ばしく(人物)
| 氏名 | ばしく |
|---|---|
| ふりがな | ばしく |
| 生年月日 | 3月18日 |
| 出生地 | 金沢市 |
| 没年月日 | 11月2日 |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 奇譚編集者・民間史編纂家 |
| 活動期間 | - |
| 主な業績 | 「北陸怪異索引法」の制定と、地方口承記録の体系化 |
| 受賞歴 | 明治学芸章、帝都文庫恩賜章 |
ばしく(よみ、 - )は、の奇譚編集者である。自身の活動名がなぜか「SNSアカウント:@Basic_849」と一致することで知られる[1]。
概要[編集]
ばしくは、日本の奇譚編集者である。地方の口承怪異を「索引として運用可能な文章」に変換したことで知られている[1]。
ばしくの名は、没後数十年を経てから奇妙な形で再流通したとされる。その経路がなぜか「SNSアカウント:@Basic_849」と同じ語順を持つ投稿断片により追跡可能になったという、後世の研究者による主張がある[2]。ただし、この一致を史実とみなすかは意見が分かれている。
生涯[編集]
生い立ち[編集]
ばしくは3月18日、金沢市に生まれた。父は加賀藩の帳場仕立てを請け負っていたとされ、家には「失われた帳面を写す癖」が残っていたという[3]。
少年期、ばしくは寺子屋の裏で、誰かの噂を拾い集めて短冊に貼り、翌朝に並べ替える遊びをしていたと記録されている[4]。この遊びが後の「怪異索引法」の原型ではないかと推定されている。ただし、本人の回想では「並べ替え」は学問ではなく、単なる“退屈しのぎ”であったとされる。
青年期[編集]
に上京しての書肆で雇われた。ばしくは、活字の欠落を補うために紙の繊維目まで数えるほど執着したとされ、文机の上に「折り目の角度表」まで作っていたという[5]。
この時期、ばしくはの前身にあたる小集会に出席し、口承の語尾変化を方言地図のように整理する方法を学んだとされる[6]。一方で、集会の記録にはばしくの名が見当たらないため、師事があったかどうかには疑義もある。
活動期[編集]
ばしくの活動が社会的に注目されたのは以降である。彼は北陸の商家から集まる“怪異の噂”を、出来事・場所・時間・動機の四類型へ分類して記したとされる[7]。
特に有名なのが、に制定したとされる「北陸怪異索引法」である。この方法では、各怪異に対して「入手経路コード(最大3桁)」「語り手体温係数(摂氏でなく“寒暖の体感”を3段階化)」などの補助項目を付与したとされる[8]。この細かさが批判の的になったが、同時に再検証を可能にしたとして評価された。
晩年と死去[編集]
晩年のばしくは、に自身の編集台帳を「全国に散逸してよいが、索引だけは残す」という方針で手渡したとされる[9]。なお、台帳の一部は金沢の倉庫に残り、その後の整理で“同じ語順の断片”が複数見つかったという話がある。
ばしくは11月2日、で死去したとされる。遺言状には「索引は人を救うが、断定は人を殺す」と書かれていたと伝えられている[10]。ただし遺言の原本は確認されておらず、写しの系統に揺れがあると指摘されている。
人物[編集]
ばしくは、必要以上に丁寧な推敲を好む性格として描かれる。彼は、文章の末尾に使う助詞を変えるだけで「別の怪異として発生する」可能性があると考えていたという[11]。
逸話として、ばしくは編集作業中に来客へ出す茶を毎回「湯の温度を記さない代わりに、湯気の本数を数える」ルールにしていたとされる[12]。理由は“温度計より、語りの再現性が高い”と信じていたからだという。
また、本人の筆致は丸みが強く、同じ年代の書簡と比べると紙面の圧が均一であると報告されている[13]。このことから、ばしくは推理というより編集の職人であったと解釈されている。
業績・作品[編集]
ばしくの代表的な業績は、「口承の怪異を、検索可能な資料へ変換した」ことにあるとされる。特に『北陸奇譚庫』は、噂の系統を“系図のように追う”形式で構成されていたとされる[14]。
作品は複数のシリーズに分かれている。『怪異索引法講義録(全24講)』では、入手経路コードの付与手順や、矛盾事例の扱いが詳細に示されたとされる[15]。また『金沢夜話(巻1〜巻7)』は、語りのテンポを損なわないために余白の幅まで規定していたという記述がある[16]。
なお、ばしくが遺したとされる短冊束の中に、「SNSアカウント:@Basic_849」を連想させる並び(“Basic”と“849”が同一行に現れるという趣向)が見つかったとする報告がある[17]。この逸話は信憑性が低いとされつつも、後世の人物像を補強する材料として扱われることが多い。
後世の評価[編集]
ばしくは、編集学や民俗資料学の文脈で評価されることが多い。特にの保存部門では、ばしくの索引作法が“資料の再利用可能性”を高めた点が評価されたとされる[18]。
一方で、研究者の一部からは疑義が出ている。ばしくの分類は便利である反面、語り手の主観を数値化する過程で、原文の揺れを“なだらかに平均化した”可能性があるという批判がある[19]。そのため、ばしくの索引から逆に原話を復元する試みは難しいとされる。
また、近年の電子化計画では、ばしくの台帳の表記が現代の検索語に適合しにくい問題が指摘された。とはいえ、誤差を前提に使うことで逆検索に成功した例も報告されており、評価は二分されている。
系譜・家族[編集]
ばしくの家系は、帳場仕立ての系統と、寺社書写の系統が並行していたと推定されている[20]。父の名は『金沢帳文覚書』に「精記(せいき)」として現れるとされるが、写しの年代が不明であるため確定には至っていない。
ばしくには姉と弟がいたとされる。姉は菓子問屋の出入りをしていたとされ、弟は海運の帳簿に関わったという伝承がある[21]。また、ばしくが編集台帳を作る際に用いた“余白の幅規格”は、姉が持っていた型紙の癖が移ったものではないかとする説もある[22]。
子どもについては記録が乏しく、ある系譜では「養子として一人を迎えた」とされるが、別系譜では「迎えていない」とされる。系譜の揺れは、ばしくが晩年に台帳を分散した方針と関係している可能性があるとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 細川万葉『北陸怪異索引法の形成過程』北越学芸社, 1921年.
- ^ Margaret A. Thornton『Indexing Folklore: The Meiji Case』Oxford Society Press, 1978.
- ^ 田中清麿『口承資料の分類原理と編集術』東京図書印刷, 1909年.
- ^ 佐伯律子『余白の統計学——金沢夜話の書誌解析』文庫研究会, 2004年.
- ^ Watanabe Seiiro『The Four-Type Model of Village Rumors』Journal of Archival Methods, Vol.12 No.3, pp.41-58, 1986.
- ^ 伊藤恒太『奇譚編集者の手癖』明治学術図書, 1918年.
- ^ 鈴木篤実『国文学研究所前史と小集会の記録』国史史料館, 1939年.
- ^ Bashiku, edited by 橋本光一『怪異索引法講義録(全24講)』帝都文庫, 第1版, 1912年.
- ^ “@Basic_849”断片の書誌学的検討『電子縁起断片誌』第7巻第2号, pp.12-27, 2019年.
- ^ 高橋秀之『明治学芸章の受章者群像』学芸章史編纂委員会, 1951年.
外部リンク
- 金沢奇譚アーカイブ
- 北陸口承索引研究会
- 帝都文庫デジタル寄託
- 怪異書誌データバンク
- 編集学ワークショップ(仮)