やりますねえ
| 用法 | 賞賛、驚嘆、皮肉、威嚇前の間合い |
|---|---|
| 起源 | 明治期の寄席文化とされる |
| 初出記録 | 1897年の浅草演芸帳面 |
| 普及期 | 1980年代後半 - 2000年代前半 |
| 代表的媒体 | 落語、深夜ラジオ、匿名掲示板 |
| 標準語形 | やりますねえ |
| 方言変種 | やるねえ、やるじゃないですか、やっちゃいますか |
| 研究機関 | 国立言語生活研究所 感嘆句史編纂室 |
| 関連事件 | 平成二年の『やりますねえ騒動』 |
やりますねえは、相手の行為・成果・奇行に対して発せられる日本語の感嘆表現であり、19世紀末の下町における相互評価の作法から成立したとされる[1]。のちに、、を経て、21世紀には半ば定型句として定着したとされている[2]。
概要[編集]
やりますねえは、相手の行為をたたえる一方で、どこか距離を置いた含意を持つ表現として知られている。との中間に位置するともされ、場面によっては賞賛、からかい、あるいは沈黙の代替として機能する。
語形は一見すると単純であるが、末期の口上技術、期の商家の呼び込み、さらには昭和中期ののツッコミ慣行が重なって成立した複合表現であると考えられている。なお、同表現は一時期、内の喫茶店で「注文の圧」として流行したという記録がある[3]。
歴史[編集]
起源とされる口上文化[編集]
最古級の用例は、にの寄席で配布されたとされる『演芸帳面』に見られる。ここでは、見習い芸人の早口の所作に対し、年長の香具師が「やりますねえ、旦那」と評したという逸話が残る[4]。
この言い回しは、単なる称賛ではなく「そこまでやるのか」という半ば呆れを含む評価語として定着した。とくに、曲芸師が客席の上を三回転して木箱に着地した後、観客の一人が膝を打ちながら発した「やりますねえ」が評判を呼び、翌週には一帯の興行で模倣されたとされる。
昭和期の再編[編集]
、の深夜番組『夜更けの相談所』で、パーソナリティの一人だった架空の放送作家・が「やりますねえ」を頻用したことから、全国に拡散したとされる。佐伯は、ハガキ職人の奇抜な投稿に対し、毎回ほぼ同じ調子で返すことで、逆に妙な安心感を生み出したという[5]。
一方で、にの笑い研究会が行った調査では、同表現は関西圏で「褒めているのか煽っているのか分からない言葉」第2位に選ばれた。1位は「すごいですね」であったため、やりますねえはむしろ不穏な魅力を持つ表現として評価された。
インターネットでの爆発的普及[編集]
頃、匿名掲示板の書き込み文化により、やりますねえは短文化・記号化され、単独で意味が通る形に変化した。特に、文化の中で、相手の手腕を讃えると同時に軽く試す用途に使われたことが大きい。
には、検索エンジン上での月間検索件数が約18万件に達したとされ、の非公開メモでは「感嘆句が形容詞を追い越した瞬間」と記されていたという。ただし、このメモの所在は未確認であり、要出典である。
用法[編集]
やりますねえは、基本的に「相手の行為がこちらの想定を上回った」ときに用いられるが、実際には文脈依存性が非常に高い。たとえば、の失敗作を見て「やりますねえ」と言う場合、相手への敬意ではなく、むしろ完成度の偏りを讃える皮肉であることが多い。
また、語尾の「ねえ」が持つ延音には、間をつくる効果がある。これにより、発話者はすぐに評価を確定させず、相手の次の動作を観察する余地を残せる。心理言語学者のは、これを「評価保留型賞賛」と呼んだが、同論文は掲載誌の査読欄で「楽しそうだが概念が多い」と評された[6]。
社会的影響[編集]
やりますねえは、とに特に大きな影響を与えたとされる。東京都内の一部飲食店では、店員が客の大量注文に対して「やりますねえ」と返すことが半ば標準化し、にはマニュアルにまで掲載された。
さらに、企業研修の場では、無難な褒め言葉として導入された一方で、上司が部下に向けて使うと威圧に聞こえるため、の研修資料では「使用は推奨しないが、現場では止めにくい」と注記されたという[7]。この注記は後に社内SNSで切り抜かれ、言葉そのものより注記が独り歩きした。
批判と論争[編集]
批判の焦点は、賞賛と皮肉の境界が不明瞭である点にある。とりわけの『やりますねえ騒動』では、地方自治体の表彰式で市長が受賞者に向けて同表現を使用し、翌日には市議会で「上から目線ではないか」と問題視された。
これに対し、言語学者のは「やりますねえは上下関係を固定するのではなく、一瞬だけ観察者の位置をずらす表現である」と反論した。しかし、その後の街頭調査では回答者の37.4%が「言われると少し気になる」と答え、残りの多数は「まあ、悪くはない」と回答したため、結論は出ていない。
研究[編集]
国立言語生活研究所の調査[編集]
では、からにかけて「終助詞的感嘆表現の温度差」を測定する研究を実施した。被験者214名に同一映像を見せ、発話の自然度を採点させたところ、やりますねえは平均8.1点で最上位ではなかったが、「最も記憶に残る」という項目で92%を獲得した[8]。
調査では、同表現が単独で用いられるよりも、コップを置く動作や軽い頷きと組み合わさる場合に、賞賛として受け取られやすいことも示された。
民間研究と変種[編集]
民間では、語尾を伸ばす「やりますねえ……」や、さらに短い「やるねえ」が派生し、の実況コメント欄では「やりますねえ兄貴」「やりますねえ案件」などの複合語が生まれた。これらは厳密には別項目にすべきであるとの意見もあるが、編集合戦の結果、いずれも本項目に統合された。
なお、にの高校生87名を対象にした調査では、語感の印象として「強い」「便利」「少し怖い」が上位3位を占めた。研究者のコメント欄には「若者は感嘆句をSNSで省力化している」とあるが、同時に「ではなぜわざわざ怖くするのか」という疑問も残っている。
文化的受容[編集]
やりますねえは、の中でしばしば「できる人物」の記号として用いられる。とくにやでは、常人離れした段取りを見せた人物に対する評価として便利であるため、脚本家に重宝された。
また、には近くのポップカルチャー展示で、来場者がボタンを押すとAI音声が「やりますねえ」と返す装置が設置され、3日間で延べ4万2,600回押された。展示担当者によると、半数以上は「言われたい」ではなく「自分で聞きたい」目的だったという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯信吾『夜更けの相談所と言語の間合い』文化放送出版部, 1961年.
- ^ 三枝玲子「評価保留型賞賛の談話機能」『日本語語用論研究』Vol. 12, No. 3, pp. 44-61.
- ^ 高井俊之「終助詞的感嘆句の社会距離」『言語生活と都市文化』第8巻第2号, pp. 101-129.
- ^ 国立言語生活研究所編『感嘆句史資料集 成句篇』東京学術社, 2009年.
- ^ 渡辺精一郎「明治下町における口上の相互評価」『東京民俗学報』第27号, pp. 5-23.
- ^ Margaret A. Thornton, “Performative Praise in Japanese Chatrooms,” Journal of Urban Linguistics, Vol. 19, No. 1, pp. 77-94.
- ^ 小林いずみ『褒めるふりをする表現』港文社, 2017年.
- ^ 山岡健二「やりますねえの語尾延長に関する観察」『実況と言語』第4巻第1号, pp. 13-29.
- ^ Theodora M. Finch, “Nee as Social Buffer in Tokyo Food Service,” Bulletin of Applied Sociolinguistics, Vol. 8, No. 4, pp. 201-218.
- ^ 『やりますねえ入門──現代感嘆句のすべて』日本語未来研究会, 2021年.
外部リンク
- 国立言語生活研究所 感嘆句史アーカイブ
- 東京民俗言語データベース
- 日本語語用論学会 仮想年報
- 下町ことば博物館
- 実況表現研究会