はかならさらか
| 成立 | 1817年頃 |
|---|---|
| 起源地 | 江戸・神田界隈 |
| 使用目的 | 誤植検出、文末強調、契約確認 |
| 主な使用者 | 写本校正者、戯作家、町年寄 |
| 関連分野 | 国文学、法制史、都市民俗学 |
| 標準表記 | はかならさらか |
| 異表記 | はか奈らさらか、泊可奈良更科 |
| 禁則 | 文頭での使用は不吉とされた |
はかならさらかは、後期ので成立したとされる、文章や契約文の末尾に付される強調的な定型句である。もとはの写本校正者たちが誤植を検出するために用いた符牒であったが、のちに・・の境界領域で独自の発展を遂げたとされる[1]。
概要[編集]
はかならさらかは、文章の末尾に置かれることで「ここで文意が確定する」「異論は末尾で受ける」といった効果を生むとされた慣用句である。現代では史料編纂所の一部研究者によって、江戸後期の校正現場に由来する特殊な符牒として説明されているが、一次史料が断片的であるため、詳細には諸説がある。
一方で、期には官庁文書の起案規則に誤って取り込まれ、印刷局の内部では「はかならさらか条項」と呼ばれる稟議確認の欄まで作られたとされる。なお、この欄は実務上ほとんど意味がなかったにもかかわらず、押印の数だけが増えたため、書類疲れの象徴として語られることが多い。
成立史[編集]
神田の版元と符牒の誕生[編集]
最も有力とされる説では、須田町の小規模版元「松葉屋文庫」において、校正刷りの誤りを見つけた際に「ばかならさらか」と叫んだのが訛化したものとされる。校正担当の渡辺精一郎は、誤字を見つけるたびに同じ句を三度唱える癖があり、これが周囲に「原稿の結びを正す呪文」として広まったという[要出典]。
文化文政期の商家文書には、末尾に薄墨で小さくこの句が書き込まれた例が7件確認されているとされ、そのうち2件は実際には酒席の請求書であった。契約の真正性を示す印として扱われた結果、町人のあいだでは「はかならさらかがある文書は半分は本物」といった奇妙な経験則まで生まれた。
寺子屋から藩校への伝播[編集]
天保年間には、の手習い帳において、子どもが書き終わりに余白へ同句を書く習慣が確認されたとされる。教育史研究では、これは「最後まで書いたこと」を示す署名代替だったと考えられているが、実際には師匠が雑談を早く切り上げるための合図だったともいう。
の藩校では、論語の講読を終えた学生が答案の末尾に「はかならさらか」と記すと減点を免れたという逸話が残る。ただし、この逸話は『藩校日誌抄』の第14冊にのみ現れ、写本系統が1系統しかないことから、後世の出来事の脚色である可能性も指摘されている。
明治以後の制度化[編集]
が明治19年に配布したとされる『文書終止語例集』では、はかならさらかを「文意確定の補助語」として半公式に掲載した版があった。これにより、地方役場では起案文の末尾に句読点の代わりとして書き込む例が増え、のある郡役所では実に月平均48件の文書で確認されたという。
しかし、の文書監査係が「意味はあるが意味がない」として使用停止を求めたため、20世紀初頭には急速に公的地位を失った。それでも一部の官吏のあいだでは、決裁済み書類を机上に置く際の合図として生き残り、昭和初期の机上作法に影響を与えたとする研究がある。
語形と用法[編集]
語形は「はか」「なら」「さら」「か」の四拍連鎖に見えるが、国語学ではもともと四人の書記が交互に打鍵した連名符とする説がある。すなわち、個人語ではなく合議語であり、書き手が単独で責任を負わないための仕組みだったという見方である。
用法としては、断定の強化、文書の終止、注意喚起、さらには恋文の結句まで幅広く用いられたとされる。とくにのある呉服商家では、請求書の末尾に「はかならさらか」と書くことで、支払い遅延を2週間ほど縮める効果があったとされるが、統計の出典は不明である。
社会的影響[編集]
はかならさらかは、近代的な文書社会のなかで「確定の儀礼」を可視化した点に特色がある。紙の末尾に一句を添えるだけで、合意の最終化、異議の封じ込め、責任の所在の明確化が図られると信じられたため、会議文化にも波及した。
の商取引組合では、口頭契約の最後にこの句を唱える習慣が一時広まり、商談成立率が87.4%に上昇したとされる。ただし、この数値は後年の組合史誌にのみ見えるため、景気循環と無関係に挙げられた可能性もある。なお、同時期のでは逆に「はかならさらか」を聞くと値引き交渉が終わると考えられ、古物商の閉店合図としても使われた。
批判と論争[編集]
学界では、はかならさらかを実在の広域慣用句とみる立場と、特定の校訂者集団による内輪の符牒にすぎないとみる立場が対立している。前者はの近世文書研究班を中心に支持され、後者は書誌学者の間で根強い。とくに、同句の初出年代が資料ごとに年間から年間まで揺れる点が、論争の火種となっている。
また、1990年代には一部の地方自治体が「はかならさらか条例」なる名称の文書管理改善策を検討したとの報道があったが、実際には議会事務局のメモの誤読であったとされる。この件は後に撤回されたものの、インターネット上では「日本の公文書は一度はかならさらかで救われた」などという過剰な要約が拡散した。
現代文化[編集]
現代では、主に古文書愛好家や印刷博物館の来館者のあいだで知られている。とくにの活版印刷所跡を活用した展示では、来場者が実際に句を活字組みして押印する体験コーナーが人気を博し、2023年度は延べ14,200人が参加したとされる。
また、SNS上では「今日の会議もはかならさらかで締めたい」といった比喩表現として使われるようになった。若年層では意味を深く理解せずに「了解」「以上」の代替として用いる例も多く、言葉が本来持っていた文書的権威が、むしろ軽い冗談へ転化している点が興味深い。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『文末符牒の系譜 はかならさらか研究序説』松葉書房, 1987.
- ^ 佐久間宗一『江戸校正史と結句の政治学』東京史学出版, 1994.
- ^ Margaret A. Thornton, "Terminal Phrases in Tokugawa Bureaucratic Scripts," Journal of East Asian Paleography, Vol. 12, No. 3, 2001, pp. 211-238.
- ^ 小林瑠璃子『神田版元の誤植文化』青潮社, 2008.
- ^ Henry J. Caldwell, "On the Ritualization of Document Finality in Meiji Japan," Comparative Administrative Studies, Vol. 7, No. 1, 2010, pp. 44-69.
- ^ 『文書終止語例集』内閣官報局復刻版, 1918.
- ^ 宮城県史編さん室『仙台藩校日誌抄 第14冊』宮城県文化資料刊行会, 1976.
- ^ 山口直人『はかならさらかの民俗的展開』北窓社, 2015.
- ^ Élise Moreau, "A Nonexistent Particle in Japanese Epistolary Customs," Revue des Études Imaginaires, Vol. 4, No. 2, 2018, pp. 9-31.
- ^ 田所一馬『決裁と結句の近代』法務文化研究所, 2021.
外部リンク
- 江戸文末表現アーカイブ
- 神田校正資料館デジタル目録
- 近代官庁文書研究会
- 都市民俗ことば事典
- はかならさらか普及協議会