むかしくん
| 名称 | むかしくん |
|---|---|
| 分類 | 民間伝承整理用擬人化概念 |
| 初出 | 1958年ごろ(内の教育研究会で提唱) |
| 提唱者 | 渡会宗一郎 |
| 用途 | 昔話の記憶補助、語りの整列、方言の中和 |
| 流行期 | 1960年代後半 - 1970年代前半 |
| 関連機関 | 国立口承文化研究所、都立視聴覚教材センター |
| 象徴色 | 煤色と薄茶色 |
| 標語 | 「いまを少しだけ、むかしへ」 |
むかしくんは、期の児童向け視聴覚教材に由来するとされる、日本の民間伝承整理用の擬人化概念である。主として昔話の語りを補助し、話者の記憶を一時的に「古い方へ寄せる」ために用いられた[1]。
概要[編集]
むかしくんは、昔話や伝承の語りを補助するために考案されたとされる擬人化された概念である。一般には「昔の話をする時に現れる小さな係員」と説明されることが多いが、実際には30年代の学校放送と民俗学の接点から生まれた、かなり特殊な教育補助理論であったとされる[2]。
名称は「むかし」と「〜くん」を組み合わせた幼児向けの呼称であるが、当初から児童向けに限定されていたわけではない。むしろの初期報告書では、成人の語り部が年齢や方言差によって逸脱しがちな記憶を、あえて「むかしくん」を介して一時的に均質化する試みとして記されている[3]。
定義[編集]
むかしくんは、昔話の本文そのものではなく、語りの前後に現れる「整える役目」を担う存在として定義される。例えば、話者がの伝承を語る際に、語尾や固有表現を少しだけ古めかしく整える効果があるとされた。
成立事情[編集]
成立事情については諸説あるが、にの教育研究会で配布された試作カードが原型とする説が有力である。当時はテレビ普及以前であり、学校放送の補助教材として「語りの温度を下げる」機能が重視されていた。
歴史[編集]
むかしくんの最初期の記録は、末にの都立視聴覚教材センターで作成されたとされる「昔話音声整列メモ」である。ここでは、複数の語り手が同じ物語を語る際の揺れを吸収するため、仮想的な補助人格を立てる案が示されていた[4]。
には、民俗学者の渡会宗一郎と教育工学者の木村澄子が共同で「口承の再配列」に関する実験を行い、被験児童32名中27名が「話がきれいに昔っぽくなった」と回答したとされる。この数値は後年しばしば引用されたが、実験条件がやや杜撰であったことも知られている。
になると、むかしくんは系の教材企画に断続的に登場し、紙芝居、朗読テープ、カセット絵本へと姿を変えた。もっとも、この時期には既に「実在するキャラクターなのか、編集上の符丁なのか」が曖昧になっており、制作現場では「むかしくん案件」という言い方だけが先行していた[5]。
初期の研究[編集]
初期の研究では、むかしくんは「記憶の古層を呼び出す触媒」と説明された。国立口承文化研究所の1961年報告では、語り手の前に煤色のカードを置くだけで、語りの始まりが0.8秒遅くなるという観察が記録されている。
教材化[編集]
教材化の段階では、むかしくんは小さな帽子をかぶった少年として描かれた。ただし、の一部校では「少年にすると怖がる児童がいる」として、輪郭だけの影絵版が採用された。
社会的影響[編集]
むかしくんは、単なる教材上の記号にとどまらず、家庭内の語り方にも影響を与えたとされる。とくに祖父母世代が昔話を語る際、「むかしくんが来たから昔の言い方で話す」といった表現が、の一部地域で冗談半分に定着したという[6]。
また、地方自治体の文化事業では、方言保存キャンペーンのマスコットに近い役割を担い、やの公民館では「むかしくん朗読会」が開催された。参加者の平均滞在時間は通常の読み聞かせより14分長かったとされ、これは「昔っぽさが強いほど退出しにくい」という仮説を支持する材料として扱われた。
一方で、教育現場からは「語りを整えすぎることで本来の揺れが消える」との批判もあった。民俗資料はもともと不揃いであるべきだという立場から、むかしくんは「文化の角を丸める装置」とみなされ、の年次大会では小規模な論争になった[7]。
家庭への浸透[編集]
家庭への浸透は、主に祖父母が孫に昔話を聞かせる場面で進んだ。語り出しに「むかしくんを呼んでからね」と付ける家庭もあったとされるが、これが実際に広く行われたかは要出典である。
自治体事業[編集]
自治体事業では、むかしくんは郷土資料館の案内役にも転用された。とくにの山間部では、音声案内が妙に古語調になる事例が報告され、利用者の一部はこれを「仕様」と誤認した。
意匠と表象[編集]
むかしくんの標準的な意匠は、煤色の半ズボン、細いひも靴、やや大きめの文庫本という組み合わせであるとされる。これはにの企画室で定められたものだが、実際には制作会社ごとに差異があり、帽子の有無だけで3系統に分かれる。
象徴色である煤色と薄茶色は、囲炉裏の煙と古紙の退色を表している。なお、1960年代後半の印刷版ではコスト削減のため単色刷りが続き、むかしくんが「ただの線の多い子ども」に見えるという珍事が起きた。この誤認は結果的に人気を押し上げ、むかしくんの親しみやすさに寄与したとされる。
批判と論争[編集]
むかしくんに対する批判は、大きく二つに分かれる。第一は、伝承の多様性を「昔らしさ」で平板化してしまうという批判であり、第二は、その存在自体が研究者と教材制作者のあいだで半ば符丁化し、実在のキャラクター史としては追跡しにくいという批判である。
とりわけの「むかしくん配色統一事件」では、国立口承文化研究所が配布した資料に、通常版とは異なる青灰色のむかしくんが掲載され、地方担当者の間で「これは夏季版か」「弔事用か」と混乱が生じた。のちに印刷所の色校正ミスと説明されたが、関係者の回想は食い違っている[8]。
また、には、一部の児童文学批評家から「むかしくんは昔話を愛するふりをしながら、実は語りを管理している官僚的人格である」と評された。この批評は鋭いものとして引用される一方、語彙がやや大げさであるとして、現在では半ば名言扱いである。
再評価[編集]
以降、むかしくんはレトロ教育や地域史の文脈で再評価された。デジタルアーカイブ化の進展により、かつての朗読テープや指導案が断片的に公開され、むかしくんが「古さを演出するための方法論」であったことが可視化されたのである。
特ににで開催された民俗表象の企画展では、むかしくんの等身大パネルが再制作され、来場者の一部が「なぜか懐かしい」と反応した。この現象は、むかしくんが実体以上に記憶の形式として機能していたことを示すものと解釈されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡会宗一郎『口承の再配列と補助人格』国立口承文化研究所紀要 第12巻第3号, 1963, pp. 44-67.
- ^ 木村澄子『児童語りにおける昔時化効果の測定』教育工学月報 Vol. 8, No. 2, 1964, pp. 11-29.
- ^ 小野寺一彦『むかしくん試作カードの変遷』都立視聴覚教材センター報告書 第4号, 1959, pp. 5-18.
- ^ H. Tanaka, “The Personification of Old Tales in Postwar Japan,” Journal of Folklore Systems, Vol. 17, No. 4, 1978, pp. 201-219.
- ^ 佐伯みどり『昔話教材における色彩制御の問題』日本教材研究 第21巻第1号, 1984, pp. 73-88.
- ^ Margaret A. Thornton, “Memory Drift and Retroactive Narration,” Cambridge Folklore Review, Vol. 9, No. 1, 1992, pp. 1-22.
- ^ 藤原健一『むかしくん配色統一事件とその後』児童文化史研究 第33巻第2号, 1985, pp. 90-104.
- ^ 国立口承文化研究所編『むかしくん資料集成』口承文化叢書 1998, pp. 210-236.
- ^ 山口静『デジタル時代の擬人化記号』文化記号学年報 第15号, 2016, pp. 55-79.
- ^ A. Weller, “Why Children Trust Small Administrative Characters,” International Review of Educational Folklore, Vol. 5, No. 3, 2001, pp. 133-149.
- ^ 『むかしくんと青い午後』東京都現代美術館 展覧会図録, 2022, pp. 14-41.
外部リンク
- 国立口承文化研究所アーカイブ
- 都立視聴覚教材センター資料室
- 民俗表象データベース
- 昭和教材研究会
- むかしくん普及協議会