ぽくん
| 名称 | ぽくん |
|---|---|
| 分類 | 対人合図・都市民俗 |
| 起源 | 1974年ごろ、東京都台東区周辺 |
| 提唱者 | 佐伯実篤、山岡ノブ子 |
| 普及期 | 1981年 - 1993年 |
| 主な媒体 | 地域広報紙、喫茶店の回覧ノート、大学祭の即売会 |
| 関連組織 | 日本都市合図研究会 |
| 特徴 | 語尾の破裂音と右肩の小さな前傾 |
| 衰退 | 1990年代後半に急減 |
| 再評価 | 2010年代以降 |
ぽくんは、後期にの下町で観測されたとされる、短い発声と微細な身振りを伴う対人合図の一種である。現在では、の原型として、主に都市民俗学の文脈で扱われている[1]。
概要[編集]
ぽくんは、相手に敵意がないこと、あるいは一時的に発言権を譲る意思があることを示すための、極めて短い発声および所作であるとされる。しばしば単なる幼児語と誤解されるが、実際にはの商店街文化と、戦後の狭小住宅における会話衝突の回避技法が合流して成立したと説明されることが多い。
名称は「ぽく」と言い切る前に自分を少し小さく見せる動作から派生したとされ、語尾の「ん」は沈黙への移行を示す終端記号であるという説が有力である。なお、の1986年報告では、ぽくんを用いた場合、近接距離での口論発生率が17.4%低下したとされるが、調査票の回収先がほぼ喫茶店であったため、信頼性には議論がある[2]。
歴史[編集]
成立期[編集]
ぽくんの初出は、の合羽橋近辺で開かれた「簡易意思表示実地講習」にさかのぼるとされる。講習を主導した佐伯実篤は、鍋蓋の在庫確認中に従業員同士の衝突が頻発したことから、音量を抑えた合図を考案したと述べている。彼は「ポ」と発音した直後に軽くうなずき、最後に鼻から息を抜く動作を定型化し、これが後にぽくんと呼ばれた。
初期のぽくんは商店街ごとに差異が大きく、浅草型は語尾がやや長く、上野型は肩の角度が深いと記録されている。また、にの銭湯で発見された「湯気の中の会話」記録では、湯桶の受け渡しの際にぽくんを挟むことで、裸のままでも気まずさが半減したと記されている[3]。
普及と制度化[編集]
には、の私設研究会で山岡ノブ子が「ぽくんの3条件」—短さ、非宣言性、目線の逸らし—を定式化した。これにより、ぽくんは単なる癖から、半ば礼儀作法として扱われるようになった。山岡はさらに、ぽくんを打つ際の理想的な距離を「畳一枚と新聞紙二枚」と記述し、これが後世の教科書にそのまま流用された。
にはの外郭委託調査により、家庭内の呼びかけを「強・中・ぽくん」の3層に分ける試みが行われた。結果として「ぽくん」は中間層の通話成功率が最も高く、特に夕食前の家族間では、命令形を避けつつ注意喚起できる点が高く評価された。もっとも、調査協力者の約3割が「ぽくんをやると子どもが真似する」と答えており、教育的副作用も指摘された。
衰退と再発見[編集]
に入ると、携帯電話の普及とともにぽくんは急速に使用機会を失った。特に以降は、短い発声の代わりにメールの件名欄へ「了解」を打つ行動が一般化し、ぽくんは「身体に残る旧式の承認動作」として博物館的に保存されるようになった。
一方で、の私立高校で文化祭演目の復元が行われた際、若年層がぽくんを「照れ隠しの完成形」と解釈して再流行の兆しを見せた。翌年にはの巡回展示「都市の小さな合図」に採録され、展示室内で来館者が自発的にぽくんを真似る現象が確認されたが、監視員の目撃記録では、9人中7人が途中で笑って失敗したという。
形式と作法[編集]
ぽくんは、発声・姿勢・視線の3要素から成ると整理されることが多い。発声は半拍ほどの「ぽ」、続いて一瞬の間を置き、最後に語尾を落とす「くん」へ移行する。この際、語尾を強く言い切ると宣言になり、弱すぎると単なる咳払いになるため、熟練者は胸骨の位置で音圧を調整するとされる。
所作面では、片手を胸の前に置き、相手からわずかに体を引くことが推奨された。とくにの『下町合図便覧』では、右肩を2.5度前に出すと「親近感を保ったまま距離を取れる」とされている。なお、この2.5度という数値は執筆者が製図用分度器で決めたものであり、後年まで異様に権威づけられた。
また、ぽくんには「反転形」と呼ばれる派生型があり、これは謝罪ではなく軽い断りを意味する。反転形では語尾がやや上がり、会話の終わりに相手へ小さく会釈する。都内の一部では、この反転形のみを習得した高齢者が、自治会の会議で議事進行を円滑にしたと伝えられている。
社会的影響[編集]
ぽくんは、都市部における「過剰な説明を避けつつ、完全な無視にも見せない」振る舞いの代表例として引用されてきた。特にの集合住宅では、壁が薄いことから大声が禁物であり、ぽくんは住民同士の摩擦を抑える潤滑剤として機能したとされる。
教育現場でも一定の影響があった。東京都内の一部小学校では、学級活動の導入部でぽくんを採用し、「相手に順番を譲る時の音」として扱った記録がある。もっとも、子どもたちが一斉にぽくんをやると教室が妙に静かになるため、担任教師が逆に不安になるという副作用も報告された[4]。
文化研究の領域では、ぽくんは日本語の語感と身体動作の関係を示す好例として扱われている。ことにの民俗語用論ゼミでは、ぽくんを「言い切らないことによって関係を保つ装置」と定義し、同種の表現として「それな」「まあね」などとの比較が行われた。もっとも、ぽくんの方が「相手に考える余白を残す」として、編集会議ではやや高く評価されたという。
批判と論争[編集]
ぽくんをめぐっては、当初から「無責任な曖昧表現ではないか」という批判が存在した。とりわけの『週刊都民』は、ぽくんが責任回避を礼儀に見せかける装置として悪用されていると報じ、これを受けて内部で激しい討論が起きた。
また、地方への移植に失敗した例も多い。関西圏では語尾の「ん」が強く聞こえすぎて威圧的になるとされ、九州の一部では逆に親しみが強すぎて初対面に向かないとされた。こうした地域差について、研究者の中には「ぽくんは東京の狭さが生んだ狭小礼法である」と断ずる者もいたが、反論として「むしろ狭いからこそ相手を傷つけない設計になった」とする説が提出された。
さらにには、ある通信教育講座が「1日で覚えるぽくん免許」を販売し、3週間で4,800件の申し込みを集めたが、試験問題の大半が「相手の目を見ずに、しかし失礼に見えない範囲で行え」であったため、採点基準が曖昧すぎるとして返金騒動になった。
脚注[編集]
[1] 山岸、1988年、p. 14。 [2] 佐伯・山岡、1986年、pp. 41-43。 [3] 墨田区郷土資料館編、1991年、p. 88。 [4] 東京都生活文化局、1994年、pp. 19-20。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯実篤・山岡ノブ子『都市合図入門 ぽくんの理論と実践』日本民俗出版社, 1986, pp. 3-57.
- ^ 山岸透『下町の短音コミュニケーション史』みすず書房, 1988, pp. 11-92.
- ^ 墨田区郷土資料館編『湯気と沈黙: 銭湯会話記録集』墨田区文化財刊行会, 1991, pp. 74-101.
- ^ 東京都生活文化局『家庭内合図と近隣摩擦に関する調査報告書』東京都公報局, 1994, pp. 17-33.
- ^ Margaret A. Thornton, 'Micro-gestures in Urban Japan', Journal of Applied Folklore, Vol. 12, No. 3, 1998, pp. 201-224.
- ^ 小松原英二『語尾と身体動作の相関について』言語研究社, 2001, pp. 5-48.
- ^ Junpei Hayashi, 'The Pokun Effect and Social Distance', East Asian Semiotics Review, Vol. 7, No. 1, 2005, pp. 9-29.
- ^ 日本都市合図研究会編『ぽくん年鑑 1981-1993』都市合図研究会出版部, 1993, pp. 1-214.
- ^ 渡辺精一郎『関係を壊さない断り方』中央新書, 2010, pp. 63-104.
- ^ 佐久間理香『ぽくん再評価論: 2010年代の都市民俗』青灯社, 2016, pp. 22-76.
- ^ 『The Encyclopedia of Silent Courtesy』Harbor Press, 2018, pp. 140-151.
- ^ 三浦恭子『ぽくん講座 ひと息の作法』下町文化研究所, 2020, pp. 8-39.
外部リンク
- 日本都市合図研究会アーカイブ
- 下町文化デジタル博物館
- ぽくん復元委員会
- 都市礼法年表データベース
- 静かな会話研究センター