まま
| 分類 | 言語学的要素(助詞・副詞類の境界) |
|---|---|
| 主な用法 | 状態保持、依存、同一化(方言差あり) |
| 関連語 | そのまま、ままならない |
| 研究領域 | 比較方言学、言語史、儀礼言語学 |
| 成立とされる期間 | 中世〜近世(とする説がある) |
| 学術上の論点 | 指示語起源か、儀礼音声起源か |
| 実務上の影響 | 文書様式と口伝記録の運用に波及したとされる |
まま(英: Mama / Mara-madness)は、語圏で「そのまま」という語形と密接に結び付けられて用いられることがあるとされる助詞的要素である。さらに一部の民俗言語研究では、語の背後に「維持・同一化」をめぐる技術史が潜むものとして整理されている[1]。
概要[編集]
は、日常会話では「そのまま」「ままならない」といった形で見かける語要素として知られている[1]。一見すると単なる語感の問題に思われるが、方言資料の整理を進めた研究者たちは、語の働きが「状態を保つ」「指示対象を同一とみなす」方向に系統だった変化を示すと述べている。
このため、比較方言学ではを単独の意味で閉じず、語形変化と運用上の規範(文章化の手続き、口承の固定化、儀礼の進行管理)と結び付けて説明することが多い。また民俗言語学の系統では、語の背後に「声の写し(音声複製)を成立させる作法」があったとする説も見られる[2]。
歴史[編集]
起源:『声の帳簿』に紐づけられたまま[編集]
中世後期、を中心に、寺社の納帳や祭礼の段取りを書き写す際に「聞こえた通りの状態」を保つ必要があったとされる。そこで「聞こえ」を固定するための音声手続きが採用され、その合図語としてが用いられた、という筋書きがある[3]。
この説では、は「音の保持命令」であったとされ、書記は紙面に書く前に、声量・抑揚を揃えるための“調律回数”を数えたという。ある系統の記録では、調律は「7回」「13回」「21回」のいずれかに定められ、回数は写し間違いの多寡で決まったとされる[4]。もっとも、資料の写本ごとに数字の扱いが揺れており、編集者の間では「わざと読みにくくした可能性」も指摘されている。
なお、地名との結び付きとして、の一部で「まま坂」と呼ばれた坂道が“声の帳簿”の運搬路になっていたため、坂の名が語形に影響したという伝承が紹介されることがある[5]。
近世の普及:役所文章と“同一化判定器”[編集]
近世に入ると、各藩の文書運用が統一される過程で、書式の一部が「状態を同一と見なす」表現に寄せられたとされる。そこで登場するのが、文書審査の“同一化判定器”という架空の概念であるが、文献上はかなり具体に語られている[6]。
同一化判定器とは、要点を書き換えずに写すための査読机上手順であり、査読者はの出現箇所を「改変禁止ゾーン」として扱ったとされる。徳川期の文書規範をまとめたとされる編集規則では、改変禁止ゾーンの検査は「1行あたり最大2語まで」と定められ、違反が見つかった場合は“声の再提出”が命じられたという[7]。
この運用が社会に与えた影響は、単に言葉の問題ではなく、文書の監査文化そのものを形作った点にあるとされる。結果として、役所内部では「書き換えるのではなく、ままにする」ことが勤勉の証文のように扱われ、会計・徴税・工事記録の信頼性が上がった、とする説明がしばしば採られる。ただし、同一化判定器に関する当事者証言は後世の口伝に依存しており、として扱われることもある[8]。
近代以降:教育現場で“ままの倫理”が生まれた[編集]
明治期には、学科書や綴り方教育で「写すこと」自体が評価される局面があったとされる。その際、教師は生徒の答案を「まま(原文保持)で読める状態かどうか」で採点したという伝統が一部に残った、とされる[9]。
この流れを受け、学校制度の整備に関わった官僚群の中には、言語指導を“実務訓練”と結び付ける発想があった。例えばの前身級の庁舎設計に「筆記姿勢の統一」案が出たとされ、その中で“まま写し”の評価基準が「角度は机に対し◯度、視線は紙面上端から◯cm」などと細かく規定された、という記述が見られる[10]。
もっとも、これらの細目は、現代の感覚では過剰であると感じられることが多い。一方で、当時の授業が“模倣の秩序化”に強く寄っていたことは指摘されており、が語の域を越えて「倫理(改変をためらう態度)」として定着した、とする説がある。
社会的影響[編集]
は言葉の意味論に留まらず、制度の運用や記録の作法に影響したとされる。特に、保存と伝達が価値になる場(寺社の祭礼記録、役所の帳簿、学校の写本教育)では、「同じにする」ことが成果として扱われやすかったと考えられている[11]。
一方で、同一化が強まるほど、変化の兆候が見逃される副作用も生じたとされる。研究者の中には、が「誤りの固定」も促した可能性を述べ、例えば祭礼の段取りが長期化すると“古い順序”が更新されずに残る場合があると指摘する[12]。この点は、民俗行事の継承における問題として小さく議論されることがある。
なお、影響の分かりやすい具体例として、の旧港周辺で「まま注文」と呼ばれる口頭取引があったとする回想が紹介されている。商人が値段交渉をせず、前回の条件を“まま”で通すことで、交渉コストを下げる仕組みだとされるが、文献では「まま注文の比率が年間◯.◯%」のような数値が出ることがあり、数字の根拠が曖昧である点が笑いどころになっている[13]。
批判と論争[編集]
の起源を声の帳簿や同一化判定器に求める説には、批判も多い。言語学の側では、語の働きは文脈依存であり、音声手続きの有無を歴史の説明に持ち込むことは飛躍である、とする見解がある[14]。
また、寺社記録・役所文書・学校教育を横断して語要素を一本化する方法論について、「それっぽいが検証が難しい」ことが問題視されている。実際に、ある論者は“調律回数”の数列(7, 13, 21)が語の分布と一致すると主張するが、別の編集者が同じ資料を読み直したところ、数字の一つが写本ごとに入れ替わっていたという[15]。このため、論争はしばしば「数字を信用するか、写本の偏りを疑うか」に収束した。
さらに、を倫理(改変をためらう態度)として語る流れは、言語学というより規範論へ寄りやすいとの指摘がある。この批判は、語の本質を見誤る危険としてまとめられ、百科事典的な記述でも“要出典”が増えがちである。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『声の帳簿と日本語:写しの規範史』翠月書房, 1998.
- ^ Margaret A. Thornton『Ritual Speech and Identity Fixation』Oxford Linguistics Press, 2007.
- ^ 佐伯綾子『比較方言学における境界語の扱い』東京大学出版会, 2013.
- ^ 吉田政信『役所文章の同一化手続き(再構成編)』法政大学紀要, 第62巻第2号, 2011.
- ^ Hiroshi Tanaka「Handbook of Copying Procedures in Early Modern Japan」Journal of Administrative Folklore, Vol. 9 No. 4, pp. 33-57, 2016.
- ^ 鈴木明人『綴り方教育の採点基準と“保持”』学芸出版社, 2002.
- ^ 山内克己『横浜港の口頭取引:まま注文の実態』神奈川商事史研究, 第18巻第1号, pp. 101-129, 2020.
- ^ 寺島澄子『語用論から見た“状態維持”』言語研究叢書, 第3巻第7号, pp. 1-22, 2018.
- ^ Kobayashi, Reiko『Speculations on the Mara-madness Index』(やけに不一致な付録つき)Springfield Academic, 2021.
- ^ 小泉祐樹『写本の誤差と編集者の介入』国立史料館紀要, Vol. 31, No. 3, pp. 210-248, 2015.
外部リンク
- 声の帳簿アーカイブ
- 同一化判定器資料室
- まま写し教育研究会
- 写本誤差アトラス
- 儀礼言語学フォーラム