どれん湯
| 名称 | どれん湯 |
|---|---|
| 読み | どれんゆ |
| 英語表記 | Dorenyu |
| 分野 | 入浴文化・衛生工学 |
| 起源 | 江戸時代後期(通説) |
| 発祥地 | 東京都墨田区周辺とされる |
| 主材料 | 高温湯、竹製栓、真鍮製どれ管 |
| 代表的用途 | 保温、疲労回復、湯花の沈降促進 |
| 現代の位置づけ | 一部の銭湯と温浴施設で継承 |
どれん湯(どれんゆ)は、の底に設けられた微細な孔から湯を循環させることで、保温と老廃物の分離を同時に行うとされる発祥の入浴法である[1]。もともとは後期ので試みられた排水技術に由来するとされ、のちに「身体を温めながら心身の“どれ”を整える」生活習慣として普及した[2]。
概要[編集]
どれん湯は、湯を張ったやの底部から極少量を抜きつつ、同時に上層へ新しい湯を回すことで、浴湯の温度と透明度を保つ入浴法である。一般にはの下町銭湯に残る技術として語られるが、実際にはの寒冷地で生まれたという説もあり、起源には諸説がある。
この方法は、単なる排水ではなく「湯の巡りを整える」行為として扱われ、入浴前に三度湯をかき回す作法や、入浴後に足裏を布で拭う儀礼まで含むことがある。なお、湯面に浮く泡の形で当日の体調を読む「泡相診断」が付随していたという記録もあるが、これについてはとされている。
歴史[編集]
起源伝承[編集]
最古の伝承では、11年()、の湯屋「松の井湯」に勤めていた配管職人・が、冬季に湯冷めを訴える客を減らすため、樽の底に開けた小孔を竹筒で制御したことが始まりとされる。与兵衛は元来、仕事の余り材で湯釜を補修していた人物で、偶然にも湯の濁りが少なくなる現象を確認したという。
その後、近隣の湯屋で「どれが抜け、湯が残る」ことから「どれ抜き」と呼ばれ、やがて語感を整える商標的配慮から「どれん湯」に改められたとされる。もっとも、この改称を主導したのが誰であったかは不明であり、では期の後付けではないかとの見方もある。
制度化と普及[編集]
20年代に入ると、東京のが公衆浴場の衛生基準を整備する過程で、どれん湯の「循環しながら沈殿を促す」考え方に注目した。特にの冬季調査では、通常の湯船と比べて浴槽底部の温度差が平均1.8度低いにもかかわらず、入浴後の満足度が12%高かったとされ、これが各地の銭湯経営者の関心を集めた。
期にはやの浴場にも技術者が派遣され、真鍮管の口径を4分、5分、6分で比較する実験が行われた。とりわけの「中之島実験」では、6分管を用いた場合に湯花の再浮遊が最も少なく、当時の新聞はこれを「湯の静粛化」と評した。しかし、同実験の被験者の多くが銭湯常連であったため、統計の中立性には疑義がある。
戦後の再評価[編集]
後、どれん湯は一時的に「贅沢な湿式設備」とみなされ、簡略化の波の中で姿を消しかけた。だが、の下部研究班が、寒冷地における湯温維持と入浴時間短縮の両立に役立つとして再評価し、の公営浴場を中心に再導入が進められた。
この時期に普及した「自動どれ弁」は、浴槽底の圧力差で作動する単純な機械であったが、操作音が「コポン」と鳴ることから子どもに人気があった。なお、の札幌市営浴場連合会の報告書には、導入後に遅刻者が2割減少したと記されているが、原因がどれん湯そのものか、冬季の交通事情改善かは判然としない。
技術[編集]
どれ管と竹栓[編集]
どれん湯の中核部品は「どれ管」と呼ばれる短い排液管で、内径は施設規模により9〜18ミリメートルの範囲に収められることが多い。竹栓は通常、産の真竹を半年以上乾燥させたものが用いられ、表面に蜜蝋を塗ることで滑りを調整する。
職人の間では、どれ管の角度が3度ずれるだけで「湯の機嫌が悪くなる」と言われ、実際に老舗浴場では毎月1回、を用いた点検が行われる。もっとも、角度の精度を巡るこだわりは過剰であるとの批判もあり、のまま残る慣習も少なくない。
湯花分離理論[編集]
どれん湯を支持する技術者は、湯花が沈むことで皮脂汚れの再付着が抑えられると主張してきた。この理論はの元技師・がに発表した「層流沈降説」によって体系化されたとされ、以後、銭湯経営者の間で広く受け入れられた。
ただし、同説の基礎データは湯温38度・入浴者数7名という極めて限定された条件下で得られたもので、現代の浴場学では「限定的に有効」とする穏当な評価が多い。それでも、湯面に生じる細かな渦を観察する愛好家は多く、週末のでは観湯会が開かれることもある。
文化的影響[編集]
どれん湯は衛生技術としてだけでなく、「溜め込まず、巡らせる」という生活哲学の比喩としても流通した。昭和中期のでは、「家計も湯もどれんで回す」という標語が掲げられ、節約と循環の象徴として子ども向け啓発教材に採用されたことがある。
また、にはテレビ番組『お湯の向こうに』で紹介された影響から、家庭用風呂桶の底に小型の模造どれ管を取り付けるブームが起きた。もっとも、これによって浴槽の底にビー玉や入浴剤の欠片が吸い込まれる事故が相次ぎ、には1978年だけで84件の苦情が寄せられたとされる。
地方文化としては、の一部で入浴前に茶を一口飲んでから湯へ入る「茶前どれん」、の寒村で足湯に短い排液口を設ける「すげどれ」など、派生習俗も確認されている。これらはどれん湯の本流ではないが、民俗学者の関心を集めてきた。
批判と論争[編集]
どれん湯には、衛生面の有効性を評価する声がある一方で、設備費が通常の浴槽より18〜23%高くなるため、導入負担が大きいという批判がある。また、底部の配管清掃を怠ると湯が「逆どれ」状態になり、ぬるみと臭気が増すとして、の議会で問題化した。
さらに、どれん湯愛好家の一部には、入浴時間を「三回呼吸+七回かき混ぜ+一分静置」と厳密に守るべきだとする急進派がおり、これに反発する実用派との対立がしばしば報じられた。両者の会合はたびたび紛糾したが、最終的には「湯に正しさを求めすぎない」という中間案で収束することが多かった。
なお、にの外郭団体がどれん湯を「生活文化遺産候補」として調査した際、調査員が試験浴中に記録帳を濡らしたため、一部の写真資料が判読不能になった。この逸話は、どれん湯がいかに現場主義の文化であるかを象徴するものとして語られている。
現代の展開[編集]
現代では、やの一部温浴施設で、観光客向けに簡略化されたどれん湯体験が提供されている。多くは底部の排液を実際には行わず、音だけを再現する装置を用いるが、それでも「本物に近い」と評されることがある。
には、浴場関連企業がIoT制御の「スマートどれ弁」を発表し、スマートフォンから湯温と排液量を1ミリリットル単位で管理できるようにした。発表会では担当者が「湯の気分を数値化した」と述べたため、SNS上で大きな話題となったが、専門家の間では「便利だが説明が雑」との評価が優勢であった。
一方で、古典的な手作業によるどれん湯を守る職人も少なくない。の老舗浴場「湯けむり館」では、今も毎朝5時40分に栓の締まりを指で確かめる習わしが続いており、常連客はその所作を見て「今日の湯は正しい」と判断するという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 菅原与一郎『どれん湯考』松の井出版、1897年。
- ^ 増田栄作「浴槽底部の層流沈降に関する一考察」『東京工業試験場報告』Vol. 12, No. 4, pp. 33-58, 1934.
- ^ 東京府衛生局『公衆浴場改良史料集 第3巻』東京府資料刊行会、1901年。
- ^ 佐伯美津子『湯の巡りと都市生活』日本入浴文化協会、1959年。
- ^ H. K. Thornton, “Drain-Valve Rituals in Urban Bathhouses,” Journal of Hygienic Infrastructure, Vol. 8, No. 2, pp. 101-119, 1967.
- ^ 中村修平「どれ管の角度誤差と泡相の変化」『生活技術研究』第21巻第1号, pp. 14-29, 1978.
- ^ Department of Bathing Studies, The Dorenyu Handbook, East Metropolitan Press, 1982.
- ^ 小林千代子『現代銭湯の民俗誌』岩波風書店、1991年。
- ^ A. W. Mercer, “The Sociology of Warm Water Circulation,” Baths & Society Review, Vol. 15, No. 1, pp. 7-26, 2005.
- ^ 東京都温浴技術協会編『スマートどれ弁導入白書』都湯新報社、2022年。
外部リンク
- 日本どれん湯保存会
- 下町浴場文化アーカイブ
- 東都温泉機工 公式技術資料室
- 全国どれ管職人連盟
- 観湯学会デジタル年報