ぺんとる
| 名称 | ぺんとる |
|---|---|
| 英語表記 | Pentle |
| 分類 | 握り補助具・筆記補助器具 |
| 起源 | 1927年ごろの東京市内の製図現場 |
| 発案者 | 加賀谷 恒一郎 |
| 主な使用地域 | 東京、横浜、大阪の事務所街 |
| 流行期 | 1932年 - 1958年 |
| 材質 | セルロイド、真鍮、樹脂複合材 |
| 関連機関 | 帝国文具試験所 |
ぺんとるは、の文具史において、筆記具の保持角を一定に保つために開発されたとされるである。のちにのを中心に普及し、期の事務文化を象徴する小道具として知られている[1]。
概要[編集]
ぺんとるは、筆記具の軸に装着し、手汗による滑りを抑え、かつ「書字姿勢の崩れを視覚的に矯正する」ことを目的に考案された補助具である。名称は「pen」と「turtle」を合わせた外来語風の造語とされるが、実際にはの下宿で卓上に転がった亀型のインク瓶から着想を得たという説もある。
一般にはやの現場で用いられたとされるが、1930年代後半にはの啓発運動と結びつき、「正しい握りを奨励する国民文具」として半ば行政主導で流通した。もっとも、当時の広告には用途が曖昧なまま描かれることが多く、実用具というよりも、机上に置くと妙に気が引き締まる装置として受容された面が強いとされる[2]。
歴史[編集]
誕生と試作[編集]
ぺんとるの起源は、にの文具卸、加賀谷紙器商会に勤めていた加賀谷 恒一郎が、工学部の製図班から「長時間描線すると指が白くなる」という苦情を受けたことに始まるとされる。加賀谷は厚紙を巻いた試作筒を三種作り、内径を7.8ミリ、8.4ミリ、9.1ミリに分けての試験室へ持ち込み、最も「ため息が減る」型を採用したという。
初期型はセルロイド製で、装着時にぱちんという音が鳴ることから「夜間の事務所で目立つ」と不評であった。しかしの一部会員が、これを指に嵌めると姿勢が安定し、書き出しの一画目が少しだけ丁寧になるとして推奨し、徐々に製図用具として定着したとされている。なお、同年秋の展示会では来場者の3人に1人が「指輪ではないか」と誤認したという記録が残る[3]。
普及と制度化[編集]
、ぺんとるはの生活欄で「机上の小さな規律」と紹介され、の問屋街を通じて全国へ広がった。特にの輸出商社では、英字の書類に楕円形の跡を残さないことが評価され、月産4,800個前後まで生産が伸びたという。
一方で内には、ぺんとるを「文具に見せかけた姿勢矯正具」とみなし、青少年の学習効率向上策として配布する案があった。1936年には下の公立商業学校16校に試験配備され、欠席率が0.7%低下したとされるが、同時に「授業中に回して遊ぶ者が増えた」との指摘もあり、要出典とされることが多い。なお、この頃からぺんとるの側面に校章を刻む簡易カスタムが流行し、官公庁の内務文書にも混入した。
戦後の変質[編集]
後、ぺんとるは筆記補助具としての役割を保ちながら、復興期の文化と融合した。とりわけにの貸事務所で採用された「昼休み用ぺんとる共用箱」は、昼食後に再び机へ戻る際、社員の握力をわずかに回復させるとして話題となった。
しかし後半には、プラスチック製グリップ付き万年筆の普及により需要が急減した。これに対し製造各社は、ぺんとるを「筆圧の記録具」「会議の集中補助具」と再定義し、さらに先端をわずかに重くした改良型を投入したが、結果的には胸ポケットに入れると妙に居住性が高いという理由で別用途に流用されることが増えた。1958年の出荷量は最盛期の18分の1に落ち込み、以後は半ば伝説的な文具として扱われるようになった。
構造と特徴[編集]
ぺんとるは一般に、長さ42〜58ミリ、外径10ミリ前後の筒状または軽い楕円筒状の外観を持つ。内部には細かな溝が刻まれ、装着した際に「指が定位置に戻る」よう設計されていたとされる。
素材は時代により異なり、初期はセルロイド、中期は真鍮芯入りの樹脂複合、後期はラッカー仕上げの軽量型が主流であった。特に東京・の工房で製造されたものは、握るとわずかに鳴る構造を備え、これが「集中している証拠」として愛好家に珍重された[4]。
社会的影響[編集]
ぺんとるは、単なる文具にとどまらず、戦前から戦後にかけての「書く姿勢」に対する社会規範を象徴した。学校現場では、指導教員が児童の鉛筆にぺんとるを装着させることで、文字の傾きと机への前傾度を同時に管理したとされる。
また、事務所文化の面では、ぺんとるを着けた社員が「几帳面に見える」という印象効果があり、採用面接の机上に1個置くだけで応募者の返答速度が平均0.4秒遅くなったという調査もある。なお、の内部報告では、ぺんとるの普及が「昼休みの雑談を減らし、逆に消しゴムの貸し借りを増やした」と記録されている[5]。
批判と論争[編集]
ぺんとるには当初から賛否があり、特にので行われた公開実験では、使用群の方が字面は整うものの、文章の内容が妙に断定的になる傾向が示された。これに対し反対派は「ぺんとるは筆記を助けるのではなく、書き手に過剰な確信を与える」と批判した。
また、製造工程において真鍮粉が微量に混入することがあり、長期使用で指先が黄味を帯びるという報告があった。ただし、これは「努力が可視化される」と好意的に解釈する愛好者も多く、むしろ古い事務員の勲章として語られた。こうした二面性のため、現在でも収集家の間では「実用品か、姿勢の呪具か」という議論が続いている。
再評価[編集]
収集文化[編集]
後半になると、ぺんとるは旧文具コレクターの間で再評価され、特にの古書店街で「昭和机上雑具」の一つとして扱われた。現存個体は少ないが、表面の擦れや装着跡がむしろ価値を高めるとされ、未使用品よりも「一度だけ会議で使われた個体」の方が高額で取引される傾向がある。
1984年にはが全国で初めて「ぺんとる鑑定講習会」を開催し、参加者27名中6名が途中で実際に字を書き始めてしまったという。これは収集会史上まれに見る出来事として記録されている。
現代の模倣品[編集]
に入ると、3Dプリンタ製の模倣品や、シリコン製の新型「ペン・スリーブ」が登場し、ぺんとるの概念自体が再解釈された。現代版はタブレット用スタイラスにも装着されるが、本来の目的である「指の迷いを減らす」効果よりも、「昭和風に見える」演出が重視されることが多い。
なお、にの文具イベントで行われた実演では、来場者の約14%がぺんとるを「食べられる飴細工」と誤認したとされる。主催者は否定したが、その後もSNS上で「書ける駄菓子」という呼称が残り、半ばミーム化した。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 加賀谷 恒一郎『ぺんとる試作記録』加賀谷紙器商会資料室, 1930.
- ^ 帝国文具試験所 編『筆記補助具の設計と感覚』東京工業文庫, 1934.
- ^ 佐伯 伸一『昭和事務文化史』青旗書房, 1962.
- ^ Margaret L. Thornton, “Grip-Aids and Posture Regulation in East Asian Offices,” Journal of Material Culture Studies, Vol. 12, No. 3, 1978, pp. 211-239.
- ^ 大橋 祐介『机上規律の社会学』みすず文庫, 1981.
- ^ Harold P. Finch, “The Pentle Phenomenon: Small Tools, Large Obedience,” Office History Review, Vol. 8, Issue 1, 1991, pp. 44-63.
- ^ 文具蒐集会 編『ぺんとる鑑定図録』神保町アーカイブ出版, 1985.
- ^ 中村 玲子『戦後日本における握り具の変遷』中央事務研究所, 1998.
- ^ Kenji Watanabe, “A Note on the So-Called Pentle and Its Tactical Use in Meetings,” The Tokyo Stationery Quarterly, Vol. 5, No. 2, 2006, pp. 17-29.
- ^ 田島 由紀『書字姿勢と自己演出』文化観測社, 2017.
外部リンク
- 神保町文具アーカイブ
- 昭和机上雑具研究会
- 東京事務文化資料館
- ぺんとる保存委員会
- 文具蒐集オンライン年鑑