ぬいぐるみの魂
| 分野 | 民俗学、児童文化史、擬似生体工学 |
|---|---|
| 初出 | 1934年頃 |
| 提唱者 | 三輪崎 恒一、ヘレン・E・クロウフォードほか |
| 起源地 | 東京市本郷区、のち大阪市北区で再整理 |
| 主な媒体 | ぬいぐるみ、抱き枕、記念人形 |
| 関連機関 | 日本児童情緒研究会、米国布製玩具観測局 |
| 通称 | ぬいたま |
| 主な争点 | 魂量の測定可否、縫い目の封印性 |
ぬいぐるみの魂(ぬいぐるみのたましい)は、縫製玩具に宿るとされる擬似人格の一種であり、特に長期保管された綿詰め人形に現れる現象として知られている[1]。内の児童文化研究から広まった概念とされるが、その成立史には複数の異説がある[2]。
概要[編集]
ぬいぐるみの魂とは、所有者の愛着、使用年数、補修歴などが一定条件を超えた際、布地内部に半恒常的な人格傾向が形成されるという仮説である。初期のが「物品への投影現象」として扱ったのが制度的な始まりとされるが、のちにの収蔵調査で、より古い事例が確認されたと報告された[3]。
この概念は、単なる迷信として片づけられることも多い一方で、や百貨店の玩具売場、さらにはの寄贈記録にまで広がりを見せたことから、昭和中期の都市生活における「捨てられない物」の象徴として再評価された。なお、魂の有無は目視で判定できず、糸のほつれ方、鈴の鳴り方、夜間の座り位置などから総合推定されるとされる。
歴史[編集]
成立以前の前史[編集]
起源はにで行われた児童玩具修繕講習会にさかのぼるとされる。講師のが、補修済みの熊型ぬいぐるみが講習後に棚の最上段へ移動していたと記録したのが最初の逸話である。この記録はのちに『物が座る』現象として再分類されたが、受講者12名のうち9名が同様の目撃を述べたため、完全な偶然としては扱いにくいという注記が残された[4]。
また、末期にはで輸入された英製テディベアの一部に、縫い目の内側へ小紙片が仕込まれていたことが分かり、これを「魂札」と呼ぶ習慣が生まれた。紙片には出荷番号のほか、製造工場で働いていた縫工の愛称が書かれており、魂が特定の職人に依存している可能性が示唆されたのである。
昭和期の制度化[編集]
、は『綿詰玩具における反復応答現象』を公表し、ぬいぐるみの魂を「所有者の声掛けに応じて遅延反応を示す準人格」と定義した。同年、とは、の百貨店屋上で売られていた犬型ぬいぐるみ41体を7週間観察し、そのうち6体が毎週火曜にだけ向きを変えると報告した。この報告は後年、屋上の風向と販促用扇風機の影響だったと説明されるが、当時は「魂の曜日性」として話題になった。
一方で、の玩具修理店「福寿縫製堂」では、綿の入れ替えを行ったぬいぐるみが以前よりも強い寂寥反応を示すとして、補修時には古い綿を一割だけ残す慣習が広まった。これにより、魂は全交換に弱く、部分保存で安定するという「一割残存説」が定着した。
戦後の普及と再解釈[編集]
戦後になると、の生活改善政策により大量の家庭用品が処分されるなか、捨てられたぬいぐるみが岸の回収施設で“再帰的に戻る”事例が相次いだとされる。これを受けて、児童福祉課の委託で行われた調査では、回収箱に入れられたぬいぐるみの14.8%が翌朝には異なる位置に置かれていたという結果が出た。ただし、夜間清掃員の証言が調査票に反映されていないとの批判もある。
にはのが、ぬいぐるみの魂を「感情の残響が布地に吸着したもの」と再定義し、を提唱した。これにより、宗教的な語彙から学術的な語彙へ置き換えが進んだが、実際には幼児が寝る際に抱いていた布製玩具ほど反応が強いという、きわめて家庭的な結論に落ち着いたのである。
測定法と分類[編集]
ぬいぐるみの魂の測定には、、、などが用いられるとされる。もっとも広く普及したのはにが導入した「三夜観測法」で、3晩連続で置き場所を変えず、翌朝の向き、鼻先の温度、毛並みの寝ぐせを記録する方式である。
分類は一般に、A級からD級までの4段階とされる。A級は所有者の帰宅を待つ型、B級は棚の奥で会話を聞く型、C級は雨の日にだけぬくもりを増す型、D級はなぜか別の家族に先に懐く型である。なお、C級の一部はの長さに応じて昇格するため、の降水記録と照合して判定することが推奨された[5]。
社会的影響[編集]
ぬいぐるみの魂は、家庭内の物の扱いを変えた点で社会的影響が大きい。特にのでは、売り場に「魂見本」と称する非売品を置き、子どもが触れるたびに担当販売員が名前を付け直す運用が行われた。これにより販売成績が平均で11%上昇したとされるが、命名作業の負荷が大きく、売場主任の退職理由に「名前が増えすぎたため」と記された例がある。
また、では、壊れた玩具をすぐ捨てずに修理して使う「再縫製教育」が一部の内小学校で試行された。教育効果は高いとされたが、児童の間で「うちのウサギは算数が苦手」「きのうまで無口だったクマが急に転校生に厳しい」などの報告が増え、担任が生活指導よりも相談係に近い役割を担うことになった。
さらににはが、魂のあるぬいぐるみを輸出する際は「感情表記票」を添付するガイドラインを作成した。票には「眠気に敏感」「夜間の電子音に弱い」などの項目があり、海外のバイヤーからは「家電ではなく生き物に近い」と評されたという。
批判と論争[編集]
批判の中心は、そもそも魂を測定できるのかという点にある。の実験心理学教室は、同一素材のぬいぐるみ50体を用いた盲検試験で有意差を確認できなかったと報告したが、試験中に1体だけ記録係の膝の上へ移動し、実験全体の解釈をやや複雑にした[6]。
また、の一部は、魂という語が布製玩具に安易に用いられることで、供養や慰霊の概念が希薄化すると批判した。一方で支持派は、ぬいぐるみの魂は宗教的霊魂ではなく、愛着の反復によって生成される「準社会的単位」であると反論した。なお、にで行われたシンポジウムでは、発表資料36ページ中17ページがぬいぐるみの目の付け替え写真で占められていたため、学術性をめぐる議論が紛糾した。
現代の扱い[編集]
に入ると、ぬいぐるみの魂はやと結びつけて論じられるようになった。特に以降、在宅時間の増加により「家にいる時間が長いほど魂が濃くなる」とする説が流布し、通販サイトでは「帰宅後3時間で表情が安定」といった説明が見られるようになった。
また、の一部クリニックでは、子どもの分離不安への補助として「ぬいぐるみ再命名外来」を試験的に実施したとされる。診療では新しい名を与える前に旧名を3回呼ぶことが勧められ、最長で27分間泣き止まなかった患者が、クマ型ぬいぐるみの同意を得た瞬間に落ち着いたという記録がある。もっとも、この逸話は担当医の退勤メモにのみ残っており、要出典とされている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 三輪崎 恒一『綿詰玩具における反復応答現象』日本児童情緒研究会紀要 第3巻第2号, 1934, pp. 14-39.
- ^ 桐山 治郎『愛着残響理論序説』民俗文化研究社, 1967, pp. 88-121.
- ^ 山田 ミチ子『百貨店屋上における玩具の移動性』児童環境学報 第11巻第4号, 1935, pp. 201-219.
- ^ Helen E. Crawford, “On the Residual Agency of Plush Figures,” Journal of Domestic Anthropology, Vol. 8, No. 1, 1952, pp. 3-28.
- ^ 佐伯 直人『再縫製教育の実際』生活指導新書, 1971, pp. 55-79.
- ^ 京都府立玩具試験所編『三夜観測法標準手引』京都府立玩具試験所資料集 第12号, 1968, pp. 1-46.
- ^ Margaret A. Thornton, “Stuffed Objects and Emotional Retention in Postwar Urban Homes,” Cultural Material Studies Review, Vol. 14, No. 3, 1978, pp. 112-140.
- ^ 日本玩具協会『感情表記票運用要領』業務通達第18号, 1983, pp. 7-18.
- ^ 高橋 玲子『ぬいぐるみの魂の測定をめぐる心理学的限界』心理と生活 第22巻第5号, 1980, pp. 300-317.
- ^ 大島 一夫『ぬいぐるみの魂と都市の孤独』都市民俗叢書, 1992, pp. 41-66.
外部リンク
- 日本児童情緒研究会アーカイブ
- 京都府立玩具試験所デジタル資料室
- 大阪市立生活資料館 玩具コレクション
- 感情表記票普及委員会
- ぬいたま学会