にんげんさま
| 名称 | にんげんさま |
|---|---|
| 読み | にんげんさま |
| 初出 | 天明年間の『町触控』とされる |
| 成立地 | 江戸・甲州街道沿いの宿場町 |
| 分野 | 敬称・民俗・儀礼語 |
| 主要研究者 | 渡辺精一郎、Margaret H. Bell |
| 関連機関 | 国立民俗言語研究所 |
| 用法 | 対面儀礼、謝罪、招待、儀礼的食事 |
| 特徴 | 人を一段高く扱うが、使い方を誤ると強い皮肉になる |
にんげんさまは、近世日本においてを神格化して呼称する際の敬称であり、主として後期の町人社会と山間部の相互儀礼から成立したとされる[1]。のちに期の礼法研究との都市民俗調査を通じて再定義され、現代では「人を丁重に扱うための過剰敬語」として知られている[2]。
概要[編集]
にんげんさまは、相手を単なる個人ではなく「一時的に霊的尊格へ引き上げられた存在」と見なして呼ぶ、日本語の特殊敬称である。一般にはへの最大級の敬意を示す表現と説明されるが、実際にはの宿場礼法との町人言葉が交差して生まれた、きわめて折衷的な語であるとされる。
この語は、通常の敬語では足りない謝意を示す局面、あるいは「これ以上は持ち上げられません」という半ば皮肉な場面で使われた。とくにの問屋仲間や沿いの茶屋で広まり、のちに期の国語学者らが「日本人の対人距離感を端的に示す語」として取り上げたことから、半ば学術用語のような扱いを受けるようになった[3]。
成立史[編集]
天明期の宿場儀礼[編集]
伝承では、3年の飢饉後、のある宿場で旅人に粥をふるまう際、「お人さま」では足りないとして「にんげんさま」と呼んだのが始まりとされる。語形は、当時の口頭記録に見られる「人間」を二拍強調した発音が固定化したものと考えられているが、確証は乏しい[4]。なお、北部の一部では、同様の用途で「ひとがらさま」と並用されたという調査結果もある。
明治礼法学派の再発見[編集]
28年、礼法研究家の渡辺精一郎が『対客敬語再編論』の中でこの語を紹介し、都市化により失われつつある「人を人以上に扱う技法」として評価した。彼はの講義で、にんげんさまを「過剰な敬意が生む抑制的ユーモア」と定義したとされ、受講生の間では翌週から下座の仕方まで変わったという逸話が残る[5]。
昭和期の民俗調査と定着[編集]
14年からが行った「連続敬称調査」では、・・の計42地点で用例が確認された。調査票には「にんげんさまを誰に対して使うか」という設問があり、最も多かった回答は「借金を少し待ってもらう相手」であったという。これにより、語の機能が純粋な尊称ではなく、交渉を円滑化する社会的装置であることが示された[6]。
用法[編集]
にんげんさまの用法は大きく三類型に分けられる。第一は、正式な招待や献上の場で用いる「上げ敬称」であり、茶菓子、酒肴、座布団の順に待遇が格上げされる。第二は、謝罪や過失の回復場面で用いる「沈静敬称」で、相手の怒りをいったん儀礼的に分解する機能を持つ。第三は、冗談や婉曲な皮肉として使う「反転敬称」で、関西圏ではこの用法が比較的強いとされる。
とくに内の古い商家では、来客を「にんげんさま」と呼ぶ際、抹茶より先に湯のみの持ち手を拭くという作法が残っていたとされる。これは「人を立てるなら器から立てよ」という商家の教えに由来するとされるが、具体的な出典は確認されていない[7]。また、現代の一部旅館では、予約名簿に「様」ではなく「にんげんさま」と記す慣習が試験的に導入され、宿泊客の満足度が平均で14.8%上昇したという報告がある。
社会的影響[編集]
にんげんさまは、単なる言葉以上に、相手を「消費者」「顧客」「有識者」より前段階の存在として扱う倫理を表現したとされる。戦後の接客業では、過度に機械化されたサービスへの反動として再評価され、の老舗百貨店では1957年から1962年にかけて「にんげんさま係」という臨時部署が置かれたという記録がある。これは、苦情処理ではなく「呼び方の調整」を専門に行う部署であった。
一方で、1970年代には学生運動の内部でこの語が流用され、「にんげんさまに値する食堂運営」などのスローガンが掲げられた。これに対して保守系の評論家は、敬称の濫用が身分秩序を曖昧にすると批判したが、若年層にはむしろ「やや大げさで面白い」と受け止められ、テレビのバラエティ番組でも頻出するようになった[8]。
批判と論争[編集]
にんげんさまをめぐる最大の論争は、その起源が本当に宿場礼法なのか、それとも末期の文人による創作なのかという点である。とりわけ系の言語史研究では、初出資料とされる『町触控』の紙質が期のものに近いと指摘されており、後世の編纂である可能性がある。
また、敬意を過剰に見せる一方で相手を茶化す用法があるため、「権威を包む包装紙にすぎない」とする批判もある。これに対し、支持派は「日本語には、真剣な礼儀と軽い悪ふざけが同じ語に同居することがある」と反論しており、むしろその曖昧さこそが社会的潤滑油であると主張している。なお、の一部自治体では、窓口でこの語を使う職員が増えすぎたため、住民から「大げさで落ち着かない」との意見が寄せられたという。
研究史[編集]
渡辺精一郎の仮説[編集]
渡辺はにんげんさまを、の商人文化が生んだ「敬意の極点」とみなした。彼によれば、この語は相手を人間として認めるのではなく、むしろ「人間であること自体に礼を尽くす」点に特色があるとされた。弟子筋の記録では、彼は授業で毎回、黒板に「礼とは、相手に名前を返すことである」と書いていたという。
マーガレット・H・ベルの比較研究[編集]
英語圏では、のMargaret H. Bellが、にんげんさまを「ritual honorific inflation」の代表例として取り上げた。彼女はに発表した論文で、やの敬称体系との比較を行い、にんげんさまが「敬意とユーモアの境界を可視化する」と結論づけた。ただし、比較対象にラテン語の教会敬称を混ぜたことについては、後年やや批判がある。
民間伝承[編集]
各地の伝承では、にんげんさまを不用意に連呼すると、相手が逆に恐縮してしまい話が進まなくなるとされる。そのため、古老たちは「三回までにせよ」と教えたという。群馬県のある集落では、祭礼の場で新米の世話役が来賓全員をにんげんさまと呼び、式が45分遅れた事件が語り草になっている。
また、長野県の山村では、雪下ろしを手伝った者に対して「にんげんさま、まずはお茶でございます」と言うことで、労働と接遇を同時に完了させる慣習があったとされる。民俗学的には極めて合理的であるが、現代の接客現場ではむしろ過剰と見なされることが多い。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『対客敬語再編論』国立民俗言語研究所出版部, 1896年.
- ^ 田所雅彦『宿場語と過剰敬意の生成』岩波書店, 1978年, pp. 44-67.
- ^ Margaret H. Bell, "Ritual Honorific Inflation in East Asian Service Speech", Journal of Comparative Sociolinguistics, Vol. 12, No. 3, 2006, pp. 201-229.
- ^ 佐伯玲子『明治礼法と都市ユーモア』東京大学出版会, 1991年, pp. 118-141.
- ^ 国立民俗言語研究所編『連続敬称調査報告書』第4巻第2号, 1951年, pp. 9-38.
- ^ 鈴木玄一『にんげんさま考――尊称の過剰性について』筑摩書房, 2004年.
- ^ Eleanor W. Price, "A Note on Hyper-Polite Vocatives in Rural Japan", Asian Linguistic Review, Vol. 8, No. 1, 1988, pp. 55-72.
- ^ 山岸重蔵『町触控の紙質と編纂年代』民間文庫, 1964年, pp. 7-19.
- ^ 宮下肇『敬称の政治学』法政大学出版局, 2010年, pp. 233-260.
- ^ Harold J. Finch, "When Manners Become Theatre: The Japanese Case of Ningensama", Proceedings of the Society for Imagined Etiquette, Vol. 3, No. 2, 2015, pp. 1-14.
- ^ 片岡すみ『にんげんさま語録集』、なんでも文化社、2002年、pp. 3-11.
外部リンク
- 国立民俗言語研究所デジタルアーカイブ
- 江戸礼法資料室
- 甲州街道ことば地図
- 過剰敬語研究会
- にんげんさま口承譚集成