ですけんとおじさん
| 別名 | ですけん節、叔父説得式、Deskent-enkun |
|---|---|
| 主な伝播地域 | 周辺、南部、稀に |
| 主な用途 | 路上対話、討論会の“つかみ”、市民講座の導入 |
| 登場時期(伝承) | 後半〜初頭 |
| 語源とされる要素 | “です(丁寧体)”+“けん(健)”+“と(接続)”+“おじさん(語り手)” |
| 関連組織(言及されることがある) | ・民間団体複数・“おじさん会”と称する組織 |
は、を中心に「説得」と「演説」を連結する口上として流布したとされる、半ば都市伝説的な呼称である。もともとは地域の路上教育運動で用いられたと説明されることが多いが、記録の系譜が複数に分岐している点が特徴である[1]。
概要[編集]
は、雑多な情報に対して「だから結局どうするの?」を丁寧語のリズムで押し出す話法、あるいはその話法を体現すると語られる人物像を指す名称である。
一般には、路上で配られるチラシを前にして立ち止まった人に向け、丸めた紙束を小さく掲げつつ「まず聞いてください、ほんでこちらも大事なことがあるんです」といった調子で始める、とされる。なお、初期の伝承では“おじさん”は実在の高齢男性を意味していたが、のちに“声の型”だけが独り歩きし、呼称だけが固定化したとされる[2]。
この呼称は、学術的には「口上の型(トーク・パターン)」として言及されることが多い。一方で、語りの多くが駅前や商店街で語られた体験として記憶されており、記録性は高くないと指摘されている[3]。そのため、本文脈に応じて意味が伸縮する“実務用語”としても扱われている。
概要の選定と成立経緯[編集]
呼称が成立した背景には、域で流行した「歩行者対話」キャンペーンがあると説明されることが多い。ここで重要なのは、単なる説教ではなく、聴き手が“自分の判断を保ったまま”話を持ち帰れるよう設計された点である。
具体的には、対話の導入部分に「ですけんとおじさん式の三段接続」があるとされる。すなわち、(1)丁寧な前置き(“です”)、(2)健康・安心の比喩(“けん”)、(3)結論への回路(“と”)である。もっとも、この三段接続は複数の派生形が報告されており、当初から統一手順だったのかは確定していない[4]。
また、社会の側の受容要因として、の一部で試行された“会話に使える広報文体”の規程が挙げられている。規程では、相手を動かす言葉を増やすのではなく、相手の言葉を省略せず返すことが推奨されたとされる。その結果として、相手の沈黙を「次の一文の準備」とみなす話法が歓迎され、が“説明の肩代わり”として機能したと語られる[5]。
歴史[編集]
路上教育運動と“丁寧圧”の発明(伝承)[編集]
最初期の伝承では、にので開催された「聞いてから渡す」講習が起点とされる。講師役は“おじさん”と呼ばれ、苗字だけが記録に残っているが、資料の整合性がないため実名特定は難しいとされる[6]。
一方で、地域紙の回想記事では、講習の参加者が「延べ1,246人」「配布紙1枚あたりの折り目が3点」「開始時刻が19時07分で固定」といった細目で記されている。これらの数値は再現性の検証ができないものの、記事の筆者が“正確そうに見える記憶”を採用した可能性がある、と後年の編集者が述べたとされる[7]。
この運動で洗練されたのが、丁寧語の語尾を“圧力”ではなく“温度”として扱う技法である。丁寧語が持つ摩擦を、相手の言葉の輪郭を守るために利用する、という発想が受け入れられ、商店街の店先での短い対話へと転用されていったと説明される。
制度化の失敗と“おじさん会”の分裂(伝承)[編集]
、運動の担い手の一部はに対し、“会話導入フォーマット”の採用を働きかけたとされる。提案書は「全校配布用の口上テンプレート」として提出されたが、学年ごとの言葉遣いに関する調整が間に合わず、実施は翌年度に“先送り”扱いとなった。
ところが、先送りの間に民間団体が独自に教室で試験導入した。その結果、ある団体では“ですけん”の部分を「根拠(けん)」と解釈し、統計の話に接続した。別の団体では“けん”を「憲(けん)=ルール」に見立て、交通マナー講習に接続した。ここで“と”が接続詞として機能するはずが、各団体の理念に引きずられて意味が増殖した、と後年にまとめられた[8]。
また、同時期に「おじさん会」と称する互助組織が複数作られ、互いに名乗りを正当化したため、の像が“話法の共有者”から“理念の看板”へと変質したとされる。なお、その頃から「おじさんの帽子の色は臙脂(えんじ)である」など細部の伝承が増えたと報告されており、社会学的には“共同体の符号化”として扱われている[9]。ただし当時の写真資料の有無は不明である。要出典に近い扱いが付く場面もある。
インターネット時代の“音声ミーム化”[編集]
に入り、駅前での掛け声が短い音声クリップとして回覧されるようになると、は“聞き取りやすい語尾”として記憶されるようになった。特に、語尾の伸ばしが0.6秒から0.9秒の範囲に収まるとされ、視聴者が「真面目なのに圧が少ない」と感じる理由として整理されたとされる[10]。
この段階では、実在人物の有無は二の次になり、代わりに「その場で返答を引き出す型」を誰もが模倣できることが価値となった。結果として、対話の品質は上がったという意見と、対話が“型”に回収されることで個別性が失われるという批判が同時に出現した。
また、地域の自治体イベントでは、司会の導入文にだけ“ですけん”を残す運用が見られ、完全な再現ができなくても雰囲気だけが成立する点が普及を後押ししたと説明される。なお、いくつかの動画では“おじさん”が白い傘を使用しているが、傘が象徴なのか単なる偶然なのかは議論が続いている。
社会的影響[編集]
は、説得の技術を“言い切り”から“聞き返し”へ寄せた象徴として語られることが多い。特に、自治会やPTA、地域の安全講習で短時間の場が設計される際に、導入文が“衝突を遅らせる装置”として利用されたとされる[11]。
また、言葉の教育への影響も指摘される。丁寧語は敬意を示すもの、という理解に加え、丁寧語が相手の思考の速度を守る働きをする、という説明が広まった。これにより、教師が叱る場面で「あなたが悪いです」ではなく「あなたの判断の前提、聞かせてくださいです」といった置き換えが増えた、と学校現場の回想では語られる[12]。
ただし、影響が強すぎる場合、対話が“いつでも終着点を用意する演説”に見える危険がある。そのため一部では、を「対話の始め方としては有効だが、対話の終わり方は別に設計するべき」とするガイドラインが出されたとされる。
批判と論争[編集]
批判の中心は、が“説得のための言い換え”として利用される点にある。丁寧に言うほど相手が拒否しにくくなり、結局は誘導ではないか、という疑問が繰り返し提示されている。
また、語源の扱いにも論争がある。“です+けん+と+おじさん”という分解が説明される一方で、分解自体が後付けの命名である可能性がある、と指摘されることがある。ある編集者は、音声ミーム化の過程で意味の語呂合わせが作られた可能性を示唆したというが、裏取りはされていない[13]。
さらに、実在人物への同定が試みられたことも争点となった。特定の高齢者の名を流用しようとした動きがあり、遺族や関係者からの反発があったとする記述が一部に見られる。ただし出典の提示が弱く、噂の域を出ないとされる[14]。一方で、これらの騒動が逆に呼称の強度を高めたとも言われ、論争が普及の燃料になった側面がある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山口信也『駅前対話の社会史:丁寧圧の系譜』大阪文庫, 2006.
- ^ Katherine R. Morgan “Discourse Templates and Community Compliance,” Journal of Urban Speech, Vol. 12, No. 3, pp. 41-58, 2011.
- ^ 中村澄人『ですけん言語の韻律と0.7秒』関西言語研究会, 2014.
- ^ 林田真琴『学校現場における返答設計—叱責から聞き返しへ』教育実務叢書, 第7巻第1号, pp. 12-29, 2018.
- ^ 大阪市教育委員会『歩行者対話モデル試行報告(1992年度版)』大阪市, 1993.
- ^ 田中良介『“おじさん会”の名乗りと分裂』民間教育フォーラム論集, Vol. 5, pp. 77-103, 2009.
- ^ Satoshi Kondo, “Micro-rituals in Public Negotiation: A Case Study,” Bulletin of Applied Pragmatics, Vol. 9, Issue 2, pp. 101-129, 2016.
- ^ 堀内礼子『商店街の導入文:説得と摩擦の距離』神戸市出版局, 2002.
- ^ Eleanor J. Whitmore “The Etiquette of Influence,” International Review of Communication, 第3巻第4号, pp. 210-233, 2013.
- ^ (疑義あり)佐々木光『天王寺区“聞いてから渡す”講習の真相』街角アーカイブ研究所, 2001.
外部リンク
- Deskent Archive(音声クリップ倉庫)
- おじさん会データベース
- 大阪路上対話マップ
- 丁寧圧研究センター
- 会話導入フォーマット実験室