、超過した場合は「要点だけ」を再編集するルールが課されたとされる[12]。ここで再編集が発生するたびに、編集側が“新たな作者”として認定される運用が行われ、参加者の誇りが高まったと報告された。
ただし、誇りの高まりは時に摩擦も生む。ある回では、編集者が“自分の視点”を強調しすぎて、元の作業者が「直すのは学びであって、上書きではない」と訴えたとされる。以後、動画には必ず「修正の意図」をテロップで添えるよう改訂されたという。
批判と論争[編集]
批判の中心は、が理念としては美しい一方で、運用すると“やり直しの無限化”に近づく点にあったとされる。特に成果が数値で評価される場面では、修正や共有が目的化してしまい、学習の内実が薄れる危険があると指摘されている。
また、記録の負担が過大になるという問題もある。細かい数字(句点数や分数)が独り歩きすると、参加者は学びよりも“規格”を満たすことに集中し、肝心の疑問が後回しになるとされる[13]。この批判は、教育関係者の間で「言葉の管理」への警戒として受け止場を広げた。
一方で、擁護の側は、記録が透明性を生み、改善の根拠を共有することで学習の再現性が高まると主張した。特に、手順を残すことで、次の参加者が迷う時間を減らせたという報告もある。結果として、つくるくるーは“時間短縮の制度”としても読まれたが、当事者の間では「短縮のための反復になっていないか」が論点として残り続けた。
なお、もっとも奇妙な論争として、「つくるくるーは実は騒音対策だった」という推測が広まったことがある。研修資料の一節が「反復はリズムであり、騒音のピークを分散する」と解釈されたことで、工具音が軽減された事例が引用され、語源説が別方向へ膨らんだとされる。ただし、この説は出典の所在が曖昧で、検証は進んでいないという記述が付されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田中澄人『地域学習の運用言語:現場から見たガイドライン』青灯書房, 2007.
- ^ Margaret A. Thornton『Iterative Sharing in Civic Education』Spring Harbor Press, 2011.
- ^ 横浜市教育局『放課後クラブ運営要領(試作・共有編)』横浜市教育局出版部, 2000.
- ^ 伊藤礼子『“直して残す”記録文化の設計』学習工学研究会, 2009.
- ^ 佐々木康介『回遊するものづくり:つくるくるーの現場観察』日本コミュニティ学会誌, 第12巻第3号, pp.12-29, 2013.
- ^ Kenta Watanabe『Micro-revision Constraints and Participant Energy』Journal of Workshop Dynamics, Vol.8 No.1, pp.41-58, 2014.
- ^ 文化庁学習企画室『学びの循環モデル:誤読を含む実装記録』文化庁資料集, 第2輯, pp.5-88, 2016.
- ^ 鈴木梓『教育制度に取り込まれる遊び:言葉の翻訳過程』教育社会学研究, 第27巻第2号, pp.77-103, 2018.
- ^ Dr. Margaret A. Thornton『Iterative Sharing in Civic Education(増補版)』Spring Harbor Press, 2011.
- ^ 日本教材規格協会『学習メモ様式Aの改訂履歴運用』日本教材規格協会, 1998.
外部リンク
- 回遊制作アーカイブ
- 横浜公民館・試作記録データベース
- ワークショップ運用研究会
- 教材様式Aコレクション
- 地域学習ガイドライン倉庫