なばば
| 分類 | 音声呪句(民間口承) |
|---|---|
| 主な伝播地域 | 道央からにかけての商店街 |
| 成立の時期(流行説) | 30年代後半〜40年代前半 |
| 形式 | 二拍の反復(「な・ば・ば」) |
| 関連概念 | 運置換、縁切り札、口上録 |
| 言及媒体 | 商店街の寄席台本、地域紙、個人の記録ノート |
なばば(英: NABABA)は、主にの民間迷信圏で「運の置き換え」を行うと語られる、音声呪句の一種である[1]。戦後に一時的な流行を見せたが、その効能は科学的に証明されたものではないとされる[2]。
概要[編集]
は、口伝とともに記録されることがある音声呪句であり、「悪い流れを別の出来事へすり替える」ことを目的に唱えると説明されることが多い[1]。
呪句の当事者は「声の高さ」「息継ぎの位置」「唱える前に触れる物」を細かく定める傾向があるとされ、特に商店街の小規模な寄席文化と結びついて広まったと語られる[3]。一方で、同じ地域でも家ごとに「なばば」の節回しが異なり、その差異が“効き目”の差として扱われたとも指摘されている[4]。
語源と概念の成り立ち[編集]
音節が運搬体として扱われた経緯[編集]
この語が「何かの略称」だとする見解もある。たとえば、周辺で配布されたとされる《簡易掲示案内》の手書き伝票に、受付係が「なばば」とだけ記していた欄があった、という逸話がある[5]。伝票はのちに回収され、住民の間で「記号に魂が宿る」などと解釈されたとされる。
また別の系統では、の古い按摩師が「呼吸の往復」を強調する口上として「なばば」を用いたとされる。彼は施術前に患者の手首を軽くつまみ、患者が“何度も瞬きをしてから”唱和できる場合に限り儀式が成立すると語ったと伝えられる[6]。この“往復”の発想が、音節を運搬体のように扱う土台になったと考えられている。
「運置換」という擬似科学的な語りの出現[編集]
の効能を理屈立てるために、地域の文具店が「運置換ゴム印」を売り出したとする記録がある。ゴム印は、呪句の紙片に押すと“運の履歴が上書きされる”と説明された[7]。
ただしこのゴム印の説明書には、やけに具体的な数値が付されていたとされる。たとえば「唱え終えた直後から23秒間、鏡に視線を固定し、角砂糖を1粒だけ舌の先に置く」などである[8]。科学的には無関係であるが、具体性が“本物っぽさ”を支えたことで普及が加速したとされる。なお、23秒がなぜ選ばれたのかは不明であり、製造者は「気持ちの区切りがちょうどそのあたり」とだけ述べたという[8]。
歴史[編集]
戦後の寄席台本に混入した流行(小さな火が大きくなる型)[編集]
33年頃、の古書店で見つかったとされる「寄席台本の断片」に、登場人物が失敗しそうな場面で「なばば」とだけ呟く脚注があったという伝承がある[9]。断片は活字の傍らに鉛筆で補筆されており、補筆者名が空欄だったことから、複数の人の手が入ったと推定された。
この台本がどの劇団へ流れたかは確定していないが、の小劇場関係者が「語尾だけが跳ねる節」を真似てみたところ、客席で笑いが起きたため、以後“縁起の悪い場面の緩衝材”として使われるようになったとされる[10]。つまりは、奇跡というより“空気の調律”として定着した可能性がある。
統制と再包装——「口上録」の普及期[編集]
一方で、戦後の一部地域では「縁起の言葉」が迷惑行為として扱われた時期があり、自治会単位で注意書きが掲示されたともされる[11]。その結果、唱える行為自体は露骨にしない代わりに、紙の手帳へ書く・読ませる形へ置換された。
この置換を後押ししたのが、の製本会社が作った「口上録(こうじょうろく)」である。口上録には呪句の“唱え方”だけでなく、「相手の目を見てはいけない」「唱える前に湯呑を回し切る」など、習慣の細部まで記された[12]。なかでも湯呑回転は“3回、左回り、回転完了までに7回まばたき”といった不可解な条件があり、これが読者の記憶に刺さって模倣を生んだとされる[12]。
社会的影響[編集]
は、単なる民間呪句としてだけではなく、商店街の「失敗の受け止め」を言語化する装置として機能したと説明されることがある[13]。たとえば、レジでお釣りを間違えた店員が、その場で客に向かって小声で唱え、直後に計算をやり直すという“儀式的な再開始”が語られた[14]。
また、寄席では落語家が「なばば」を“間(ま)”の調整に使ったとされる。ある年の地方興行の記録では、最後のオチまでの沈黙時間が「通常より0.8秒長いときに最も拍手が増えた」と分析されている[15]。この分析自体は統計の体裁をとっているが、実際のサンプル数が「観客137名(うち子ども23名)」などと中途半端に記されており、真面目に信じるほど怪しい数字として残った。
さらに、は“責任の分散”の象徴ともなった。事故や揉め事の直後に誰かが唱えることで、「誰が悪いか」ではなく「流れが戻ったか」を話題にしやすくなり、結果として仲裁が進む場合があると語られた[16]。この点では、迷信でありながら社会技術として理解された面もあったとされる。
代表的な用いられ方(事例)[編集]
事例は家や地域によって異なるが、比較的よく語られるパターンとして「扉前」「階段中」「湯気の立つ物の前」が挙げられることがある[17]。
たとえばの古い喫茶店では、レジ横の砂糖壺に触れてから「なばば」を一度だけ唱え、その後に必ず砂糖の角を“ぴったり1.5ミリだけ削る”とする習慣があったとされる[18]。店主は「削らないと客の帰り道が曲がる」と真顔で語ったという。
またの書店では、仕入れたばかりの本に値札を貼る前に、値札の端を指で二度折りし、「なばば」を三拍伸ばすと「売れ筋が目を覚ます」と伝えられた[19]。ただし、伸ばす音が高すぎると逆に在庫が眠り続けるため、店員が定規で喉仏の位置を確認したという逸話があり、やや過剰な自己観察が特徴とされる[19]。
批判と論争[編集]
については、迷信の域を出ないという批判が繰り返し行われてきた。特に教育現場では、唱和が“成績の上書き”のように扱われると、努力の意味が薄れるという指摘があったとされる[20]。
一方で、信奉者側は「祈りの効果ではなく、唱えることで気持ちを整える効果である」と主張する傾向があった[21]。実際、口上録の一部では健康行動の注意として「深呼吸を3回」「水を10口だけ飲む」などが併記されており、結果として生活習慣が改善した可能性があるとも言われた[21]。
ただし、論争は単純ではない。科学系の匿名コラムでは、「湯呑回転が3回でないと失敗が増える」などとする報告が“都合の良い再解釈”だと批判されている[22]。また、過去に複数の地域紙が“なばば実験”を報じたが、いずれも掲載号の見出しが似すぎていたことから、宣伝記事と疑われた時期もあると指摘されている[22]。なお、最も強い反論は「なばばは言葉ではなく、唱える人が誰かによって効くから、語句の議論がすべて無意味である」というもので、これは一種の諦念として広がったとされる[23]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山下縁治『音声呪句の生活史:戦後口承の記録法』青藍書房, 1998.
- ^ Martha L. Thornton『Syllables as Social Machinery』Keystone Academic Press, 2007.
- ^ 鈴木澄子『商店街における縁起言語の運用規則』東海民俗研究会, 1986.
- ^ Dr. Gerald H. Mercer『Folk Utterances and Everyday Regulation』Vol.12 No.3, The Journal of Minor Rituals, 2011, pp.44-71.
- ^ 田中邦彦『寄席台本余白の記号学』東京書林, 2003.
- ^ 井上礼子『口承ノートの編集史:要点だけを書き残す技術』北辰文庫, 2012.
- ^ 佐伯眞一『ゴム印が作る“履歴の場”』印章文化論叢, 第7巻第2号, 1994, pp.15-36.
- ^ Watanabe, Seichirō『Breath Timers in Rural Performance』Osaka Field Studies, 2009, pp.201-219.
- ^ 名取勝『迷惑と迷信の境界線:自治会掲示の分析』自治体政策資料叢書, 第3巻第1号, 1979, pp.88-105.
- ^ 『民間迷信事典(増補版)』日本民俗出版社, 1972.
外部リンク
- 嘘民俗アーカイブ
- 口上録デジタル文庫
- 商店街寄席メモリー
- 運置換研究会レポート
- 方言呪句コレクション