みゆゆ
| 名称 | みゆゆ |
|---|---|
| 分類 | 感情記法・表記文化 |
| 起源 | 1978年ごろ |
| 発祥地 | 東京都渋谷区 |
| 提唱者 | 三浦弓子、由比慎一郎ほか |
| 主な媒体 | ノート、ファクス、掲示板、短信 |
| 特徴 | 語尾の反復、三拍子の間延び、意味の先送り |
| 流行期 | 1994年-2007年 |
| 派生 | みゆゆ体、超みゆゆ、逆みゆゆ |
みゆゆは、後期ので成立したとされる、短文に極端な抑揚を持たせて感情を伝える日本独自の記法である。もともとはの周辺で用いられた内輪表現であったが、のちに若者文化との混成領域で急速に拡散したとされる[1]。
概要[編集]
みゆゆは、文末の反復と余白の使い方によって、発話者のためらい・高揚・自己防衛を同時に表現する記法である。一般には「かわいらしい語感の流行語」と誤解されやすいが、実際には系のコピー研究との対話分析が偶然接触した結果、表現技術として洗練されたとされる。
語としての「みゆゆ」は、姓の派生説と、の「弓」を音声的に崩した説が併存している。いずれの説も決定的ではないが、1982年にの文具店で配布された小型メモ帳『ゆらぎの記録』に初めて活字化されたとする研究が有力である[2]。
歴史[編集]
成立期[編集]
成立期は末から前半にかけてである。渋谷駅周辺の喫茶店「ミント・ファクトリー」に出入りしていた編集者のと、民間ラジオ局の構成作家であったが、原稿の推敲中に「言い切らないほうがやさしい」という方針を共有したことが始まりとされる。
彼らは当初、語尾に「ゆ」を1字ずつ増殖させるだけの簡易な遊びとして運用していたが、1984年ごろにはの学生サークル「半歩の会」によって定式化され、文末を「〜なのみゆ」「〜ですみゆゆ」と変形する規則が生まれた。なお、この時点で既に誤用と正用の区別が激しく争われており、と記された未整理の会報が現在も複数残る。
1987年にはの深夜特番『ことばの余白学』で紹介され、全国的な関心を集めた。番組内では、みゆゆを使うと平均で会話の沈黙が0.8秒短縮されるという実験結果が示されたが、後年の再検証では測定機器の時刻補正に不備があった可能性が指摘されている。
普及と変質[編集]
1990年代に入ると、みゆゆは文化と親和性を示し、企業の社内報や同人誌の奥付にまで侵入した。特に船橋市の印刷所「北辰フォーム」では、校正者が「みゆゆ入りは赤字が減る」と証言しており、月間で約1,400枚の訂正刷りが約900枚まで減少したという。
一方で、の普及とともにメール文体へ移植され、みゆゆは記号としてではなく態度として消費されるようになった。ここで「みゆゆ体」と呼ばれる文体が成立し、句点の前に空白を置く、あるいは3回に1回だけ全角の波線を挿入するなどの亜種が増殖した。
1999年にはの公開掲示板で「超みゆゆ選手権」が開催され、48時間で投稿数が12,382件に達したとされる。もっとも、当時のログ保存方式が不完全であったため、実際に残存しているのは全体の約17%にすぎない。これがむしろ神秘性を高め、以後の研究者は「欠損そのものがみゆゆの本質である」と述べるようになった[3]。
制度化と衰退[編集]
前半には、の外部委員会が非公式に観測対象とし、みゆゆの使用場面を「親密・回避・半決断」の3類型に分類した。これにより学術的な関心は頂点に達したが、同時に商業利用が進み、携帯電話の絵文字や短文化した口語表現に吸収されるかたちで、独立した記法としては弱体化していった。
2006年にはの私設ギャラリー「余白室」で回顧展『みゆゆと沈黙』が開かれ、来場者2,106人のうち約3割が「見た目はかわいいが、使い方がむずかしい」と回答した。以降、みゆゆは実用文体というより、世代記憶を呼び起こす文化記号として扱われることが多い。
なお、2018年に上で公開された再評価論文では、みゆゆの衰退はスマートフォンの普及ではなく、入力予測が「言いよどみ」を先回りしてしまったことに原因があるとされた。これは一見もっともらしいが、予測変換の仕様と文化変動の因果関係をどこまで認めるかについては、現在も意見が分かれている。
特徴[編集]
みゆゆの最大の特徴は、意味を明示しすぎないことで逆に感情の輪郭を立ち上げる点にある。たとえば「了解ですみゆゆ」は、単なる同意ではなく、相手の提案を一度やわらかく受け止めたうえで、なお少しだけ保留するニュアンスを含むと説明される。
また、語尾の反復回数は感情の強度ではなく、むしろ安全距離に比例するとされる。反復が2回の場合は親密、3回の場合は照れ、4回以上の場合は“話題を変えたいが角を立てたくない”という高度な防御表現になるという。これを定量化したの実験では、被験者84名のうち61名が「なんとなくわかる」と答えたが、残り23名は「単にふざけているだけでは」と回答した。
社会的影響[編集]
みゆゆは、1980年代から1990年代にかけての日本語コミュニケーションにおいて、断定を避ける美学を可視化した点で評価されている。企業の会議議事録、恋愛相談のメモ、地方新聞の投書欄などで断続的に確認され、特にの女子短大では、1989年度の作文課題における使用率が学年平均で14.6%に達したという記録がある。
一方で、使いすぎると責任回避に見えるとして批判もあった。の外郭研究会が2003年にまとめた報告書では、みゆゆ的表現は「協調性を高めるが、意思決定の時点を曖昧にする」と指摘されている。もっとも、この報告書自体がみゆゆを7か所で誤記していたため、結論の信頼性には疑問が残る。
こうした経緯から、みゆゆは単なる流行語ではなく、平成初期の対人関係を映す準制度的な表現体系として語られることがある。研究者の中には、以前の日本社会が持っていた「やわらかな未決定」の文化を最もよく保存したものがみゆゆであるとみなす者もいる。
批判と論争[編集]
みゆゆをめぐる論争で最も有名なのは、1995年の「終止形問題」である。これは、文末を必ず「みゆ」で終える流派と、あえて終わらせず余韻を残す「空白派」が対立した事件で、の貸会議室で開かれた討論会は2時間の予定が5時間に及んだ。議事録によれば、最終的に司会者が「どちらもみゆゆです」と述べて収拾したらしいが、参加者の半数は納得しなかった。
また、教育現場への導入をめぐっても意見が割れた。系の報告では、児童が作文で語尾を無限に伸ばす傾向を示したため、標準教育との整合性が問題視された。しかし現場教師の側からは、「誤字を責めるより先に、気持ちを言葉にしようとする姿勢が育つ」として擁護する声も強かった。
さらに、近年の再流行では、SNS上で本来の文法を無視した「装飾みゆゆ」が大量に出回り、古参の使用者からは「これはもはやみゆゆではなく、みゆゆ風の装置である」と批判されている。
脚注[編集]
[1] みゆゆの成立時期については諸説ある。
[2] 『ゆらぎの記録』の実物は確認されていない。
[3] 1999年の投稿数はログ断片から復元された推計値である。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 三浦弓子『余白に宿る文末――みゆゆ表記の生成』新潮社, 1991.
- ^ 由比慎一郎『会話の保留技法』岩波書店, 1988.
- ^ K. Hasegawa, “Soft Finalizers in Urban Japanese Writing,” Journal of Applied Semiotics, Vol. 12, No. 3, 1994, pp. 201-229.
- ^ 佐伯真澄『渋谷語彙史小考』筑摩書房, 2002.
- ^ Margaret A. Thornton, “Echo Morphology and Courtesy Drift in East Asian SMS,” Language and Society Review, Vol. 8, No. 1, 2005, pp. 44-67.
- ^ 『ことばの余白学――放送と私語のあいだ』日本放送出版協会, 1987.
- ^ 河合千尋『みゆゆ体入門』研究社, 1998.
- ^ 田所一郎『入力予測が文化を壊すとき』朝日選書, 2019.
- ^ R. Nakamura, “Defensive Repetition in Japanese Microtext,” Proceedings of the Tokyo Symposium on Language, Vol. 4, No. 2, 2007, pp. 88-103.
- ^ 『超みゆゆ選手権公式記録集』渋谷文化振興財団, 2001.
外部リンク
- みゆゆアーカイブセンター
- 渋谷ことば資料室
- 余白文体研究会
- 東日本マイクロテキスト年鑑
- 国際みゆゆ学会